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やり直し:エルフの王  作者: Ritch_Richie
第一章

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第9話 竜の舌の山(完結編)

第9話 竜の舌の山(完結編)


アデルとヴィレンは、エルフの村へ向かって歩いていた。


ミリエルの家は村の外れにある。

ほかの家々から少し離れた、静かな場所だった。


森の道を進みながら、アデルは隣を歩くヴィレンの袖を引いた。


「おじいちゃん」


「ん?」


「おじいちゃんの住処って、どこにあるの?」


アデルは目を輝かせていた。


六十年間、家とその周辺しか知らなかった彼にとって、外の世界の話はすべてが新鮮だった。


ヴィレンは周囲を警戒するように見回しながら答える。


「私の住処は、【竜の舌の山】の頂上にある」


そう言って、アデルの背を軽く押した。


「ほら、少し急ぎなさい」


「竜の舌の山……?」


アデルは首をかしげた。


「どうして、そんな名前なの?」


その質問を聞いた瞬間、ヴィレンは足を止めそうになった。


まさか、その名の由来を知らないとは思っていなかったらしい。


だがすぐに咳払いをし、歩きながら話し始めた。


「ふむ……そうだな。どこから話すべきか」


ヴィレンは長い髭を撫でる。


「では、最初の竜の話をしよう」


アデルは黙って耳を傾けた。


ヴィレンの声は、森の中に静かに響いた。


「まだ神々がこの大地に住んでいた時代のことだ」


その頃、この世界には神々以外、誰もいなかった。


誰も笑わず、誰も争わず、誰も祈らない。

ただ神々だけが、広い世界に存在していた。


だから彼らは退屈していた。


そして、孤独だった。


「そこで神々は、この大地に命を生み出すことにした」


最初に動いたのは、エルフたちが今も崇める三姉妹の女神だった。


豊穣の女神ノイラ。

森の女神レナラ。

運命の女神マイラ。


三姉妹は、自らの美しさ、知恵、そして力をもとにして、最初のエルフを創った。


その名は、インドラとロセル。


「彼らこそが、最初のエルフだ」


ヴィレンはそう言った。


アデルは内心で感心する。


(なるほど。エルフは三姉妹の女神が創ったのか)


その後、ほかの神々も三姉妹の創造を見て驚いた。


そして思った。


自分たちにも、同じことができるのではないか、と。


死と闇の神モールは、魔物を創った。


それは恐ろしい存在だった。


森の奥。

暗い洞窟。

人の目の届かない場所。


そうした場所に潜み、ほかの種族の数を減らすために創られた怪物たち。


「モールの魔物は、今でも多くの森や闇の中に潜んでいる」


ヴィレンの声が少しだけ低くなる。


次に、知恵と虚栄の神ゴルゴトが竜を創った。


「だが、ゴルゴトは後に、神々すべての裏切り者として知られることになる」


その言葉に、アデルは眉を動かした。


(裏切り者の神……?)


さらに、戦と美食の神バルドラクはオークを創った。


オークは偉大な戦士の種族。

戦士としての名誉を何より重んじる者たち。


そして意外にも、オークはエルフに劣らぬ美しさを持つ種族としても知られているらしい。


(オークが美しい? 俺の知ってるオークと全然違うな……)


