第10話 トマトのように赤く
Конечно. Вот заново переведённая десятая глава на японский, в более литературном ранобэ-стиле, с речью через 「」 и мыслями через ().
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第10話 トマトのように赤く
ヴィレンの住処へ到着してから、二日が過ぎていた。
しかし、アデルはまだ目を覚まさなかった。
寝台の上で静かに眠り続けるその姿は、まるで深い夢の底に沈んでしまったかのようだった。
呼吸はある。
脈も乱れていない。
体に大きな異常も見当たらない。
それでも、目を覚まさない。
その事実が、ヴィレンをひどく焦らせていた。
「どうすればよい……どうすればよいのだ……」
ヴィレンは寝台の周りを何度も行ったり来たりしていた。
普段なら落ち着き払っている彼も、このときばかりは完全に取り乱していた。
(ただ高所の恐怖で気を失っただけだと思っていた。だが、二日も目を覚まさないとは……)
彼は両手で頭を抱えた。
(アルヴィン……すまぬ。お前の息子を預かったばかりだというのに、私は何をしているのだ)
そのとき。
コン、コン。
部屋の扉が叩かれた。
ヴィレンは弾かれたように顔を上げた。
「来たか!」
彼は慌てて扉へ向かい、すぐに開けた。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
長い赤髪を、きっちりと後ろで一つに束ねている。
片目には小さなモノクル。
黒い外套の下には、落ち着いた灰色のドレス。
足元は上品な靴で整えられており、手には古い医師が使うような大きな鞄を提げていた。
そして、炎を閉じ込めたような赤い瞳。
彼女の名は、ヴェルデリア。
ヴィレンが呼んだ医師だった。
ヴェルデリアは部屋に入るなり、寝台の上のアデルへ視線を向けた。
その目には、興味と心配が同時に宿っていた。
「それで、患者はこの子?」
「ああ、そうだ」
ヴィレンはすぐに寝台のそばへ戻った。
「ヴェルデリア、この子は目を覚ますのか? 二日も眠ったままなのだ」
ヴェルデリアは鞄を床に置き、アデルのそばへ歩み寄った。
まず額に手を当て、次に脈を確かめる。
さらに瞼をそっと持ち上げ、瞳の反応を見た。
しばらく診察したあと、彼女は小さく息を吐いた。
「大丈夫よ、ヴィ」
「ヴィではない。ヴィレンだ」
「はいはい、ヴィ」
「……」
ヴィレンは何か言いたげだったが、今はそれどころではない。
ヴェルデリアは気にせず続けた。
「体に大きな異常はないわ。強い恐怖と衝撃で意識を手放しているだけね」
「本当か?」
「ええ。本当よ」
その言葉を聞いて、ヴィレンはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
だが、ヴェルデリアはそこでにやりと笑った。
「ただ、このまま寝かせておいても仕方ないわね。少し刺激を与えましょう」
「刺激?」
ヴィレンの眉がぴくりと動く。
「待て。お前の言う刺激とは、まさか……」
「大丈夫。死にはしないわ」
「その言い方はまったく安心できぬ!」
ヴェルデリアは大きな鞄を開け、中をごそごそと探り始めた。
そして、小さな黒い瓶を取り出した。
厳重に蓋がされている。
それを見た瞬間、ヴィレンの顔色が変わった。
「おい。まさか、それは……」
「ええ。サイクロプスの排泄物を加工した特製の気付け薬よ」
「やめろ」
「もう開けるわ」
「やめろと言っておる!」
だが、ヴェルデリアは止まらなかった。
瓶の蓋が開いた瞬間。
部屋の空気が死んだ。
いや、正確には、死ぬほど臭くなった。
「ぐっ……!」
ヴィレンは一瞬で顔を青ざめさせ、部屋の外へ逃げ出した。
「ははははははっ!」
ヴェルデリアは腹を抱えて笑った。
「偉大なる予見者様が、サイクロプスの臭い一つで逃げ出すなんてね!」
そう言いながらも、彼女自身はしっかり鼻を押さえていた。
寝台の上で眠っていたアデルの鼻が、ぴくりと動く。
次の瞬間。
