【第1章-9】残酷なイタズラ
夕方、ずかずかと音を立てて廊下を歩く1人の影があった。
(何でこの私が演習場の掃除なんて・・・)
キャロラインは歯をギリリと噛み、先ほどまで演習場を掃除させられていた事を思い出しまた怒りを露わにする。それもこれもリリィ・クローデルが悪い。そう自分に言い聞かせる。リリィが炎魔法の授業で発動出来ない事をちょっとからかっただけでロナだけでなくミリアムまで喧嘩腰に批難して悪者の様に扱われ、挙句の果てにはリーシャに最初に口を出したとして罰として演習場の掃除を命じられたのだ。
(あの女、許さないわよ・・・)
そして次はどんな嫌な目に会わせてやろうやろうか考える。(そう言えば、炎魔法で手が震えてたわね・・・もしかしたら・・・)リリィは炎魔法に対して恐怖を抱いているのではないか?そうキャロラインは考え、自身が得意とする幻影魔法での嫌がらせを考える。
(ふんっ、私に盾突くのが悪いんだから)
キャロラインはニヤリと不気味な笑みを零しながら自室へ向かう。
――――
翌日、いつもの様にリリィはロナとミリアムと寮の食堂で朝食を食べていた。リリィは最初に食べて以来、大好きなロールパンを頬張って満面の笑みで美味し~と言う。
「ほらリリィ、パンくずが付いてるわよ」
「ほよ?本当だ」
「もう、慌てて食べるからよ」
「だって、食堂のパンが美味しんだもん」
「貴女達見てると姉妹の様に見えるわね」
「ほよ、私だってお姉さんだもん!」
そんなやり取りをゼシカは豪快に笑い飛ばしながら。「はっはっは、リリィだってその内お姉さんっぽくなるさ」と言う。
朝食を食べ終えたリリィ達はそのまま学院の校舎へ向かう。寮から校舎は遠くは無いが、流石の名門魔法学院なだけあり広い。寮、校舎、演習場から薬草栽培場や魔導具工房なんかもある。
教室へ着いたリリィ達はそれぞれの席に着く、リリィも椅子に腰を下ろしたその直後。ぼうと椅子の下に魔法陣が浮かび上がる。「ほよ・・・?」リリィは反応する間もなく視界一杯に炎が燃え盛る。実際に燃えているのではないのだが、リリィの脳裏にはあの日の出来事がフラッシュバックされる。
燃え盛る街、逃げまどう人々の悲鳴、瓦礫の下で息絶えた両親。
「ひっ・・・あ・・・」
胸に手を当て呼吸が荒くなるリリィを見たロナは「リリィ、どうしたの?」と声を掛け近づくが、リリィの呼吸が更に荒くなりプツリと糸が切れた様に意識を失い椅子からずり落ちてしまう。
「リリィ!しっかりして!」
倒れたリリィのもとへ、ロナとミリアムが真っ先に駆け寄った。青ざめた顔で呼びかけるが、リリィは気を失ったまま反応がない。
その光景を、扇子で口元を隠しながら、キャロラインがくすくすと笑いながら見下ろしていた。
「貴女の仕業かしら、キャロライン?」
ロナが振り返りざま、怒りを露わに睨みつける。
「あら、私がやったという証拠でもあって?」
得意げに笑うキャロラインの態度に、ミリアムも腸が煮えくり返る思いだった。証拠さえあれば――そう思いながら、苦虫を噛み潰したような表情でキャロラインを睨み返す。
「あ、あの・・・」
その時、おずおずとした声が上がった。
「こ、この魔法陣、形は凡雑ですが・・・こ、この魔力の波長を視れば、分かるかと・・・」
瓶底メガネをかけたリリィと同じくらいの背丈の少女が、震える手で懐から小さな魔導具を取り出しながら、倒れた椅子に近づいていた。
「え・・・あなた・・・」
ロナが戸惑うのも構わず、少女は魔導具を椅子の下にかざす。その瞬間、少女の目つきが、すっと変わった。
「これは・・・リリィさんが座った時に起動する、設置型の魔法陣ですね。何かしらの幻影をリリィさんに見せたようです。急にリリィさんが怯えて倒れたのは、彼女にしかその幻影が見えていなかったからです。完全に、悪戯目的なのが分かりますね」
