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やり直し:エルフの王  作者: Ritch_Richie
第一章

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第4話 王への道(完結編)

第4話 王への道(完結編)


神殿。


それは、エルフたちが三柱の女神へ祈りを捧げる場所であり、同時に重要な儀式や集会が行われる神聖な場でもあった。


エルフたちが信仰する三柱の女神。


一柱目は、豊穣の女神ノイラ。


作物の実り、大地の恵み、そして新たな命の誕生を司る女神である。

エルフたちは新しい畑を作るとき、必ずノイラへ祈りを捧げる。


彼女の許しなくして、大地に一粒の種も芽吹かない。


そう信じられていた。


二柱目は、森の女神レナラ。


エルフにとって、森はただの住処ではない。

生まれ、育ち、死後に魂を還す場所でもある。


レナラは、エルフたちに森で暮らすことを許した女神だと伝えられている。


その代わり、エルフたちは森を守らなければならない。

外から来た者が森を傷つけるならば、レナラの加護を受け、弓を取り、剣を抜き、命をかけて森を守る。


それがエルフの誇りだった。


三柱目は、運命の女神マイラ。


すべてのエルフには、それぞれの人生の道がある。

生まれ、歩み、選び、そして辿り着く場所。


その道を、エルフたちは「運命」と呼ぶ。


マイラはその運命の糸を紡ぐ女神であり、ただ一体の竜にだけ、その糸を垣間見る力を与える。


その竜は、こう呼ばれる。


予見者。


予見者は、代々竜の中から選ばれる。

なぜなら、運命を覗くという行為は、あまりにも重い代償を伴うからだ。


一度、誰かの運命を見れば、その分だけ予見者の命が削られる。


だからこそ、人生の道を示す儀式は、簡単には行われない。

すべての子が受けられるものではない。


英雄の子。

王族の子。

あるいは、世界そのものが見届けるべき運命を持つ子。


そのような者にだけ、予見者は運命を見ることを許される。


そして今日。


その儀式の中心にいるのが、アデルだった。


「静まれ」


ヴィレンの声が、神殿に響いた。


彼はアデルを抱きながら、神殿の内外に集まったエルフたちを見渡す。


その声には、どこか疲れと悲しみが滲んでいた。


「アデルの儀式は、まもなく始まる。だがその前に、我らは彼の父を思い出さねばならない」


ヴィレンはアデルを祭壇の上にそっと寝かせた。


冷えないように柔らかな布で包む。


祭壇は神殿の最奥にあった。

集まったエルフたちは、アデルとヴィレンを交互に見つめながら、静かに言葉を待っている。


やがて、ヴィレンは口を開いた。


「誇り高きエルフたちよ。我らは皆、アルヴィンの名を覚えている」


その名が出た瞬間、神殿の空気が変わった。


「彼は、世界を滅びから救うために命を捧げた英雄だった」


多くのエルフがうつむいた。

頬を涙が伝う者もいた。


ヴィレンは続ける。


「一年前、我らの大地に突然、門が開いた。そこから現れたのは、ティフォンと呼ばれる異界の怪物たちだった」


彼の声が低くなる。


「奴らは生きるものを殺し、死者の眠りすら穢し、村を焼き、町を砕き、ついには王国すら呑み込もうとした」


神殿に重い沈黙が落ちた。


アデルは布に包まれたまま、目をぱちぱちと瞬かせる。


(ティフォン……? 何だそれ。化け物か?)