彼の目が大きく開いた。
「――ッ!?」
強烈な臭気が鼻を突き抜け、胃の奥を直撃した。
アデルは反射的に体を起こそうとした。
だが、その前に耐えきれず、その場で吐いた。
「おお、起きたわね」
ヴェルデリアは満足そうに瓶の蓋を閉めた。
しかし、臭いはすぐには消えない。
部屋にはまだ、鼻を刺すような悪臭が残っていた。
アデルは涙目で口元を押さえながら、ゆっくり顔を上げた。
そして、目の前の女性を見た。
赤い髪。
赤い瞳。
片目のモノクル。
整った顔立ち。
そして、手に持たれた恐ろしい小瓶。
(……誰だ、この美人)
一瞬、アデルは自分が吐いたことすら忘れた。
だが次の瞬間、鼻に残る臭いが彼を現実へ引き戻す。
(いや、美人とか言ってる場合じゃない。何だこの臭い。鼻が死ぬ。いや、もう死んだ)
ヴェルデリアは瓶を鞄に戻すと、アデルの顔を覗き込んだ。
「患者さん、私の声は聞こえる?」
アデルは弱々しく頷いた。
「よし。意識は戻ったわね」
彼女は満足げに頷く。
「それじゃあ、まずはお風呂に入りましょう」
「お風呂……?」
「そうよ。あなたも寝台も、この部屋も、ひどいことになっているもの。診察の前に洗わないと話にならないわ」
そう言うと、ヴェルデリアはアデルをひょいと抱き上げた。
「え、ちょっ、待っ――」
「待たない」
「いや、自分で歩けます!」
「ふらついている患者の言葉は信用しない主義なの」
アデルの抗議など聞かず、ヴェルデリアは彼を抱えたまま部屋を出た。
廊下の向こうから、ヴィレンが恐る恐る顔を出す。
「ア、アデルは起きたのか?」
「起きたわよ。ついでに吐いたけど」
「やはりそれを使ったのか……」
「効果はあったでしょう?」
「部屋も死んだがな」
ヴェルデリアは楽しそうに笑いながら、アデルを浴場へ連れていった。
ヴィレンの住処は、外から見るよりもはるかに広かった。
長い廊下。
壁に並ぶ絵画。
不思議な魔道具。
見たこともない装飾。
アデルはまだ頭がぼんやりしていたが、それでも周囲を見ずにはいられなかった。
(ここ、本当に竜の住処か? どう見ても貴族の屋敷なんだけど)
やがて二人は浴場に到着した。
扉が開かれる。
そこに広がっていたのは、アデルの想像をはるかに超える大きな湯殿だった。
白い石造りの床。
魔法の灯り。
中央には、池のように広い湯船。
湯気はほとんど見えないのに、湯は心地よい温かさを保っているようだった。
(うわ……ここだけで温泉施設が開けるぞ)
ヴェルデリアは棚から清潔な布と薬草入りの石鹸を取り出した。
「はい。しっかり洗いなさい。特に髪。臭いが移っているから」
「分かった」
アデルは少しふらつきながら湯船へ向かった。
温かい湯に体を沈めると、ようやく体の緊張が少しずつ解けていく。
(ああ……生き返る)
そう思ったのも束の間。
背後からヴェルデリアの声がした。
「気分はどう?」
アデルはびくっと肩を震わせた。
振り返ると、ヴェルデリアは浴場の端に座り、診察道具を確認していた。
「な、何でまだいるんですか!?」
「患者を一人で湯に入れて、また気絶されたら困るでしょう?」
「一人で洗えます!」
「そう。でも医師として確認が必要なの」
ヴェルデリアはにこりと笑った。
その笑顔は、どこか意地悪だった。
「それとも、私がそばにいると恥ずかしい?」
アデルの顔が一気に赤くなった。
「べ、別に!」
「ふふ。分かりやすい子ね」
「分かりやすくないです!」
ヴェルデリアは声を立てて笑った。
「安心しなさい。噛んだりはしないわ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「竜の医者だから、少しくらい噛むこともあるかもしれないわね」
「医者の信用を失う発言ですよ、それ!」
「ふふ、元気が出てきたみたいで何より」
アデルは顔を真っ赤にしたまま、できるだけ彼女の方を見ないように体を洗い始めた。
棚には、香りの良い薬草油や石鹸が並んでいる。
彼は適当に手に取った瓶を開け、体に塗った。
花と薬草が混ざったような香りが広がる。
「それでいいわ。髪にも使いなさい」
「自分でできます」
「そう? じゃあ、ちゃんと洗えているか後で確認するわ」