先ほどまでのおずおずとした様子はどこへやら、少女は淀みなく、まるで水を得た魚のように語り始めた。
「しかし・・・この魔法陣には、致命的なミスがあります。ここ、見てください。魔法陣が途中で欠けているんです。これはきっと、設置している最中に何らかの理由で中断、もしくはその場を離れなければならなかった、ということを意味します。そして、この魔力の波長――発動した魔法をサンプリングしたものなんですが、この波長のパターン、キャロラインさんの魔力の波長と酷似して・・・」
早口で捲し立てられる専門的な解説に、ロナとミリアムはぽかんと口を開けたまま呆気に取られていた。
「――え、あ」
その反応に気づいた少女は、ハッと我に返ったように肩を縮こまらせる。
「え、あ、えと・・・つ、つまり。犯人はキャロラインさんという、決定的な証拠になる、という事・・・です」
先ほどまでの流暢さが嘘のように、消え入りそうな声で締めくくった。
「やっぱりあんたじゃないの!?」
「貴女、リリィに何の恨みがあるの?」
「こんなのやって良い事じゃないわよ?」
その証言を受け、ロナとミリアムはすぐさまキャロラインに詰め寄る。
「ちっ・・・何なのよ。私はちょっと脅かそうとしただけじゃない」
キャロラインは吐き捨てるように言い、倒れたままのリリィを冷たく一瞥した。事実、魔法陣を設置している最中に他の生徒が教室に入ってきたため、慌てて中断せざるを得ず、結果として未完成な術式になってしまっていたのだ。だが、リリィに嫌がらせをするには充分過ぎる効果だった。
「・・・ふん」
苦虫を噛み潰したような顔で、キャロラインは何も言わずに教室を後にした。
「ありがとう、貴女は・・・」
ロナが礼を言いかけて、はたと少女の名前を思い出す。
「確か、ティオ・ハーウッドさん、でしたね」
ミリアムが問いかけると、少女――ティオは、びくりと肩を震わせた。
「は、はい・・・」
「貴女、魔法を分析するのが得意なの?さっきの解説、すごく詳しかったわ」
「え、あ、えっと・・・父が、魔導具師、ですので。その影響、です・・・」
小さな声で、自信なさそうに答えるティオ。だが、先ほどの熱の入った解説とのギャップに、ロナは思わず首をひねる。
「ハーウッドって・・・確か、魔導具師協会の支部長さんじゃなかったかしら?」
考え込むように顎に手を当てるロナに、ティオはますます縮こまった。
「は、はい・・・父は、しがない魔導具師で、です・・・」
(支部長なら、”しがない”わけないじゃない・・・)
ロナとミリアムは、揃って内心で同じツッコミを入れた。だが、これ以上追及しても藪蛇になりそうな雰囲気に、二人はそれ以上聞くのをやめておいた。
そんなやり取りをしている間に、床に倒れていたリリィが、ゆっくりと目を開けた。
「・・・ここ・・・?」
まだ夢と現の狭間にいるかのように、リリィはぼんやりと辺りを見渡す。その瞳には、まだ拭いきれない怯えの色が残っていた。
「リリィ、良かった・・・!もう大丈夫よ」
ロナが駆け寄り、そっとリリィを抱きしめる。
「苦手な物があっても、出来ない事があっても・・・私はリリィと一緒にいるわ。友達だもの」
その言葉に、リリィの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「・・・ありがとう、ロナ、ミリアム・・・それと・・・」
リリィがティオを見てお礼を言おうとするが、名前が思い出せない。
「あっえっと、ティ、ティオ・・・ティオ・ハーウッド・・・です」
オドオドしながら名乗るティオを見てリリィはふふっと笑い「ありがとう、ティオ」とお礼を言うのだった。
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