もちろん、赤子である彼に説明してくれる者はいない。


ヴィレンの声だけが、神殿に響き続ける。


「だが、その支配は長く続かなかった」


彼は静かに目を閉じた。


「世界を救うため、ひとりのエルフが門へ向かった。アルヴィンだ。彼は三か月もの間、門の前で戦い続けた」


ミリエルは、その言葉を聞いた瞬間、両手で胸元のペンダントを握りしめた。


それは、彼女に残された夫の唯一の形見だった。


「彼は、門から現れるティフォンを一体、また一体と討ち滅ぼした。そして最後には、自ら門の中へ飛び込み、内側からそれを閉じた」


ヴィレンの声が震えた。


「私はアルヴィンに感謝している。彼が命を懸け、あの忌まわしき門を閉じてくれたことを」


アルヴィンの名が語られるたび、エルフたちは一人、また一人と膝をつき始めた。


彼らは祈っていた。


世界を救うために命を捧げた英雄が、安らぎを得られるように。

その魂が、豊穣の女神ノイラのもとへ帰れるように。


ヴィレンは、長い白髭を撫でながら言った。


「私は、アルヴィンの師だった。私が予見者となる前から、彼を教えていた」


彼は祭壇の前で、遠い過去を見るように目を細める。


「だからこそ願う。彼の勇気が、女神によって報われることを」


ヴィレンは深く頭を下げた。


「安らかに眠れ、我が友よ。ノイラが、君の魂を受け入れんことを」


そう言い終えると、ヴィレンはミリエルのもとへ歩み寄った。


「ミリエル」


彼は静かに手を差し出す。


「記憶の結晶を、少し貸してくれないか」


ミリエルは涙に濡れた目でヴィレンを見上げ、ゆっくりとうなずいた。


そして胸元のペンダントを外し、彼へ手渡す。


ヴィレンはそれを受け取ると、祭壇のそばへ戻り、静かに開いた。


淡い光が溢れる。


その光は空中で形を成し、一人のエルフの姿を映し出した。


長い髪。

腰に下げられた剣。

緑のチュニック。

そして、まっすぐ前を見つめる静かな瞳。


アルヴィン。


「若きエルフたちよ、見よ」


ヴィレンは神殿中に届く声で告げた。


「これが、我らの英雄だ。世界を避けられぬ滅びから救った者の姿である」


エルフたちの視線が、一斉にその幻影へ向けられた。


「ありがとう、我らの英雄よ」


「あなたのおかげで、我らは今ここにいる」


「どうか安らかに」


若者も、老人も。

誰もが英雄へ感謝の言葉を捧げていた。


ミリエルは涙を流しながら、その声を聞いていた。


自分の夫が忘れられていない。

彼の犠牲を、皆が覚えてくれている。


それだけで、胸が締めつけられるほど嬉しかった。


やがてヴィレンはペンダントを閉じ、ミリエルへ返した。


ミリエルはそれを胸に抱きしめ、小さく頭を下げる。


「ありがとう……ございます」


その声は震えていた。


ヴィレンは再び祭壇へ向かった。


「さて」


彼はアデルの前に立つ。


「それでは、始めよう」


ヴィレンはアデルを覆っていた布を少しだけ外し、儀式の準備を整えた。


そして祭壇の前で膝をつく。


両手を組み、頭を垂れた。


「すべての運命を司る女神マイラよ」


ヴィレンの声が、神殿の静寂に染み込んでいく。


「あなたのしもべが願います。どうか、この子に用意された人生の道を、我にお示しください」


彼は祈り続けた。


何度も。


何度も。


神殿の空気が、ゆっくりと重くなっていく。


誰も声を出さない。

誰も動かない。


そして、ついに。


ヴィレンの頭の中に、声が響いた。


『ああ、我が忠実なるしもべよ』


それは、女神マイラの声だった。


『お前は本当に、この子を待つものを見たいのか?』


ヴィレンは迷わなかった。


「はい。我が女神よ」


その返答に、マイラは静かに告げる。


『よかろう。ならば見なさい。この子のために、私が紡いだ道を』


次の瞬間、ヴィレンの瞳が光を放った。


それは運命を視る者の光。


だが――


彼が見たものは、あまりにも異常だった。


「……何だ、これは」


ヴィレンの声が震えた。


「ありえない……」


その言葉に、ミリエルの顔から血の気が引いた。


「ヴィレンおじ様?」


彼女は不安に駆られ、祭壇へ駆け寄る。


「何が見えるのですか? まさか、私の子に恐ろしい運命が……?」


しかし、ヴィレンにはミリエルの声が届いていなかった。


彼の頭の中は、アデルの運命で満たされていた。


「二つの運命……!」


ヴィレンは叫んだ。


神殿中に、その声が響き渡る。


「二つの運命だ!」


集まったエルフたちがざわめいた。


「二つの運命?」


「英雄の息子に?」


「そんなことがありえるのか?」


ヴィレンは、信じられないものを見るように、震える声で続けた。


「一つの運命は、すでに終わっている。だが、もう一つの運命は……今、始まろうとしている」


エルフたちは息を呑んだ。


(どういう意味だ?)