アデルは思わず心の中で突っ込んだ。


誇りと狡猾の神ペルンは、人間を創った。


だが、人間は創造主の性質をそのまま受け継いだわけではなかった。


一人ひとりが違い、誰もが独自の性質を持っている。


中には心優しい者もいれば、恐ろしく残酷な者もいる。


愛と欲望の女神ヴァルナは、悪魔を創った。


しかし彼女は一人でそれを成したわけではない。


彼女を助けたのは、死と闇の神モールだった。


モールは死を司る神であり、闇を抱く存在だった。

それでも、その暗い心さえもヴァルナの美しさには抗えなかったという。


そして最後に、最も若い神グランド。


大地と火の神である彼は、ドワーフを創った。


ドワーフは燃えるような気性と、驚くほどの頑固さで知られる種族となった。


「そうして、世界には多くの種族が生まれた」


ヴィレンは続ける。


「だが、竜の物語はそこで終わらない」


三姉妹がエルフを創ったあと、ゴルゴトは竜を創った。


最初の竜が生まれた場所こそが、今の【竜の舌の山】である。


そこでゴルゴトは、最初の竜に言葉を授けた。

さらに、魔法を読み、唱える力を与えた。


「だからあの山は、竜が初めて“言葉”を得た場所として、竜の舌の山と呼ばれるようになった」


「へえ……」


アデルは素直に感心した。


だが、ヴィレンの話はまだ続く。


ゴルゴトは、最初の竜に満足していなかった。


彼はエルフのように美しく、オークのように力強く、そして自らにふさわしい完璧な種族を創りたかった。


何度も試みた。


だが、失敗した。


彼が望む「理想の竜」は、どうしても生まれなかった。


そしてある日。


ゴルゴトは、最初のエルフの女性――インドラをさらった。


彼は彼女に、最初の竜との子を産ませた。


そうして生まれたのが、今の竜たちの祖先だという。


アデルは思わず顔をしかめた。


(うわ……かなりひどい話だな)


ヴィレンの声も、そこで少し冷たくなった。


「当然、三姉妹は激怒した。ほかの神々もまた、ゴルゴトの行いを許さなかった」


神々はゴルゴトへ戦を挑んだ。


しかし、ゴルゴトはその時を予想していた。


彼はすでに、神にも劣らぬ力を持つ竜の軍勢を創り上げていたのだ。


だが。


ゴルゴトが予想していなかったことが一つある。


「彼の創造物である竜たちが、彼自身に牙を向けた」


ヴィレンは静かに告げた。


竜たちは、自分たちを道具として扱う創造主を拒んだ。


そして神々と共に、ゴルゴトへ反旗を翻した。


その戦いの果てに、ゴルゴトは神の座から引きずり降ろされた。


「神々は、かつての友であったゴルゴトを殺すことはできなかった」


ヴィレンは遠い目をする。


「だが、そのまま自由にしておくこともできなかった」


だから神々は、ゴルゴトの体をいくつにも分けた。


そして、その欠片を世界各地へ封じた。


封印を守る番人として置かれたのは、モールの魔物たち。


「今、その封印された場所はこう呼ばれている」


ヴィレンはアデルを見た。


「ダンジョン、と」


アデルは息を呑んだ。


(ダンジョンって、そんな由来なのかよ……)


ただの魔物の巣ではない。


神の体の欠片が封じられた場所。


その事実に、アデルは言葉を失った。


ヴィレンは話を終えると、ようやく時間がかなり過ぎていることに気づいたらしい。


「おっと。話しすぎたな」


アデルは大きく首を振った。


「ううん。面白かった」


それは本心だった。


家の中では聞けなかった、世界の成り立ち。

神々。

種族。

竜。

そしてダンジョン。


外の世界は、アデルが想像していたよりもずっと広く、ずっと危険そうだった。


やがて二人は、エルフの村へたどり着いた。


村に入った瞬間、ヴィレンが小さく息を吐く。


その様子に気づいたアデルは首をかしげた。


「おじいちゃん、どうしたの? なんだかずっと心配そうだったけど」


ヴィレンはアデルの背を軽く叩いた。


「実はな、アデル。お前とミリエルが暮らしている家は、少し危ない場所にある」


「危ない場所?」


「ああ。近くにダンジョンがあるのだ。まれに、そこから魔物が外へ出てくることがある」


その言葉を聞いた瞬間、アデルの体が強張った。


「……母さんは?」


声が震えた。


「母さんは大丈夫なの?」


彼はヴィレンの袖をつかむ。


ヴィレンはその反応を見て、すぐに優しく笑った。


「心配するな、我が弟子よ。もう危険は過ぎた。それに、ミリエルはとっくに家の周りへ結界を張っている」


「結界?」


「ああ。あの家には、ミリエルの許可なく誰も入れない。魔物であろうと、盗賊であろうとな」


アデルはようやく肩の力を抜いた。


「……そういうことは、最初に言ってよ」


彼はぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向く。


ヴィレンは楽しそうに笑った。


だが、アデルが長く拗ねていることはできなかった。


なぜなら、彼は六十年ぶりに初めて家を離れ、村の中へ来たのだ。


木々と一体化した家々。

枝の上にかけられた細い橋。

静かに行き交うエルフたち。


すべてが新鮮だった。


アデルは目を輝かせながら、村を見回した。


(すごい……本当にファンタジーの村だ)


