第5話
誰もが知っている通り、ゲームには同じ作業を何度も繰り返す、いわゆる「周回」という避けては通れない要素がある。
何十回、何百回と繰り返して手に入れるアイテムと経験値。長い時間を費やした末に得られる達成感は、プレイヤーを夢中にさせるには十分なシステムだ。
もちろん、『ロナテイル機甲戦記』にも同じようなシステムが存在する。
アドベンチャーゾーン。
日替わりで開放される区域が変わり、一週間周期で再びリセットされる、いわゆる曜日ダンジョンだ。
そして、そのアドベンチャーゾーンの一つが『放浪者の森』である。
他の区域に比べれば難易度は低く、初心者でも挑戦しやすい。だが、突発的な戦闘イベントが頻発するため、かといってクリア率が高いわけでもない区域だ。
そして今、俺はその放浪者の森に立っている。
「人数を確認します! 馬車を降りた生徒は全員、自分のパートナーとともに中央へ集合してください!」
数時間かけてたどり着いた放浪者の森は、生徒たちと、安全確保のため同行してきた教授陣や助手で埋め尽くされていた。
指定されたポイントが記された地図を受け取り、周囲を見回す。
見覚えのある赤い髪が目に入った。
「同じ班みたいですね。よろしくお願いします」
「アルト・テラニウスだったよね? 実力があるのは認めるけど、今回の訓練はガーディアンなしで行われる。油断しないで。足手まといを連れて歩くつもりはないから」
「名前も長いですし、アルトで十分ですよ。こっちも足手まといになるつもりはないので、安心してください」
「それは、これから見ていれば分かることでしょ」
ものすごいプライドだ。
それだけ、自分の実力に絶対の自信があるということだろう。
テリー・ペルシアとのぎこちない挨拶を終えたところで、プレートアーマーを身につけた大柄な女性が、生徒たちの前へ歩み出た。
「初めまして。今回の訓練および評価を担当する教官、レオナ・ケルシアだ。すでに承知しているとは思うが、本訓練はガーディアンを用いず、パイロット個人の能力を評価するものだ。開始に先立ち、いくつか質問を受け付ける」
レオナ・ケルシアか。確かにいたな。
記憶は少し曖昧だが、アカデミーの中でも指折りの実力者だったはずだ。確か、過去の大戦で活躍した将官の一人だったと思う。
アカデミーの教授陣には、元軍人がかなりの数いる。そのせいか、教育方針にも教授たちの言動にも、どこか堅苦しい空気が漂っている気がする。
そもそも学長からして、あの有名な男じゃないか。
まあ、別に問題があるわけじゃないけどな。
元軍人らしい、よく通る声で説明を続けるレオナに、いくつか質問が飛んだ。
その中の一人が、「もし評価中に命の危険が生じた場合はどうするのか」と尋ねると、レオナはこう答えた。
「原則として教授陣は評価に介入しない。ただし、生徒の身に危険が及ぶ状況が発生した場合には、即座に転移させる予定だ。その点については、生徒諸君も過度に気にする必要はない」
さっきから妙な魔力を放ちながら、空をぐるぐる飛び回っているあの魔力球。
おそらく、一種の監視カメラのような役割を果たしているのだろう。
「評価は二日間にわたって行う。主な評価項目は、ガーディアンを使わず敵地でどれだけ長く生き残れるか。また今回の評価では、自分のパートナーを除くすべての生徒が互いに敵となる」
レオナが一度指を鳴らすと、後ろで待機していた助手たちが生徒のもとへ歩み寄り、バッジを配り始めた。
「このバッジを各自、身につけろ。二人ともバッジを失った時点で、その班は即座に脱落となる。また、討伐したモンスターの数、および所持している他者のバッジの数に応じて、自動的に加点される。覚えておくように」
