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第4話

「それはどういう意味だ。生徒カイ・マヘンクルス」


レイヴン教授は眉をひそめ、カイに問いかけた。演習場がざわつき始め、何とも言えない空気が漂う中、カイは臆することなくレイヴン教授に答えた。


「考えてみてください! おかしいと思いませんか? つい一週間前まで、機体を起動することすらできなかった奴ですよ! そんな短期間で、どうしてあれほどの成果を出せるというんです!」


首に青筋まで浮かべて熱弁するカイの言葉に、その場にいた何人かの生徒が俺へ疑いの目を向け、ひそひそと話し始めた。


「言われてみればそうだよな。アルト・テラニウスにあんな力があるはずないだろ」

「じゃあ、さっきの動きはどう説明するんだ? 威力だって、どう見ても見せかけじゃなかったぞ……」


周囲の反応に気をよくしたのか、カイはさらに自信満々な態度で俺を指差した。


「アルト・テラニウスは、禁薬に手を出したに違いありません!」


あまりにも馬鹿げた発言に、乾いた笑いが漏れた。


禁薬。


帝国で流通も使用も厳しく禁じられている、邪法の産物。魔族の技術によって作られたその薬を服用すれば、使用者は本来の魔力の数十倍にも相当する力を得ることができる。


だが、その副作用として、人間が魔族の力に同化していく『魔人化』の危険性が跳ね上がる。そのため皇室は、禁薬の服用を死刑すら科される重罪に指定していた。


ゲームをやっていた頃でさえ、禁薬を使った敵と戦うくらいなら、現実で虎と素手で殴り合ったほうがまだ勝ち目がある――なんて冗談まであったほどだ。


その危険性なら、誰よりよく知っている。


「俺が禁薬を飲んだって? 呆れたな」


俺を嫌っているのは分かっていたが、まさかここまで重大な濡れ衣を着せてくるとは。こうすれば、俺が何もできずに黙ってやられるとでも思ったらしい。


子供の喧嘩みたいなものだと無視するつもりだったが、気が変わった。


「僕の知る限りでは、禁薬の使用者は、他人の魔力を流し込まれた瞬間に魔人化が始まるはずですが。そうですよね、レイヴン教授?」


「その通りだ。禁薬に手を出した者の体内には、魔力ではなく邪気が流れるようになる。他者の魔力と触れた瞬間、激しい反発が起こり、魔人化が進行する」


「それならちょうどいいですね。教授、確認をお願いできますか。誰が嘘をついているのか、はっきりさせないと授業も進められないでしょうから」


禁薬使用者の見分け方は、このように実に単純だ。


くだらない劣等感だけで俺を追い詰めようとしたこいつが、あまりにも腹立たしい。このまま黙っている気にはなれなかった。


レイヴン教授が頷き、俺の肩へ自らの魔力を流し込む。


それから数分が過ぎた。


当然、薬など一滴も口にした覚えのない俺には何の異変もない。その一方で、時間が経つにつれて固まっていくカイの顔を、リアルタイムで眺めることができた。


「……これなら、僕の潔白は証明できそうですね」


俺に何の異変も起きないと分かるや否や、矛先は一斉にカイへ向かった。生徒たちは、何の罪もない相手に濡れ衣を着せようとしたのかと、次々にカイを問い詰め始める。


当の本人は何も言い返せず、口をぱくぱくさせることしかできなかった。


「生徒カイ・マヘンクルス。君には実習終了後、処分を言い渡す。教員室まで来るように」


自分を睨みつけるレイヴン・ベロテイル教授の視線に縮み上がったカイが、ぼそりと呟いた。


「クソ……。こんなはずじゃ……」


奥歯を噛み締め、俺を睨みつけるカイ。


俺は奴に見せつけるように片方の口角を吊り上げ、嘲るような笑みを返してやった。見る見るうちにカイの顔が真っ赤になっていく。


「……覚えてろよ」


わざと肩をぶつけて立ち去っていく奴を見送りながら、心の中で快哉を叫んだ。


自分で仕掛けた策で自分が恥をかいたんだ。さぞ惨めな気分だろうな。


高位貴族でも、頭が悪けりゃ台無しだな。


しばしの騒ぎが収まると、実習は何事もなかったかのように再開された。他の生徒たちが次々と実習をこなしていき、やがてレイヴン教授の口から、聞き覚えのありすぎる名前が呼ばれた。


