第3話
講義が終わる頃には、時刻は正午に差し掛かっていた。何が起こるか分からないと身構えていたのも束の間、その後は何事もなく穏やかな時間が続き、張り詰めていた緊張も自然と解けていった。
暖かな日差しを浴びながら座っていると、否応なく考えが深まっていく。
(まずは、今後の方針を固めないとな)
解決しなければならない問題はいくらでもある。それでも、進むべき方向くらいは決めておいたほうが、この先を生き残るうえでも都合がいいだろう。
なら、真っ先に考えるべきことは何か。
考えるまでもない。何より優先すべきなのは、自分自身の利益だ。そもそも俺は、まだ何も分かっていないんじゃないか。
『ロナテイル機甲戦記』のGMが俺をここへ送り込んだ本当の理由も、アルト・テラニウスという使い捨てのモブ悪役に憑依した理由も。
考えすぎなだけかもしれないが、どうにも腑に落ちないものがある。
下手にあれこれ勘繰って様子を窺っていれば、上手くいくものまで駄目になりかねない。だったら、自分の勘と実利に従って動けばいい。
今までも、そうやって生きてきたのだから。
――午後の講義開始まで、残り五分です。アカデミーの全生徒ならびに教授陣の皆様は、指定された区域へ移動し、授業の準備を行ってください。
アカデミー内に魔法放送が響き渡った。広場にある時計塔の秒針は、Ⅰを指している。
次の講義は、確か機体実習だったはずだ。遅れないためにも、そろそろ向かったほうがいいだろう。
凝り固まった体をぐっと伸ばし、一度軽くストレッチしてから立ち上がる。向かう先は演習場だ。
妙に胸が高鳴っていた。
訓練用とはいえ、あれほど夢中になって遊び続けたガーディアンの実物を、この目で見られるのだ。期待するなというほうが無理だろう。
現に今も、心臓が激しく脈打っている。
演習場に到着すると、講義を受ける生徒たちが一人、また一人と集まり始めていた。もうすぐ実習が始まる。少し浮かれた気分で待っていると、その空気に水を差すように背後から声が飛んできた。
「これはこれは。偉大なる平民、アルト様じゃないか」
相変わらず偉そうな顔をしたカイ・マヘンクルスが立っていた。こいつ、前にあれだけ言ってやったのに、まだ分かっていないらしい。
まあ、一度言われただけで理解できる奴なら、こうしてまた絡んできたりはしないか。
「悪いけど、もうすぐ講義が始まりそうだから。話があるなら後にしてくれないか」
「いや? 別に話なんかないさ。ただ、一つ気になっただけだ。訓練用機体すらまともに動かせない『アカデミー最悪の落ちこぼれ』の平民アルト様が、この講義にいったい何の用かなってな」
わざと周囲に聞かせるような大声だった。当然、辺りの視線が一斉にこちらへ集まる。
(まあ、いつか仕返ししてくるとは思ってたけど……)
それにしたって、幼稚すぎないか。
設定上、このアカデミーは成人してから入学する場所だ。それなのに、やっていることは子供じみた嫌がらせそのもの。
呆れるほかなかった。
「そうだな。今までは乗れなかったかもしれないけど、努力くらいはしてみないとな。誰かさんみたいに他人を貶す暇があるなら、少しでも自分の欠点を直したほうが得だろ」
「まあ、せいぜい頑張れよ。才能のない平民様には、ただの時間の無駄だろうけどな」
嘲るように笑いながら、カイは取り巻きを連れて去っていった。
好きなだけやってろ。こっちは眉一つ動かす気にもならない。そんなことで頭に血を上らせて殴り合うような歳なんて、とっくに卒業している。
それに、拳で殴るよりよっぽど効く仕返しだってあるからな。
やがて教授らしき男が一人、その補佐をする二人の助手を連れて演習場へと姿を現した。間もなく、機体実習の講義が始まる。
「生徒諸君。機体実習を担当する教授、レイヴン・ベロテイルだ。本日は前回の座学で学んだ内容を踏まえ、実際に機体へ搭乗し、ガーディアンの機動法と簡単な攻撃魔法、ならびに物理攻撃の実習を行う」
鋭い顔立ちをしたレイヴン・ベロテイルが、真っ白な銀髪を後ろへかき上げながら話している。
(なんだ、この既視感……)
どこかで聞いた覚えのある台詞。そして、妙に聞き覚えのあるレイヴン・ベロテイルという名前と、その顔。
ゲームに登場していたのは間違いない。ただ、詳しいところまでは思い出せなかった。
「では、助手の二人は訓練用機体を二機、ここへ運んできてくれ」
レイヴンの言葉に助手たちが頷き、その場を離れていく。しばらくして、地面がかすかに震え始めた。
振動は徐々に大きくなり、やがて十メートルは優に超えていそうな二機の灰色の機体が、並んでこちらへ歩いてきた。
その姿を目にした瞬間、ようやく既視感の正体に気づいた。
あの灰色の訓練用ガーディアン。どこかで見たと思ったら、『ロナテイル機甲戦記』のチュートリアルに登場する機体じゃないか。
そうだ。レイヴン・ベロテイルも、チュートリアルでプレイヤーを指導していた教授だ。
「全員知っての通り、この二機のガーディアンはアカデミーが特別に製造した訓練用機体だ。大きな威力こそ出せないが、それでも負傷する危険は十分にある。生徒諸君は、くれぐれも安全に注意するように」
レイヴン教授が真剣な表情で告げる。どうやら、いよいよ実習が始まるらしい。
さて、みんなのお手並み拝見といこう。こういう時でもなければ、一人ひとりの実力を見る機会なんて滅多にない。