アデルもまた、赤子の体でありながら、ただならぬ空気を感じていた。


ヴィレンの声は、さらに遠くを見るように低くなる。


「誰かが落ちる……そして、死ぬ」


神殿の空気が凍りついた。


「だが、その者は再び目を開く」


ざわめきが広がる。


「私は見る……エルフを。玉座に座るエルフを」


ヴィレンの声が少しずつ弱くなっていく。


「王国が見える……大きな、王国だ……」


彼は荒く息を吐いた。


「戦争……戦争が見える。玉座に座っていたエルフが、軍を率いている。そして、さらに……私は――」


その瞬間。


ヴィレンの頭の中に、マイラの声が響いた。


『そこまでです、我がしもべ』


その声は優しかった。

だが、同時に拒絶の響きを含んでいた。


『これ以上は、あなたの身が耐えられません。この子の運命は大きすぎる。竜であるあなたにとっても、あまりにも重い』


ヴィレンは目を見開いた。


『私はこれ以上、この子の道を見せることはできません。あなたが死んでしまうからです』


その言葉を最後に、マイラはアデルの運命を閉ざした。


光が消える。


ヴィレンはその場に崩れ落ちそうになった。


だが、神殿のエルフたちがさらに驚いたのは、その直後だった。


ヴィレンの体が、急速に老いていったのだ。


ほんの一瞬。


たった一瞬で、年老いた竜の姿をした男は、さらに弱々しい老人へと変わっていた。


頬はこけ、背は曲がり、手は震えている。


まるで何十年、いや何百年もの時を一気に奪われたかのようだった。


「ヴィレンおじ様!」


ミリエルが悲鳴に近い声を上げる。


ヴィレンは血を吐くように咳き込んだ。


「女神よ……お願い、します……」


彼の声はかすれていた。


「どうか……最後まで……この子の運命を……見せて……ください……」


咳とともに、赤い血が彼の口元を濡らす。


それでもヴィレンは、女神マイラへ祈り続けた。


だが、返答はなかった。


沈黙。


それが、女神の答えだった。


ヴィレンはゆっくりと目を閉じた。


「……そうですか」


彼は震える体を無理やり動かし、膝をついた。


そして両手を上げる。


「感謝いたします、女神よ。この子の運命を、ここまで見せてくださったことを」


彼の声は弱々しかった。


だが、そこには確かな敬意があった。


神殿に集まったエルフたちは、誰も言葉を発しなかった。


あまりにも異様な光景だった。


赤子の運命を見るためだけに、予見者である竜がここまで衰えた。


それは、アデルという子が背負う未来の重さを物語っていた。


やがて、一人の若いエルフの女性が震える声で尋ねた。


「予見者様……これから、私たちはどうなるのでしょうか?」


ヴィレンはゆっくりと彼女の方へ顔を向けた。


その動きすら、ひどく苦しそうだった。


「……分からぬ」


彼は正直に答えた。


「私にも、すべては見えなかった」


若いエルフの顔が青ざめる。


ヴィレンは、祭壇の上に寝かされたアデルへ視線を戻した。


「だが、一つだけ分かる」


神殿のすべての視線が、彼へ集まった。


「この子には、重い使命が与えられている」


ヴィレンの声はかすれていたが、不思議と神殿の隅々まで届いた。


「それは、父アルヴィンが背負ったものと同じくらい……いや、あるいはそれ以上に重いものかもしれない」


ミリエルはアデルを見つめた。


まだ何も知らず、祭壇の上で小さな手を動かしている赤子。


その小さな体に、いったいどれほどの未来がのしかかっているというのか。


アデルは、自分に向けられる無数の視線を感じていた。


(……何なんだよ)


胸の奥がざわつく。


(俺はただ、生まれ変わっただけじゃないのか?)


誰も答えてくれない。


神殿は、重い沈黙に包まれていた。


そしてその日。


アデルという名の赤子は、ただの英雄の息子ではなくなった。


誰もが理解したのだ。


この子の運命は、エルフの森だけで終わるものではない。


もっと大きく、もっと遠く。


世界そのものへ届く何かを、彼は背負っているのだと。


第四話 終

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