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やり直し:エルフの王  作者: Ritch_Richie
第一章

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第12話 才能

第12話 才能


朝食を終えると、アデルとヴィレンは訓練用の特別な部屋へ向かった。


扉を開けた瞬間、アデルは思わず息を呑んだ。


部屋の中央には、見上げるほど大きな魔法陣が描かれていた。

周囲の棚には本がぎっしりと詰め込まれ、机の上には色とりどりの液体が入った瓶や、何に使うのか分からない器具が並んでいる。


(うわ……完全に魔法使いの実験室だ)


アデルはきょろきょろと部屋を見回した。


ヴィレンは魔法陣のそばまで歩くと、アデルへ手招きした。


「アデル。魔法陣の中心に立ちなさい」


「うん」


アデルは小さな歩幅で、ゆっくりと魔法陣の中央へ向かった。


足元の線が淡く光っている。


その光を踏まないように気をつけながら、彼は中心に立った。


ヴィレンは静かな声で言う。


「恐れる必要はない。この魔法陣は、お前が何に適性を持っているのかを調べるためのものだ」


「適性……」


「そうだ。目を閉じ、足を組んで座りなさい」


アデルは言われた通りに目を閉じ、魔法陣の中心で座った。


(才能検査ってことか。ゲームならステータス画面が出る場面だな)


そう考えた瞬間、少しだけ胸が高鳴った。


ヴィレンは魔法陣の外で膝をつき、両手を天へ掲げた。


そして、祈るように声を紡ぐ。


「三柱の女神よ。どうか、あなた方のしもべに、この少年の才能をお示しください」


彼の声が、部屋の中に静かに響いた。


「三柱の女神よ。ノイラ、レナラ、マイラ。我はあなた方に願います。この少年に宿る才を、どうか我が前にお示しください」


ヴィレンは深く頭を下げた。


その祈りは、やがて届いた。


ふいに、柔らかく優しい声が部屋に満ちる。


『我らの忠実なるしもべよ。あなたの願いを聞き届けました』


女神の声だった。


『この少年の才能を、あなたに示しましょう。さあ、目を開きなさい』


ヴィレンの顔から表情が消えた。


まるで何かに魅入られたかのように、彼の目が光を帯びる。


その視界の中に、文字が浮かび上がった。


魔法の才能:中


剣の才能:普通


精霊魔法の才能:低


光の力:なし


闇の力:なし


領地運営の才能:伝説級


軍略の才能:伝説級


総合評価:中位伝説


ヴィレンは息を止めた。


(領地運営と軍略が……伝説級?)


彼はしばらく、目の前に浮かぶ文字を見つめていた。


魔法の才能は中。

剣の才能も普通。

精霊魔法は低い。

光と闇の力もない。


戦士としても、魔術師としても、突出しているわけではない。


だが。


領地を治める才能。

軍を動かす才能。


その二つが、伝説級。


ヴィレンの胸が、静かに熱くなった。


(なるほど……女神が見せた運命は、これと繋がっているのか)


一方、アデル本人もまた魔法陣の中で軽い恍惚状態に入っていた。


彼には、自分の才能を見ることはできない。


ただ、体の奥を何か温かいものが流れていくような感覚だけがあった。


十分ほどして、ヴィレンはようやく我に返った。


しかし、アデルはまだぼんやりとしたまま座っている。


ヴィレンは魔法陣の中へ入り、アデルの肩をそっと揺らした。


「アデル。もうよい。目を開けなさい」


「……ん」


アデルはゆっくりと目を開けた。


その瞬間、全身に重い疲労が押し寄せる。


まるで力を全部吸い取られたようだった。


「う……体が重い」


ヴィレンはアデルの様子を見て、少しだけ苦笑した。


「無理もない。儀式に近い魔法を受けたのだ。今日はもう休むといい」


内心では、彼は安堵していた。


少なくとも、アデルには国を治める才能がある。


そして軍を動かす才能もある。


それだけでも十分だった。


いや、十分すぎる。


ヴィレンは扉の方へ声をかけた。


「マーヴィン」


扉が静かに開き、執事のマーヴィンが入ってくる。


「お呼びでしょうか、旦那様」


「アデルを部屋まで運んでくれ。どうやら力を使い果たしたようだ」


ヴィレンはアデルの腕を持ち上げ、そっと離した。


アデルの腕は、力なくぽとりと落ちる。


「見ての通り、腕を動かす力も残っておらん」


マーヴィンは静かに頷いた。


「承知いたしました」


彼はアデルを丁寧に抱き上げ、部屋へ運んでいった。


寝台に寝かされたアデルは、まだぼんやりしていた。


マーヴィンが部屋を出ていくと、すぐに悪夢の妖精が飛んできた。


「主人、大丈夫? 何があったの? 痛い? 怖かった? 死ぬの?」


「……最後の質問、縁起でもないな」


アデルはそう言おうとしたが、口を動かすのも面倒だった。


妖精は彼の周りを飛び回り、次から次へと質問を浴びせる。


だが、アデルはほとんど聞いていなかった。


(眠い……)


