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【第1章-8】炎のトラウマ

炎魔法の基礎授業は安全面から外にある演習場で行われる。リリィは暗い顔をし震えながら立っている。ロナとミリアムはリリィに声を掛けるが「大丈夫・・・」としか言わずその瞳はどこか遠くを見ている様だった。


「よし、皆集まっているな。炎魔法の基礎授業を行うわよ、今回はこの木箱を炎魔法で排除する事、単純だけど戦略上必要な事よ」


演習場に入って来るや否や矢継ぎ早に説明し始めたのはリーシャ・ノンブランだ。かつて王宮魔法師団に所属し、実戦経験も豊富な彼女は、炎魔法の実践的な使い道について淀みなく説明していく。牽制、障害物の焼却、視界の遮断――その語り口は、教師というよりまさに歴戦の魔法使いのそれだった。そしてリーシャの視線がリリィに向く。


「ちなみに、この施設は何十もの対炎魔法の障壁で構成されているし、私も結界魔法を展開するから――遠慮なく、ガンガンいっちゃっていいわよ」


にこりと笑うリーシャ。だが、その言葉を受けたリリィの顔に、いつもの明るい笑顔はなかった。


微かに、肩が震えている。


「リリィ、大丈夫?具合が悪いの?」


心配そうに顔を覗き込むロナに、リリィは無理やり口角を上げた。


「う、うん。だ、大丈夫、だよ」

「そんな顔で大丈夫って、説得力がないわ」


ミリアムも眉をひそめる。だが、リリィはそれ以上何も言わず、ただ順番が来るのを俯いたまま待っていた。


やがて、リリィの番が回ってきた。


「ほよ・・・」


顔色は青白く、明らかに様子がおかしい。異変に気づいたリーシャが声をかけようとするが、それより先にリリィが口を開いた。


「だ、大丈夫、です」


震える手を、木箱に向かってかざし術式を組もうとする。しかし脳裏に焼き付いたあの日の光景が蘇る。


燃え盛る炎。逃げ惑う人々の悲鳴。崩れる建物。そして――瓦礫の下で、二度と動かなくなった両親の姿。


息が浅く、速くなる。視界がぐらりと揺れた。


流石のリーシャもリリィの体調を心配して下がらせ様と口を開こうとした時。


「あら、首席の方が炎魔法もまともに撃てないなんて。滑稽だわ」

キャロラインの声が響き渡った。扇子を揺らしながらリリィを見下すかのように笑みを浮かべている。


「ちょっとキャロライン!!」

「リリィが体調悪いの見えないの!?」

「私はただ事実を述べただけですわ」

「何ですって!?」


ロナとミリアムがキャロラインの言動に怒りを露わにしキャロラインに詰め寄り忽ち口論になる。他の生徒はどうして良いか分からずオロオロする者や口論を傍観している者など様々だった。こうなるとリーシャも黙っておらず「止めなさい!!」と一喝しリリィに「クローデル、もう下がって良いわよ」静かに告げ、リリィはふらつく足取りで演習場の隅へと下がり膝を抱えるように座り込み、リリィは俯く。


「やっぱり・・・怖い・・・」


炎魔法を構築しようとしたり、目の当たりにするとリリィの脳裏にはあの日の光景が蘇ってしまう。マリアンヌは「炎魔法が撃てなくてもリリィはリリィよ」と言ってはいたものの、当のリリィは自分がたった一つの属性魔法も出来ない事に劣等感を抱いていた。


(私・・・ダメな子だ・・・)


その目には、じわりと涙が浮かんでいた。


そんなリリィの様子を、瓶底メガネの少女が、少し離れた場所からじっと見つめていた。声をかけるべきか、かけないべきか――その視線は迷うように、幾度も揺れ動いていた。


授業後、ロナとミリアム、そしてキャロラインが職員室で説教を受けていた。授業中に喧嘩とは何事だとリーシャは静かに説教をするが、キャロラインは悪くないと言い張りまたロナとミリアムの怒りを買う。


そんな2人を迎えにリリィは申し訳ない気持ちで一杯になりつつ職員室へ足を運ぼうとする。


「クローデル君、ちょっと良いかな」


廊下で声をかけられ、振り向くと、いつもの穏やかな笑みを浮かべたヘクターが立っていた。


「ヘクター先生、なんですか?」


何か用事だろうかと、リリィは素直に近づく。まさか炎魔法が発動出来なかった事を言われてしまうのだろうか、不安を抱きつつ。


「君、炎魔法の授業で撃てなかったって? いや、怒っている訳じゃなくてね。何か事情があるのかな、と思ってさ」


心配そうな口調。だが、リリィはどう答えたものか、一瞬言葉に詰まった。あの日の事を話しても良いのだろうか、リリィは迷っていた。


「えっと・・・昔、ちょっと色々ありまして」


言葉を濁すリリィに、ヘクターは一歩、距離を詰める。


「色々って、何かな?」


その瞬間、リリィの目に映ったヘクターの姿が、ふと――いつもの穏やかな担任教師ではない、誰か別の何かのように見えた。


「ほ、ほよ・・・」


後退るリリィだったが、徐々に逃げ場のない壁際に追い詰められてしまう。


「サンドロッド先生」


冷たい声が廊下に響いた。ジョシュアだった。


「生徒に深入りするのは、感心しませんな」

「いえいえ、クローデル君が炎魔法を撃てない理由を、聞かせて欲しかっただけですよ」


いつもの笑顔に戻ったヘクターが、あっさりと答える。


「その件は、私も承知している」


ジョシュアの声は変わらず冷ややかだった。


「私が言いたいのは――詰め寄ってまで、聞き出す必要があるのか、ということだ」

「おっと、これは失礼」


ヘクターは肩をすくめ、リリィに向き直る。


「リリィ君、話せる時に話してくれればいいからね」


そう言い残し、ヘクターは静かにその場を去っていった。


「リリィ・クローデル」


代わって、ジョシュアがリリィに向き直る。相変わらずの冷たい視線だったが、その声色にはどこか、生徒を心配している様にも感じた。


「炎魔法が発動出来る出来ないに関係なく、貴様は首席だ。その事を、忘れるでない」


言うだけ言って、ジョシュアも職員室へと向かっていく。残されたリリィは、しばし呆然とその後ろ姿を見送っていた。しかし、ヘクター先生のあの目、普段の先生とは違う何かを探るような目がリリィの頭から離れなかった。


「リリィ、お待たせ」

ロナとミリアムがようやくリーシャから解放されたらしい、肩をすくめてリーシャ先生は説教が長いとロナがぼやく。


「ごめんね2人とも、私のせいで・・・」

リリィは涙目になりながらも謝るがロナが優しく抱きしめミリアムがリリィの頭を撫でる。


「気にしないで、私達が勝手にやった事だから」

「そうよ、貴女が謝る事ないわ」


その優しさにリリィは友達がいてくれて良かったと思う反面、炎魔法が克服出来ない事が悔しかった。

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