「次の生徒……それから、イアン・カルテニア。前へ」


思わず感嘆の声が漏れた。


白い髪。青白い肌とは対照的な、深紅の瞳が陽光を反射して輝いている。


一目で分かった。


あの男こそ、『ロナテイル機甲戦記』の主人公――イアン・カルテニアだ。


「あいつが、入学試験で測定不能って判定された首席入学者か。生徒なのに、なんだよあのオーラ……」

「あのカルテニア家の長男だろ。大陸に数百機しかないガーディアンを、三機も保有してるっていう名門貴族だよ」

「建国史に載ってた戦争英雄の家系か? ほんと何でも持ってるな。嫉妬でおかしくなりそうだ」


前にいる生徒たちの話を聞いて、確信はさらに深まった。


ストーリー上の主人公。


生まれながらのチート。


そのうえ数々の戦場を経験しながら力をつけ、最後にはラスボスである魔王ケルベロまで倒す、事実上の作中最強。


後には古代文明の遺産と呼ばれる黄金のガーディアン『アウルム』の主となる男だ。


その実習を見ているだけで、息を呑むしかなかった。


(完全無欠)


一切の隙がない完璧な魔法の軌道。標的はもちろん、その周辺一帯まで爆撃を受けたかのように吹き飛ばす、とんでもない威力。


あんなぶっ壊れキャラ、そうはいない。


(ストーリー的には、まだ序盤も序盤だぞ。あれが許されるのか?)


すでにこの時点で、実力は俺と同等か、それ以上。


言葉を失うしかなかった。アカデミーに入ったばかりの新入生が、『ロナテイル機甲戦記』に十年もの時間を費やした俺と肩を並べている。


それだけで、十分すぎるほど化け物だ。


そんな驚嘆の目で奴を見ていると、訓練用機体から降りたイアンが人混みをかき分け、どこかへ歩き始めた。


……なんだか、こっちに近づいてきてないか?


距離はどんどん縮まり、やがてすぐそばまでやってきたイアン・カルテニアが、俺に手を差し出した。


「イアン・カルテニアだ。さっきの君の実習には驚かされたよ、アルト・テラニウス。よければ、これからも親しく付き合っていきたいんだが、構わないか?」


「あ、ああ……うん、いいよ。そうしてくれるなら、こっちこそありがたい……」


「そうか。これからよろしく頼む、アルト」


あまりに突然の展開に戸惑ったまま、俺はただ頷いた。


いったい何がどうなっているんだ。


予想を外れるにもほどがあるイベントに呆然としながら、立ち去っていくイアンの背中をじっと見つめた。


しばらく頭を掻いたところで、考えるのをやめる。


生き残るために主要人物たちを味方につけようとは思っていた。それが主要人物どころか、主人公本人のほうから近づいてきてくれたのだ。


むしろ好都合じゃないか。


もちろん、どういう考えで俺に近づいてきたのかは、これから少しずつ見極めていく必要があるけどな。


その後も実習は続き、夕日が沈みかける頃になって、ようやく午後の講義が終了した。


「次回の講義は、実技評価および実戦訓練を行う予定だ。訓練は帝都郊外にある森林で実施し、二人一組のペアで参加してもらう。詳細は各寮に通達する。全生徒、解散!」


レイヴン・ベロテイル教授の力強い号令を最後に、本日の全日程が終了した。


* * *


「これが人生だよな」


シャワーを浴びたあと、柔らかなソファに背中を預けて座っていると、まさに極楽だった。さすが世界最高峰のアカデミー。学生への待遇まで充実している。


ただの学生寮で、このレベルなのだから。


(まあ、高いんだけどな……)


来月分の寮費を払えば、いよいよ金が底をつく。今まではなんだかんだ理由をつけて目を背けてきたが、そろそろ本気で金を稼ぐ方法を考えなければならない。


生徒という身分ではできることにも限界がある。バイトなんてまず無理だろうし、何か画期的な手が必要だ。


「アルト。さっきレイヴン教授が言ってた実戦訓練の通達、一階の掲示板に出てたぞ」


同室のルームメイト、ミハエルが声をかけてきた。評価がペアで行われる以上、確認しておく必要はある。


俺はソファから立ち上がった。


掲示板のある一階へ降りると、何人もの生徒たちが集まり、思い思いに雑談を交わしていた。


その間を抜けて掲示板を確認すると、評価の内容と、あらかじめ決められたペアの名前がずらりと並んでいる。


『本評価では、ガーディアンではなくパイロット個人の能力を評価する……形式はサバイバル形式。実施場所は、放浪者の森……』


(待て。放浪者の森?)


まさか、あの放浪者の森か?


『ロナテイル機甲戦記』で特殊なアイテムを入手できる、いわゆるイベントダンジョンのような場所。ゲームでは週末限定で開放されていたため、俺もここには何度か世話になった覚えがある。


(うまくやれば、これでひと稼ぎできるんじゃないか?)