(この人、絶対からかってる)
アデルは確信した。
それからしばらく、彼は必死に体と髪を洗った。
二十分ほどして、アデルは湯から上がり、用意されていた服を着た。
そして浴場の外へ出た。
だが、そこで問題が起きた。
廊下が長い。
扉が多い。
どこから来たのか、まったく分からない。
(……迷った)
アデルはその場に立ち尽くした。
適当に歩けば、確実に迷う。
それを理解した彼は、結局ヴェルデリアが出てくるのを待つことにした。
しばらくして、浴場の扉が開いた。
「ふう。これで臭いは消えたわね」
ヴェルデリアが出てきた。
黒い外套を羽織り直し、モノクルを整えている。
彼女はアデルが廊下で待っているのを見て、少しだけ目を細めた。
「迷子になるのが怖かったの?」
アデルは黙って視線をそらした。
「ふふ。大丈夫よ。ヴィのところまで案内してあげる」
「……お願いします」
「素直でよろしい」
ヴェルデリアは機嫌よく歩き出した。
アデルはその後ろをついていく。
長い廊下を曲がり、階段を上り、また別の廊下へ出る。
屋敷の中は本当に複雑だった。
(こんなの、一人で歩いたら絶対迷うだろ)
そんなことを考えていると、ヴェルデリアがふと振り返った。
「ねえ、アデル」
「何ですか?」
「私、綺麗?」
あまりにも唐突な質問だった。
アデルは固まった。
赤い髪。
炎のような瞳。
自信に満ちた笑み。
悔しいが、美人だった。
アデルは顔を赤くしながら、小さく頷いた。
「……綺麗、だと思います」
ヴェルデリアの笑みが深くなる。
「ふふ。正直な子は嫌いじゃないわ」
(しまった。余計なことを言った気がする)
そう思ったが、もう遅かった。
ヴェルデリアは上機嫌で歩き続けた。
やがて二人は、ヴィレンのいる部屋へたどり着いた。
部屋の中では、ヴィレンが机の前で本を開いたまま座っていた。
だがアデルの姿を見ると、すぐに立ち上がった。
「アデル!」
ヴィレンは駆け寄り、アデルを強く抱きしめた。
「もう二度と、私をあれほど心配させるでない。どれほど肝を冷やしたと思っているのだ」
その声は、わずかに震えていた。
アデルは少し驚いた。
(本当に心配してくれてたんだな)
彼は小さく苦笑した。
「ごめん、おじいちゃん」
ヴィレンはようやくアデルを離し、ヴェルデリアへ視線を向けた。
「それで、どうなのだ? この子は本当に大丈夫なのか?」
ヴェルデリアは頷く。
「大丈夫よ。体に異常はないわ。ただ、高い場所への恐怖がかなり強い。しばらくは無理に飛ばせない方がいいわね」
ヴィレンは苦い顔をした。
「そうか……」
「あと、気絶した子を二日も寝かせてから慌てるくらいなら、次からはもっと早く私を呼びなさい」
「呼んだではないか」
「遅いのよ」
「……すまぬ」
ヴェルデリアは満足そうに頷いた。
それからアデルの頭を軽く撫でる。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわ」
彼女はアデルの耳元で小さく囁いた。
「もう先生をあまり困らせないようにね」
「はい……」
「それと」
ヴェルデリアはにやりと笑った。
「また近いうちに会う気がするわ」
そう言って、彼女はアデルから離れた。
そしてヴィレンへ向き直る。
「ヴィ、あなたもちゃんと休みなさいよ。顔色が悪いわ」
「余計なお世話だ」
「医者の世話は、だいたい余計なものよ」
ヴェルデリアは楽しそうに笑い、そのまま部屋を出ていった。
足音が遠ざかる。
部屋には、ヴィレンとアデルだけが残った。
ヴィレンは深く息を吐いた。
「さて、アデル」
彼はアデルの肩に手を置いた。
「今日はもう休みなさい。お前の部屋へ案内しよう」
「うん」
「そして明日」
ヴィレンの目が少しだけ真剣になる。
「お前にどのような才能があるのかを調べる」
アデルは思わず息を呑んだ。
才能。
その言葉に、胸の奥がざわつく。
(俺に、どんな才能があるんだろう)
ヴィレンは穏やかに微笑んだ。
「怖がることはない。ただ、お前自身を知るだけだ」
そう言って、彼はアデルとともに部屋を出た。
長い廊下の先へ。
これから始まる、新しい生活へ向かって。
第十話 終