もっと見ていたかった。


だが、ヴィレンはすぐに彼の背を押す。


「見物はまた今度だ。今は急ぐぞ。日が高いうちに私の住処へ向かわねばならん」


「えー……」


「えー、ではない」


アデルは渋々歩き出した。


それから三時間ほどかけて、二人はようやく森と村を抜けた。


周囲が開ける。


木々の壁が途切れ、空が一気に広くなった。


ヴィレンはそこで足を止める。


「よし。ここまで来れば問題ない」


「何が?」


「ここなら、私も本来の姿に戻れる」


ヴィレンは肩を回しながら言った。


「前に村の近くを飛んだときは、村中が大騒ぎになってしまってな。あれ以来、あまり近くでは変身しないようにしている」


そう言うと、ヴィレンの体が光に包まれた。


次の瞬間。


そこに立っていた老人の姿は消え、代わりに巨大な金色の竜が現れた。


黄金の鱗。

大きな翼。

長い首。

空を覆うような存在感。


アデルは口を開けたまま、その姿を見上げた。


(うわ……本物のドラゴンだ)


胸が高鳴る。


(まさか、俺……ドラゴンに乗れるのか?)


期待に目を輝かせたアデルだったが、その期待はすぐに裏切られた。


ヴィレンは近くに置いてあった頑丈な籠のようなものを示した。


どう見ても、移動用の檻だった。


「アデル。そこに入りなさい」


「……え?」


「安全のためだ」


「いや、でも」


「安全のためだ」


ヴィレンの声は、有無を言わせなかった。


アデルはしばらく檻を見つめたあと、肩を落とした。


(ドラゴンの背中に乗れると思ったのに……)


彼はとぼとぼと檻の中へ入った。


扉が閉まる。


ヴィレンは檻をしっかりと固定すると、大きく翼を広げた。


そして、空へ舞い上がる。


最初は、アデルも興奮していた。


地面が遠ざかる。

森が小さくなる。

風が檻の隙間から吹き込んでくる。


だが、すぐにその興奮は消えた。


高さ。


あまりにも高い。


その瞬間、前世の記憶がよみがえった。


屋上。

風。

落ちていく体。

車へ叩きつけられる衝撃。


(……あ)


胃がひっくり返った。


次の瞬間、アデルは盛大に吐いた。


そして、そのまま意識を失った。


ヴィレンはしばらく、それに気づかなかった。


金色の竜は悠々と空を飛び続ける。


やがて、ふと檻の中を確認しようと思った。


「アデル、景色はどうだ?」


返事がない。


ヴィレンは首を曲げ、檻の中を覗き込む。


そこには、真っ青な顔で気絶しているアデルがいた。


「……む?」


一瞬、ヴィレンの動きが止まる。


次の瞬間、彼は慌てて速度を落とし、近くの開けた場所へ降り立った。


地面に着くとすぐに人の姿へ戻り、檻へ駆け寄る。


「アデル!」


彼は檻を開け、アデルを慎重に抱き上げた。


脈を確かめる。

呼吸を見る。

顔色を見る。


しばらく調べたあと、ヴィレンは深く息を吐いた。


「命に別状はないか……」


どうやら、恐怖と酔いで気を失っただけらしい。


ヴィレンは困ったように頭をかいた。


「そうか。高いところが苦手だったのか」


彼は少し考えた。


起こすべきか。

それとも、そのまま寝かせておくべきか。


結局、ヴィレンは起こさないことにした。


「まあ、眠っていた方が楽だろう」


彼はアデルを檻の中へ戻し、できるだけ揺れないように布で体を固定した。


そして再び竜の姿へ戻る。


今度は、先ほどよりもずっとゆっくりと飛んだ。


黄金の竜は雲の下を進み、森を越え、谷を越え、遠くそびえる山へ向かう。


その山こそが、竜の舌の山。


最初の竜が言葉を授かった場所。


そして、ヴィレンの住処がある場所だった。


やがて夕暮れが近づく頃。


ヴィレンはようやく目的地へたどり着いた。


巨大な山の頂。


そこに、竜の巣というにはあまりにも整った住処があった。


石造りの広い屋敷。

古い塔。

魔法陣の刻まれた広場。

そして、空を見下ろすように開かれた巨大な入口。


ヴィレンは静かに降り立った。


檻の中で、アデルはまだ意識を失っている。


ヴィレンは人の姿へ戻ると、彼をそっと抱き上げた。


「よく来たな、アデル」


彼は眠る少年へ、小さく語りかけた。


「ここがお前の新しい学び舎だ」


アデルは答えない。


ただ、青ざめた顔で眠り続けていた。


ヴィレンは苦笑しながら、屋敷の中へ歩き出した。


「まずは……寝かせるところから始めるとしよう」


第九話 終

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