互いに敵になるって、そういうことか。
そういえば、通達にもサバイバル形式と書かれていたな。
多少緊張するのは仕方ない。
だが、脱落する心配はまるでしていなかった。
ここにいる誰よりも、俺のほうがこの森を知り尽くしているのだから。
「バッジには討伐したモンスターによる加点が記録される。他者のバッジを奪えば、相手が稼いだ点数も自分たちの加点へと変換される。説明は以上だ。全班、指定ポイントへ移動! 上空へ合図の火球が放たれた時点で、評価開始とする!」
テリーと俺は、指定された場所に立って待機した。
それから、どれほど経っただろう。
上空へファイアボールが撃ち上げられ、評価の開始を告げた。
ついに始まった。
正直、こんな試験自体はどうでもいい。
だが、早々に脱落してしまえば、わざわざここまで来た本当の目的を果たせなくなる。バッジだけはしっかり守っておく必要があるだろう。
まあ、どうせ奪われるはずもない。
好きなだけ足掻いてみろ。
十年間の周回で、この森の地形を知り尽くした俺に勝てるかは知らないけどな。
* * *
「この前の実習、見てましたよ。さすが次席だけあって、やっぱり他とは違いましたね」
「当然。あの程度もできないなら、生きている価値なんてないから」
「じゃあ、今日は何もせずおんぶさせてもらいますね」
「それはどういう……。今回の評価は二人一組で行われるのに、一人が何もしなければまともに進められないでしょう……」
困惑した顔でどうしていいか分からずにいるテリーを見て、俺は小さくため息をついた。
「ちょっと空気を明るくしようと思って冗談を言っただけなんですけど。ノリ悪いですね」
「も、もちろん分かってた。ただ、くだらない冗談に付き合う気がなかっただけ。勘違いしないで」
「そうですか。そろそろ出発したほうがよさそうですね」
テリー・ペルシアって、もともとこんな感じだったか?
彼女が本格的に登場し始めるのはストーリー中盤あたりだったため、この頃の彼女は俺にとっても馴染みが薄い。
ストーリーで描かれていた彼女は、冷酷で気位の高い印象だった。
それが今は、少し抜けているというか。
後に『炎の魔女』と呼ばれる人物と、本当に同一人物なのか疑いたくなるほどだ。
とはいえ、そんな彼女が未来では欠かすことのできない重要人物になるのは間違いない。
そんなことを考えながら森を進んでいると、強烈な殺気を感じて足を止めた。
――グルルルルル……!
どこからか獣の唸り声が響き渡った。
俺とテリーは即座に剣を抜き、周囲を警戒する。
すると、それらがゆっくりと俺たちの前へ姿を現した。
野犬とハイエナを半分ずつ混ぜたような姿をした、小柄な亜人種。
放浪者の森で頻繁に出現するモンスターの一つ、コボルトだ。
だが、後ろにいる一匹だけは黒いぼろ布をまとっている。手には粗末な杖まで握っていた。あの様子からして、コボルトの上位種であるホブコボルトだろう。
(厄介ではあるけど、逃げるほどの相手じゃない)
ホブコボルトの使う雷撃魔法は、直撃すれば少し危険だ。だが、攻撃範囲も使い方もかなり単調なので、集中していれば簡単に避けられる。
「わざわざ力を使わなくても大丈夫ですよ」
コボルト程度なら、二人がかりで相手をする必要まではない。
モンスターとは名ばかりで、実質的には雑魚と変わらない程度の知能しかないのだから。
テリーが自分も加勢すると言おうとしたのか、口を開きかけた、その瞬間。
奴らが俺へ向かって突進してきた。
ドンッ!
コボルトが飛び込んでくる。
それと同時に、俺がついさっきまで立っていた場所へ紫色の雷が落ちた。かなりの威力らしく、地面には深くえぐれたクレーターまでできている。
――グルルッ!