「実習を開始する。生徒ベンタ・ルペルード、クレイン・ペロドール。ガーディアンの前へ」
レイヴン教授が二人一組で名前を呼び始めた。呼ばれた生徒たちはそれぞれガーディアンへ乗り込み、機体の操作と攻撃を披露していく。
(ゲームでもそうだったけど、現実でも難しいみたいだな)
ガーディアンの操作に慣れていないのか、生徒たちの動きはぎこちなく、ふらついてばかりだった。機体そのものが安定しないせいで、攻撃も外してばかり。
ひどい者になると攻撃どころか、標的へ向かって歩いている途中で足をもつれさせ、そのまま転倒する始末だった。
そんな中、例の――あいつの名前も呼ばれた。
「カイ・マヘンクルス。悪くない動きだ。今後も精進するように」
無難にファイアボールを放ち、標的の端に命中させたカイが、不意にこちらへ顔を向けた。そして、鼻で笑う。
(……で? 何が言いたいんだよ)
いや、いちいち気にするだけ無駄だ。どう見ても俺を挑発するためにやっている。
無視したほうが精神衛生上よほどいい。
そのままカイを無視して他の生徒たちの実習を眺めていると、前の二人が機体から降り、ついにレイヴン教授の口から俺の名前が出た。
「では次……テリー・ペルシア。それから、アルト・テラニウス。ガーディアンの前へ」
一緒に呼ばれた名前に、思わず反応して隣を見る。
整った顔立ちに、恵まれた体格。そして長い赤髪。
間違いない。
物語の最後まで登場し続ける主要人物の一人――『炎の魔女』テリー・ペルシアだ。
後に『炎のガーディアン』と呼ばれる機体に選ばれ、数多の戦場で確かな戦果を挙げる人物。
アカデミーを次席で合格した、紛れもないエリート。味方にすればこれ以上なく心強いが、敵に対しては一片の情けもかけない非情な人間。
それが、テリー・ペルシアだった。
そして、この先俺が生き残るためには、必ずこちら側へ引き込んでおきたい人物でもある。
「両名、直ちに訓練用機体へ搭乗しろ」
目の前で見るガーディアンの巨体に一瞬だけ圧倒された。だが、それ以上に膨れ上がった期待感が、早く乗れと俺を急かしてくる。
足場へ足をかける。重厚な機体の重みが、足元から伝わってきた。階段を上がっていくにつれ、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
中央にある操縦席へ腰を下ろすと、それまで暗かった機体内部に光が灯り、目の前に青いウィンドウが次々と浮かび上がった。
[ガーディアン――訓練用機体『training-013』を起動します。]
[機体稼働率――12%……87%……100%]
[機体の最適化が完了しました。起動を開始します。]
最後のウィンドウが閉じると、それまで遮られていた正面が開け、外の景色が視界いっぱいに広がった。
周囲を見渡せば、大勢の生徒たち。そして腕を組んだまま、こちらの様子を見守るレイヴン・ベロテイル教授の姿が見える。
「機体の起動が完了したなら、まずはテリー・ペルシア。前回の授業で学んだ機動法と攻撃魔法、物理攻撃を標的に対して実施しろ」
レイヴンの言葉が終わるや否や、テリー・ペルシアの乗った機体が動き始めた。アカデミー次席の名に恥じない、他の生徒たちとは一線を画す無駄のない動き。
だが、本当に凄かったのは、その後の攻撃だった。
「炎の槍よ、敵を貫け!」
標的へ向け、一気に距離を詰める機体。詠唱と同時にメカの掌から放たれたファイアボールが標的へ直撃すると、その周囲には大きくえぐれたクレーターが残り、一帯は見る影もなく吹き飛んでいた。
「訓練用機体であの威力って……イカれてるだろ」
「あれ見たら、急に心折れそうなんだけど……」
「やっぱ次席は次席だな。動きが綺麗だった」
周囲の生徒たちがざわつき、レイヴン教授も興味深そうな顔をしている。俺も、その実力には舌を巻くしかなかった。
他の生徒たちが機体を動かすことさえ精一杯だったのに対し、テリー・ペルシアだけは明らかに次元が違う。
(あの動きに、あの威力。『ロナテイル機甲戦記』なら、完全に才能お化け扱いされてただろうな)
本物のガーディアンの十分の一程度の性能しかない訓練用機体。それも入学したばかりの時点で、あの威力だ。
いったいどこまで伸びるのか、想像もつかない。
テリー・ペルシアが吹き飛ばした標的を呆然と眺めていると、下からレイヴン教授の声が飛んできた。
「生徒アルト・テラニウス。君も同様に実習を行え」
ついに俺の番が来た。
ガーディアンの内部構造は、ゲームとまったく同じ。違うとすれば、仮想コントローラーだったものが、本物の操縦桿に変わっていることくらいだ。
難しく考える必要はない。何千回――いや、何万回と握ってきたはずだ。
チュートリアル用の機体程度で手こずっているようでは、この先待ち受けているイベントを生き延びることなどできない。
ゲームでそうしていたように、順番に動力部へマナを流し込む。
(やってやる。俺ならできる)
ラスボスを倒したあと、理由も分からないまま開発者によってこの世界へ落とされた。それが避けようのない運命だというのなら、堂々と一歩踏み出せばいい。
突っ立っているだけで解決する問題なんて、一つもない。
左右の操縦桿を握り、力強く引き上げた。それと同時に、地面についていたガーディアンの足が宙へ浮かぶ。
ズンッ――!