彼は妖精の声を聞き流しながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


翌日。


「起きなさい、寝坊助。朝食を食べて、それから訓練を始めるぞ」


勢いよく扉が開き、ヴィレンが部屋に入ってきた。


その顔は、昨日よりもずっと明るい。


新しい弟子を鍛えることが、楽しみで仕方ないらしい。


アデルは布団の中に潜り込んだ。


(またか……。もう少しだけ寝かせてくれよ)


彼は完全に起きる気がなかった。


すると、ヴィレンが扉の方へ歩きながら、何気ない口調で言った。


「今日の朝食は焼き鳥だ。マーヴィンは実に上手く焼く。まあ、お前が起きないなら、私がお前の分まで食べてしまうがな」


その瞬間。


布団が跳ね上がった。


アデルはベッドから飛び起き、すさまじい勢いで扉へ向かった。


「起きた!」


「うむ。実に素直でよろしい」


ヴィレンは満足そうに笑った。


三十分後。


朝食を終えた二人は、再び昨日の訓練室へ入った。


焼き鳥は、とても美味しかった。


アデルはそれだけで、今日一日を頑張れる気がしていた。


訓練室に入ると、ヴィレンはまずアデルへ向き直った。


「アデル。今日から、私のことは“先生”ではなく、“師匠”と呼びなさい」


「分かった、師匠」


その言葉を聞いた瞬間、ヴィレンの顔が輝いた。


彼にとって、その呼び方は特別だった。


最後にそう呼んだのは、アデルの父――アルヴィンだったからだ。


(アルヴィン……お前の息子が、今、私を師匠と呼んだぞ)


ヴィレンは感慨を押し殺しながら、軽く手を振った。


一冊の本が棚から飛び出し、彼の手元へ吸い寄せられる。


本の表紙にはこう書かれていた。


貴族制度と礼儀作法


アデルの顔から、少しだけ表情が消えた。


(……魔法の授業じゃないのか?)


ヴィレンはそんな彼の心を知らず、椅子を用意し、アデルを机の前へ座らせた。


「まずは、貴族制度と礼儀から始める」


「……はい、師匠」


ヴィレンは本を開き、授業を始めた。


「第一章。貴族制度と礼儀作法」


彼は重々しい声で読み上げる。


「この世界には、一般的に九つの爵位が存在する。ボヤール、侯爵、男爵、伯爵、公爵、公、子爵、アール、エスクワイア。そして王だ」


アデルは真面目に聞こうとした。


本当に、最初はそう思っていた。


だが。


爵位の説明。

領地の管理。

敬称の違い。

宴席での席順。

来客時の礼の角度。

相手の身分による挨拶の言葉。


話は延々と続いた。


(眠い)


アデルのまぶたが重くなる。


(肉で目は覚めたけど、これは無理だ。完全に睡眠魔法だ)


ヴィレンは熱心に説明を続けていた。


そして気づけば、夜になっていた。


「おや、もう夜か」


ヴィレンは窓の外を見て、ようやく授業の長さに気づいた。


「では、今日の授業はここまでにしよう。アデル、きちんと覚えたか?」


彼が視線を向けると、そこには静かに眠るアデルがいた。


机に突っ伏し、実に安らかな寝顔をしている。


ヴィレンはしばらく黙って見つめた。


そして、笑い出した。


「はっはっは。やはり、子どもには少し退屈だったか」


もちろん、彼は最初から分かっていた。


だからこそ、明日は実技を用意している。


魔法の実践。


それなら、アデルも眠らずに済むだろう。


結局、その日もマーヴィンがアデルを部屋へ運ぶことになった。


翌日。


今度の授業は魔法だった。


その瞬間から、アデルの態度はまるで変わった。


前日の礼儀作法とは違い、彼は目を輝かせながらヴィレンの話を聞き、教えられた通りに魔力を動かそうとする。


ヴィレンは小さな風を手のひらに作り、アデルへ見せた。


「この呪文を読めば、風によって刃のようなものを作ることができる」


空気が震える。


目に見えない刃が、訓練用の木片をすぱりと切り裂いた。


アデルの目が輝いた。


「すごい……!」


「だが、よく覚えておきなさい」


ヴィレンの声が厳しくなる。


「これは危険な魔法だ。決して、人に向けて使ってはならない。相手が先に襲ってきた場合を除いてな」


「分かった、師匠」


アデルは真剣に頷いた。


ヴィレンは満足そうに頷き、その日の授業を終えた。


「今日はここまでだ。部屋に戻って休みなさい」


「うん」


アデルは疲れていたが、昨日とは違う疲れだった。


楽しい疲れ。


もっと学びたいと思える疲れだった。


だが、疲れていたのはアデルだけではない。


ヴィレンもまた、深く息を吐いていた。


老いた体が、明らかに限界を訴えている。


かつての彼なら、何時間でも魔法を使えた。


だが今は違う。


少し魔力を動かすだけで、息が上がる。


(この体も、ずいぶん弱くなったものだ)