再び飛びかかってくる奴を、横へ跳んでかわす。
直後に降ってきた雷撃も反対側へ跳んで避け、そのまま背後の木を足場にしてホブコボルトへ飛び込んだ。
――ケルッ……。
無駄のない動きでホブコボルトの頭を一気に刎ねる。
俺はすぐさま振り返り、残った一匹へ駆け出した。
厄介なホブコボルトはもういない。
普通のコボルト一匹程度なら、それほど難しい相手じゃない。
振り下ろされた剣を受け止め、そのまま胴体を蹴り飛ばす。
倒れたまま咳き込むコボルトの心臓へ、剣を突き刺した。
「思ってたよりキツいな」
やっぱり、ゲームと現実は違うってことか。
ゲームの中ではマウスをワンクリックするだけで死んでいた奴らを、自分の手で剣を振るって倒すとなると、さすがに簡単ではなかった。
剣についた血を払い落としていると、テリーが驚いた目で尋ねてきた。
「もしかして、アカデミーに入る前に何か訓練を受けてた?」
「いえ……。ご存じの通り、平民ですから。そんな余裕はありませんでしたね」
テリーは不思議そうな顔で、俺をじっと見つめた。
コボルトを倒した程度で、どうしてそんな反応をするんだ?
俺が疑問に思っているのに気づいたのか、テリーが口を開いた。
「パイロットはガーディアンに頼る分、基礎的な身体能力は不足しがちなはず。でも、今の動きはまったく訓練を受けていない人間のものには絶対に見えない」
確かに、疑われてもおかしくない状況ではある。
だが、本当のことを話したところで、どうせ信じてもらえないだろう。
ここはゲームの中の世界で、実は俺はすべてのエンディングを経験し、最後にはラスボスまで倒した廃人プレイヤーだなんて。
そのうえ、すぐにくたばる運命のモブ悪役に憑依し、ゲーム時代の能力の一部まで使える。
立場が逆なら、俺だって頭のおかしい奴だと決めつけていただろう。
いったい開発者は、俺に何をさせたくてこの世界へ憑依させたのか。
まだ分からないことは山ほどある。
だが、それはひとまず後回しだ。
いつだって、何より優先すべきなのは生き残ること。
アカデミーで主要人物たちと親しい関係を築き、元のストーリー通り魔王ケルベロを倒す。
この大きな筋書きだけは、何としてでも成功させなければならない。
そうすれば、きっと答えも見えてくるはずだから。
* * *
闇が重く垂れ込めた森の中。
カイ・マヘンクルスとその取り巻きたちは焚き火を囲み、人目を忍ぶように話し合っていた。
「明日、奴を襲う」
カイの意味深な一言に、取り巻きの一人であるベンタ・ルペルードが震える声で尋ねた。
「どうするつもりなんだ?」
「よくも下等な平民風情が、この俺にあれほどの恥をかかせたんだ。二本の足でまともに歩けないようにしてやる」
カイは鞄から黒く塗られた瓶を一本取り出し、全員に見せつけた。
「苦労して手に入れた禁薬だ」
それを目にした瞬間、その場にいた全員が凍りついた。
しばしの沈黙が流れる。
カイは禁薬の入った黒い瓶を、ゆっくりと揺らした。
「魔力球をしばらく無力化して、これをアルトの野郎に飲ませる。奴が暴走したという口実を作って、本当に暴走する前に殺すんだ」
カイは引きつった口元を隠そうともせず、陰湿な笑みを浮かべた。
「そうすれば、禁薬使用者を討伐した功績も認められる。俺もお前たちも、パイロットとして大きな実績を一つ積めるってわけだ。おまけに、地に落ちた俺の評判まで取り戻せる」
計画を聞いて動揺する者たちも、簡単には拒絶の意思を示せなかった。
仲間外れにされるのが怖かったからでも、今までいじめてきた生徒を殺すことに抵抗があったからでもない。
この計画を聞いてしまった以上、参加を拒めば、カイ・マヘンクルスが今度は自分たちに危害を加える。
そう確信していたからだ。
カイは禁薬をじっと見つめながら、計画が成功したあとの輝かしい未来を頭の中に思い描いた。
恍惚とした気分に、胸が高鳴る。
そんな妄想に酔いしれていたカイは、気づいていなかった。
「……思ったより、ちゃんと計画を練ってるな」
巨大な木の上から彼らを見下ろす、一つの影がいることに。