重い音を響かせ、ガーディアンが前進を始めた。
まるでこれが運命であるかのように、俺はガーディアンの世界へ一歩を踏み出した。
最初こそ多少ぎこちなかったものの、すぐに感覚を取り戻し、俺は慣れた手つきで機体を操っていく。
(チュートリアル程度だ。難しいことなんて何もない)
体がほぐれてきたところで、機体を滑らかに動かしながら標的へ向けて駆け出す。さて、今使えるスキルは何があったかな。
ガーディアンのインターフェースを操作し、パイロット情報を確認した。
■[パイロット:アルト・テラニウス]
- [個人マナ量 1500/1500]
- [現在の機体との適合率 68%]
■[パイロット固有スキル]
- [青焔系][即効]
- [諸刃のエリクサー][パッシブ]
- [あてなき旅][パッシブ]
- [逆説の刃][パッシブ]
- [事前詠唱][パッシブ]
……
……
……
すべての能力値が引き継がれているわけではない。だが、固有スキルはすべて残っている。
このスキル構成なら、俺が負けることなど絶対にない。
何せ、堅実に積み上げてきたこのスキルで、最後にはラスボスすら倒したのだから。
[スキル『事前詠唱』を発動します!]
[一定量のマナを消費し、魔法を事前に発動します!]
機体の速度が徐々に上がっていくのと同時に、ガーディアンの左手に魔法陣が形成された。
詠唱が終わるよりも早く、青い炎をまとった魔力球が標的へ向かって撃ち出される。その光景に、周囲から感嘆の声が上がった。
何十時間も検証を重ねた末に編み出した、無詠唱魔法だ。もっとも、正確には無詠唱と呼べるようなものではない。
タイミングを合わせて先に魔法を発動しておき、傍目にはまるで詠唱していないように見せているだけなのだが。
ゲームをプレイしながら独自に研究した青焔系魔法のおかげか、命中精度と威力を増したファイアボールが標的へ直撃する。轟音とともに爆ぜた一帯へ、そのまま機体を突っ込ませた。ガーディアンの腰から訓練用ブレードを引き抜き、振り抜く。
標的の頭部が、一刀のもとに切り落とされた。
砂煙が晴れた演習場に残っていたのは、黒く焼け焦げ、綺麗に断ち切られた標的と、俺の乗る訓練用機体だけだった。
演習場一帯が、一瞬の静寂に包まれる。
そして次の瞬間。
俺を迎えたのは、生徒たちの凄まじい歓声だった。
「おい、今の見たか!? あいつ走ってたよな!? 俺なんて動かすだけで精一杯だったのに、どうやったんだよ!」
「いや、そこじゃないだろ! あいつが魔法使ったとき、詠唱聞こえた奴いるか? 本当に無詠唱で撃ったのかよ!?」
「ていうか、あのファイアボール青かったよな……? あんな魔法、初めて見たぞ!」
「何なんだよあれ! マジで見たことないぞ! どう考えても学生のレベルじゃないだろ!」
……どうやら、目立ちすぎたらしい。
あまりの反応の大きさに居心地の悪さを覚え、深いため息をつきながら周囲を見回していると、カイ・マヘンクルスの姿が目に入った。
信じられないものを見るように目を見開いている。しかも、今まで散々見下していた相手が皆から褒めそやされているのがよほど悔しいらしく、下唇を噛み、握り締めた拳を震わせていた。
「なあ、カイ。あの野郎、先週までたった一歩も動かせなかったはずだろ……。いったいどうなってんだよ」
「……そうか。そういうことか」
何かに思い至ったらしい。
カイは見るからに陰険な表情を浮かべると、レイヴン教授のもとへずかずかと歩いていった。そして、堂々とした顔で声を張り上げた。
「教授! 生徒アルト・テラニウスは、本実習において不正行為を働きました!」
……いや、今度は何の寝言だ、こいつ。