ヴィレンは誰にも見せないように、静かに壁へ手をついた。


そして――百年が過ぎた。


アデルは、すでに少年というより青年に近い姿へ成長していた。


体は鍛えられ、引き締まっている。

金色の髪は腰近くまで伸び、瞳は鮮やかなエメラルドグリーンに変わっていた。


顔立ちは、父アルヴィンによく似ている。


この百年の間、彼は魔法を学び、貴族制度を学び、礼儀作法を叩き込まれた。


母ミリエルに会える日まで、あと二十年ほど。


彼女からは、五年に一度だけ手紙が届く。


そのたびに、アデルは何度も何度も読み返した。


一方で、ヴィレンもまた老いていた。


背はさらに曲がり、目はかすみ、耳も遠くなっている。


歩くときには杖が必要になり、かつての威厳ある姿は少しずつ薄れていた。


それでも、記憶だけはまだ鮮明だった。


ある日、アデルは授業の途中で尋ねた。


「師匠。どうして僕には、風の魔法ばかり教えるんですか?」


彼は首をかしげる。


「他にも火や水、土の魔法があるんですよね?」


ヴィレンはゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「おお、我が弟子よ。エルフの瞳は、その者が最も深く結びつく元素を示すことがある」


彼はアデルの目を見つめる。


「お前のその美しい緑の瞳は、風との相性を示している。これほど鮮やかな緑は、そう簡単に見られるものではない」


ヴィレンは少し懐かしそうに笑った。


「同じような瞳を持っていたのは、お前の父アルヴィンだけだった」


「父さんが……」


アデルは自分の瞳に触れる。


ヴィレンは本を開き、授業を再開した。


「さて、どこまで話したかな。ああ、そうだ。占領地についてだったな」


彼は咳払いをして続ける。


「戦いに勝利した者だけが、敗者に対して何かを要求する権利を持つ。敗者は、勝者の要求を聞かなければならない。しかし――」


そのとき。


扉が勢いよく開いた。


「この老いぼれ!」


部屋に入ってきた瞬間、ヴェルデリアの怒声が響いた。


アデルはびくっと肩を震わせた。


ヴィレンは露骨に顔をしかめる。


「ヴェルデリア……」


「何度言えば分かるの、ヴィ!」


彼女はつかつかと歩み寄り、ヴィレンの手首をつかんだ。


「安静にしていなさいって言ったでしょう! あなたの体は、もう今の魔力運用に耐えられないのよ!」


そう言いながら、彼女は脈を測り始める。


しばらくして、少しだけ表情を和らげた。


どうやら、まだ危険な状態ではなかったらしい。


アデルはその様子を見ながら、心の中でため息をついた。


(かわいそうな師匠。でも、僕もこれ以上無理してほしくないんだよな。健康が一番大事だし)


彼は静かに首を振る。


(でも、師匠って本当に頑固なんだよな。ロバみたいに頑固だ。まあ、ヴェルデリアがちゃんと見てくれているから少しは安心だけど)


アデルは、ヴェルデリアがヴィレンを叱りつける様子を見つめた。


その光景は、どこか夫婦喧嘩のようにも見えた。


(師匠にもっと時間があったら、絶対ヴェルデリアに口説き文句の一つくらい言ってたな)


ヴィレンは説教を止めようと、両手を軽く上げた。


「分かった、分かった、ヴェルデリア。明日、最後の授業を行う。それでアデルの教育は一区切りにする」


だが、もう遅かった。


ヴェルデリアの説教は止まらない。


「分かったと言いながら、あなたはいつも同じことをするでしょう!」


「いや、今回は本当に――」


「黙って聞く!」


「……はい」


それから二十分。


ヴェルデリアは一度も口を止めなかった。


アデルは心の中で、ヴィレンへ静かに合掌した。


ようやく説教が終わる頃、ヴェルデリアは深く息を吐いた。


「だから、あなたはもう授業を終わらせて、静かに寝台の上で大人しくしていなさい。分かった?」


ヴィレンは疲れ切った顔で手を振った。


「分かった、分かった……」


そう言って、彼は休むために部屋を出ていった。


ヴェルデリアはその背中を見送ったあと、今度はアデルの方へ視線を向けた。


「で、あなたは何を見ているの?」


「え?」


「まさか、あなたも説教されたいの?」


アデルは即座に首を横へ振った。


ヴェルデリアは扉を指さす。


「なら、さっさと部屋へ戻りなさい。もう夜よ」


「はい!」


アデルは素早く頷き、逃げるように部屋を出た。


廊下を走りながら、彼は額の汗を拭う。


(ふう……あと少し遅れていたら、僕まで説教されるところだった)


背後からまだ聞こえてきそうなヴェルデリアの声を想像し、アデルは小さく身震いした。


(怖い。美人だけど、怖い)


そうして彼は、自分の部屋へ急いだ。


第十二話 終

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