【幕間6】動き出す時間
マリアンヌの元へ、一人の魔女が訪れていた。四賢者の一人「魔匠の魔女」シャロン・マグナス。魔導具の権威者として名を馳せ、精巧かつ緻密な魔法付与を得意とする女性だった。
一週間前、マリアンヌはシャロンにある魔導具の作製を依頼していた。最初こそ「一週間じゃ無理よ」と突っぱねようとしたシャロンだったが、マリアンヌの巧みな説得――もとい、脅しに近い交渉に押し切られ、結局は不眠不休でそれを完成させることとなった。
「はい、これ」
疲労の滲む顔でシャロンは完成させたばかりの魔導具をマリアンヌに手渡した。
「悪いわね〜急にこんな事頼んじゃって」
悪びれる様子もなくマリアンヌは酒を片手にそう言う。
「貴女、悪いとは思ってないでしょ?」
シャロンは、疲れた目でじろりとマリアンヌを見た。
「しかも、こんな多重付与の魔導具を一週間って・・・いったい何に使うつもり?」
完成させたその足で寝る間も惜しんでここまで駆けつけたのだ。正直、今すぐにでも帰って泥のように眠りたい。だが、マリアンヌが珍しくこれほどの依頼を持ちかけてきた理由が、どうにも気になって仕方がなかった。
「私の可愛い弟子、覚えてる?」
マリアンヌが、にっこりと笑う。
「――ああ」
以前、マリアンヌの家を訪れた際に見かけた小柄な少女の姿を思い出す。マリアンヌの弟子であり、散乱していたこの家を何とか綺麗に保とうと家事をしていた、あの少女・・・
「確か、リリィ・・・だったかしら。あの子がどうしたの?」
言いかけて、シャロンはふと目を細めた。
「貴女まさか・・・リリィに愛想尽かされて、逃げられたんじゃないでしょうね?」
ジト目でそう問うシャロンに、マリアンヌは声を上げて笑った。
「そんなんじゃないわよ」
「じゃあ、何よ」
「あの子は今、マクスウェル魔法学院に行ってるわ」
マリアンヌは、少し柔らかい表情になった。
「あの子、ずっと私の元にいたから。そろそろ、友達と呼べる人を作るべきだと思ったのよ」
それは、親心とでも呼ぶべきものだった。このままでは、リリィは友人一人持たぬまま、孤独な人生を送ることになる――そんな懸念から、魔法学院へと送り出したのだ。
「でも」
マリアンヌの声が、すっと低くなる。
「あの子を、ブラックモア公爵が狙っているの。それは私が良しとしないところよ」
その名前に、シャロンの目が鋭く見開かれた。
「あの公爵が・・・ってことは、まだあの子が占った結果に、固執してるの?」
四賢者であるシャロンは、「反逆の魔女事件」の真相を知る、数少ない人物の一人だった。
「そう」
マリアンヌは、静かに頷いた。
「あの公爵の奴、リリィを自身の傍に置いて傀儡にしたいみたいよ。そんなの私が許すわけないじゃない?」
「――でも」
シャロンは眉をひそめた。
「四賢者は、国王直属の相談役。国王陛下の勅命で動くのが決まりで、貴族の派閥争いには不干渉を貫くのが原則よ」
「予言の魔女」の一件は、異例中の異例だった。
「そうよ。だからね――」
マリアンヌは、しれっとした顔で言った。
「私が直接手を出せないなら――他の方法を考えれば良いだけの話でしょう?」
「――なるほどね」
その言葉に、シャロンは合点がいったように、手にした魔導具を見つめ直した。
「じゃあ、この魔導具はリリィの身を守る為の物ってことね」
「ただ、守るだけじゃないわ」
マリアンヌは、にんまりと笑みを深めた。
「公爵を、二度とリリィに近づけなくさせる為の布石よ」
その顔は、まるで悪巧みを楽しむ子供のような――どこか危うい笑みだった。
「あら、面白そうね」
シャロンも、けらけらと笑い声を上げる。
「あの公爵、私も嫌いだから。痛い目に合えばいいわ」
「ええ」
マリアンヌの笑みが、一層深くなる。
「痛い目どころか」
その瞳に、静かな決意の炎が宿った。
「あの子が予言した通り――『公爵を殺す』を、現実にさせるのよ」
その顔は、この世で最も強く、そして最も恐ろしい魔女の――紛れもない、悪い顔をしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! 次からは最終章に突入します。遂にリリィはブラックモア公爵と対峙します。その先にどんな結末が待っているか、どうぞ最後まで見守って頂けると幸いです。もし『続きも気になる!』と思っていただけましたら、下のほうにある【ブックマーク登録】や、☆☆☆☆☆から【評価(5段階)】をポチッと押していただけると、執筆の激しい励みになります! よろしくお願いします!




