戦利品
(……やっと行ってくれた。これでようやく、集中できる)
小媛がいなくなって一人になった後、凡吉はそう考えて部屋の床に散らばる戦利品に目を映す。
凡吉の居宅は、彼の義母上である玉修門・太上長老、艶香蘭の住居兼修練場がある玉霊山の麓にある。
本来、使用人がやる雑務は外門弟子や玉修門に帰依した女性達が担うため、外門堂にある寄宿舎が凡吉の居場所なのだが、女性だけで構成された玉修門の寄宿舎や宿坊に、子供ではあるものの男である凡吉を同じ屋根の下で生活させるわけにはいかず、こうして急遽、凡吉専用の使用人小屋が建てられた。
その造りはいたって簡素な木造で、外門堂にある寄宿舎の一戸建てバージョンといった感じだ。
昔の日本の古民家と同じような、キッチンと居間が同じ空間にあり、生活用品はほとんど玉修門が用意してくれた。
その居間に整頓された戦利品を、凡吉は検め始める。
まずは山賊達が手にしていた武器。全部で16人いたので、武器の数も同じだ。中には投擲用と思わしき小振りの手斧などもある。
(……山賊が持っていたにしては、ちょっと出来の良い武器だな。凡鉄で出来ているけど、ちゃんと手入れもされているし)
武器の種類は四つで、剣と刀、柄を短くした槍に元々は伐採用であったであろう斧だった。
普通の刃物と大差ないため、錆び止めの油を塗っている。そのまま使っても問題ないだろう。血糊だけは拭き取ったが。
そして次に、戦利品として確保してきた山賊達の着物だが、こちらは血が付いた部分を洗い流すか切ってしまえば、まだまだ使えそうだ……臭いは洗えば問題ないだろう。
最後に……凡吉が一番楽しみにしていた、皮袋の中にある荷物の確認だ。
この世界の匪賊は、どんなものを持ち歩いているのだろう……微かな期待を胸に、凡吉は16個あるうちの一つを開けた。
皮袋に入っていたのは、主に旅路で使う道具だった。
まず、携帯食料として干し肉の塊がいくつかある。見た目は手頃なサイズの長方形のビーフジャーキーだ。玉修門にもあったから、この世界の保存食の基本なのだろう。
そして、干し肉以外にも干物にされた魚や燻製肉、乾燥させた果実などが詰められており、さらには麻袋に入れられた小麦粉と竹筒で作られた水筒があった。
次にすりぬぶした薬草類を布に塗り付けた包帯や、傷薬と思われる軟膏や丹薬が入った薬瓶、さらには小刀や火打石などのサバイバルセットとも言える道具もあり、それらは丁寧に布に包まれていた。他にも着物の替えや、小型の松明が何本か皮袋の中に収納されている。
これほど用意周到とは思わなかった凡吉は、彼らが山賊を生業にしていることを疑ってしまった。
(ここまで準備出来るようなら、普通の仕事した方がいいよ……もしかして、山賊は割のいい仕事なのか? いや、そんなはずは……)
凡吉は首を傾げながらも次の皮袋を開けることにした。
(まあいい、とにかく戦利品の整理を続けないと……)
二つ目の皮袋には同様の物資が入っていたが、三つ目からは少し内容が変わっていった。ある皮袋には銀貨が十数枚入っていたし、別の皮袋には赤い宝石のようなものが数粒入っていた。さらには手彫りの木牌らしきものが何枚かあった。何かの証明書だろうか?
その後、残りの皮袋を開けていった結果、ほとんどの皮袋に似たような物資が入っており、一部には銀貨や木牌、あるいは奇妙な模様が刻まれた金属片が混ざっていた。それらの多くは、おそらく金銭的価値のあるものだと推測できる。
しかし、今の凡吉にはそれらの真の価値を判断する術がない。この世界の貨幣価値についても、まだほとんど理解していないのだ。
(まあ、今はとにかく確保しておけばいいか。いつか役立つ時が来るかもしれないし……)
そう自分を納得させると、凡吉は全ての皮袋を再びきちんと閉じ、部屋の隅に積み上げた。戦利品の整理を終えたことで、少しばかり気が楽になる。
外は既に夜であり、暗闇が義母上の住む山全体を覆い尽くしていた。虫の鳴き声や、時折聞こえる獣の遠吠えが、この世界の夜の静寂を演出している。
(……今日はもう疲れたな。そろそろ休むとしよう)
戦利品の整理が終わったことで、一気に疲れが襲ってきた。
転生し、慣れ親しんだ世界とは全く違う環境に放り込まれたことへの精神的疲労。それを誤魔化すように日課を熟したことによる肉体的な疲労。その後、殺戮を行ったことへの高揚感など様々な感情が押し寄せてきたことで、凡吉は精魂尽き果てていた。
(明日は雑務に……会議か……)
意識が朦朧とするなか……凡吉はそう考えた後、睡魔に身を任せた。
※
――天上世界。
そこで凡吉の行動を見ていた神々は、やがて興味が尽きたのか、ゾロゾロと解散し始める。
しかし、二柱の姉妹女神と付き添いの女神達は、未だ凡吉が映し出された鏡から離れられないでいた。
彼女達は不安げな表情を浮かべながら、鏡越しに凡吉の無事を祈るように見守っている。
そんな姉妹に付き添っている女神達もまた、不安気な表情を浮かべながら姉妹と凡吉の様子を交互に窺う。
「姉上……」
「今は、事態を見守りましょう」
妹に問われて、姉の方は自信なさげに答える。しかし、その言葉はどこか不自然で、まるで自分自身に言い聞かせているかのようでもある。
凡吉の安全を信じたい気持ちと、もしもの事態に対する恐れが交錯しているのだろう。
二人の心配は尽きることがなく、ただひたすらに凡吉の行く末を見守ることしかできないという現状が、彼女たちを更に悩ませていた。
「姉上……やはり、私達の手で直接支援すべきではないでしょうか?」
「……今はダメよ……」
妹の提案に対して、姉は力なく首を振った。だが、その瞳の奥には、依然として葛藤が渦巻いているのが見て取れる。姉も内心では、どうにかして凡吉を助けたいという思いが強く渦巻いているのだろう。だが、今すぐには何もできないという事実が、彼女を苛立たせているようだ。
妹も姉の苦悩を感じ取り、それ以上は何も言わずに黙り込む……二人は沈黙の中で、ただじっと鏡を見つめ続けるしかなかった。どうか、凡吉が困難に打ち勝つことができるようにと、彼女たちの祈りだけが空しく宙に消えていく……。