一つ妙案を思いつき、俺はにやりと笑った。


どうやら、思っていたより順調に事が運びそうだ。


他の連中は知らない。


だが、俺は知っている。


放浪者の森でしか手に入らない、特別な品を。


しかも、売ればなかなかいい金になる。


上機嫌のまま隣に貼られた用紙を見ると、二人一組のペアがびっしりと記載されていた。ゆっくりと目で追っていき、しばらくすると自分の名前を見つける。


[F班:アルト・テラニウス、テリー・ペルシア]


テリー・ペルシア。


またこの人か。


まあ、むしろちょうどいい。この機会に彼女と友好的な関係を築ければ、この先生き残るうえで間違いなく有利になる。


そんなことを考えながら一人で頷いていると、背後から聞き慣れた嫌味が飛んできた。


「俺に恥をかかせて、ただで済むと思うな。今度のサバイバルでは、貴様の浅知恵も通用しないからな」


「ああ。まあ、お前も頑張れよ」


「……」


妙な殺気を漂わせながら去っていくカイと、その取り巻きたち。


あの言い方、何か企んでいるみたいだな。


そろそろ一度、痛い目を見せる頃合いか。放っておけば、この先も俺の邪魔をし続けるのは間違いない。


どうせ、くだらない企みなのは火を見るより明らかだが。


(それでも、手加減する気はない。人の身を脅かすなら、それ相応の覚悟くらいしておけ)


そもそも、自分の身を脅かす相手を放置できるほど、俺は善人じゃない。俺の生存プランを邪魔する人間は、早めに排除する必要がある。


それだけが、自分の身を守る唯一の方法なのだから。


* * *


テルブヘンス・アカデミー本館、会議室。


定例教員会議のため、数十人の教授陣が円卓を囲み、厳粛な空気の中で席についていた。


「アトラン・テルブヘンス学長が入室されます」


秘書らしき青い瞳の女性が告げると、教授たちのざわめきが一瞬にして消えた。それと同時に扉が開き、大柄な中年の男が姿を現す。


スーツでできる限り体の線を隠しているにもかかわらず、隆々とした筋肉と全身から放たれる威圧感までは隠しきれていない。


一目で、ただ者ではないと分かる男だった。


「なんでみんな、そんなに固くなってるんだ? 顔を合わせるのも一度や二度じゃないだろ。ほら、もう少し肩の力を抜こうじゃないか」


そう言われても、教授たちは何度も咳払いをして視線を逸らすばかりだった。会議室を覆う緊張感は、まるで解ける気配がない。


「……やれやれ。いつも通り、特記事項の報告だけ済ませて解散にしよう」


そうして形式的な手続きだけが進み、会議も大方終わりかけた頃。


最後に発言したレイヴン・ベロテイル教授の言葉へ、教授陣の視線が一斉に集まった。


「ほう、それは本当なのか? レイヴン教授」


「間違いありません。この両の目で確かに見届けました」


「いくらなんでも信じがたいな……。無詠唱で魔法を放つだけでなく、世間に知られていない青い炎の魔法を使う生徒に、訓練用機体で本物のガーディアンを上回る威力を出す生徒までいるとは」


あのアトラン学長ですら、驚きを隠せずにいた。


すると他の教授たちからも、「見間違いではないのか」「さすがにあり得ない」と、誇張を疑う声が次々と上がる。


それでも、レイヴン・ベロテイル教授の表情は真剣なままだった。


「今申し上げたことには、一切の誇張もありません。今回の生徒たちは、大陸全土に無視できない波紋を広げることになると考えています。いや、彼らならば、世界の流れそのものを揺るがすことになるかもしれません」


レイヴン・ベロテイル教授は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「これだけは断言できます。この代は、アカデミー史上前例のない黄金世代です」


レイヴン教授の言葉に、その場にいた全員がざわめき始める。


アトラン・テルブヘンスは一度だけ手を叩き、騒ぎを鎮めた。


「レイヴン教授の言いたいことは分かった。だが、俺たち教員のやるべきことは変わらんだろう。それぞれが自分の持ち場で役目を果たし、生徒たちの成長を支える。それだけのことだ」


アトラン・テルブヘンスの言葉に、全員が頷いた。


会議が終わると、学長は青い瞳の秘書とともに、自分の執務室へ向かってゆっくりと歩いていった。


その口元には、いかにも面白そうな笑みが浮かんでいた。


「珍しいですね。今日は、戦場にいらした頃みたいな顔をしてますよ。学長」


「ああ。どうやら俺も、まだ老け込んじゃいないらしい。無詠唱に青焔か。久しぶりに興味が湧いたよ。アルト・テラニウス……機会があれば、一度会ってみたいもんだな」


「何言ってるんですか。まず顔のしわを伸ばしてから言ってください」


「君は少し口を慎みたまえ。一応、肩書き上は俺の秘書なんだからな」


「はぁ〜い、おじいちゃん学長」


「やれやれ、もう何も言わん。次の予定は?」


そうして本人の知らないところで、アルト・テラニウスの名は少しずつアカデミー中へ広まり始めていた。

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