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【7章-10】甘い時間、黒い思惑

翌日、体調が戻ったリリィは学院の廊下をキョロキョロと見回しながら、オリビエの姿を探していた。


「ほよ?オリビエ何処にいるんだろう?」


普段訪れることのない上級生のフロアに足を踏み入れ、リリィは少し落ち着かない様子で辺りを見渡す。


「おい、どうした?」


聞き慣れた声に振り返ると、そこにはエリオットが立っていた。


「あ、エリオット。オリビエ見なかった?昨日借りた上着を返したくって」


はにかみながら尋ねるリリィにエリオットはあっちにいるぞ、と顎で方向を示す。


「ありがとう、エリオット」


満面の笑みで礼を言うリリィにエリオットはふと悪戯っぽい笑みを浮かべると、身を屈めて何かを耳打ちした。


「――!」


一瞬、リリィは目を丸くしたが、すぐに笑顔を取り戻し、オリビエのもとへと駆けていった。


「あれ?リリィ、どうしたの?」


気づいたオリビエが手招きをする。


「昨日は医務室まで運んでくれてありがとう」


「いや、気にしないで」


「あと、上着を返しに来たよ・・・」


差し出しながら、リリィは少し照れくさそうに続けた。


「オ・・・オーリ・・・」


「――!?」


その一言に、オリビエの心臓が、二度も三度も跳ね上がった。


「エリオットが言ったの。オリビエは昔、オーリって愛称で呼ばれてたって」


顔を赤らめながら言うリリィに、オリビエは内心で叫んだ。


(エリオットめ・・・!)


エリオットの入れ知恵だなと睨むが、本人は何の事やらとしらばっくれている。確かに、リリィにそう呼ばれるのは嬉しくてたまらない。だが、まさかこんな形で不意打ちされるとは思っていなかった。


「ふふっ」


必死に平静を装いながら、オリビエは笑顔を作った。


「リリィになら、オーリって呼んでくれても良いよ」


「良かった」


屈託のない笑顔で答えるリリィに、オリビエの心臓は、またしても跳ね上がる。


(私の心臓、もつのだろうか・・・?)


本気でそんな心配をしてしまうほどだった。


周囲では、その一部始終を見ていた男子生徒たちが、揃って肩を落としていた。


「うわぁ、何て甘いんだ・・・」

「甘ったるくて、胃がもたれそうだ・・・」

「あま〜〜〜〜〜〜い」


そんな嘆きの亡者の如き声が、廊下のあちこちから響いていた。


――


ブラックモア公爵邸では、昨日の出来事により使用人たちは公爵に事の顛末を説明していた。


ヘクターと思われる侵入者は何処かへ逃亡、地下牢に捕らえていたリリィの脱走、そしてシーナも行方不明になり執事であるウィリアムが何者かに敗北したと言うこと。


その報告を聞いたブラックモア公爵は怒りを露わにする。


「この役立たず共め!」


怒りに任せて手元にあった灰皿を使用人にぶつける。失態を犯すと何時も手元にある物を投げつける事が多いので使用人は慣れていた。しかし、今回は怒りだけでなく焦りの表情も見え隠れしていた。


「シーナまで消えたんだ、もしかしたら奴は契約書を手に入れてしまったのかもしれん」


あの契約書が誰かの手に渡れば、自身の進退も危うくなる。10年前に行方知れずとなり自身も探したが見つけられなかった契約書が、シーナの手に渡り世間に公表されてしまえば・・・国王の耳に入れば今の地位を奪われるどころか死罪になりかねない。


「奴らを見つけ始末しろ!あの小娘も殺して構わん!奴は儂にとって障害だ」


怒鳴り散らす様に言う公爵に使用人たちは小さく「はい」と答え後にする。


「あんな予言など・・・実現させてなるものか・・・」


一人残った公爵はポツリと呟いていた。すると扉をノックする音が聞こえウィリアムが入って来た。リリィの魔力暴走をまともに受けた事で負傷したが歩ける程度には回復していた。


「公爵様・・・」


「何しに来た」


冷たく言い放つ公爵にウィリアムは手紙を渡す。


「本日、届いた手紙になります」


受け取った公爵は手紙の差出人を見る。王家の紋章が描かれていた。


公爵は手紙の封を開け、読み始める。公爵は読み進めるうちにニヤリと不気味に笑う。


「ウィリアム、次の一手の準備をせよ」


「はい」


「今ある魔法阻害の魔導具を全て集めよ。それと暗殺者を10人程用意しろ、そして強力な魔物を呼び寄せる魔導具があったはずだ・・・それを使う」


「畏まりました」


そう言いウィリアムは部屋を後にする。


「こうなれば・・・小娘だけでなくアークレイン公爵も学院も葬ってやる」


窓から差し込む月明かりに照らされたその哄笑は、もはや理性の欠片も感じさせぬほど、深く昏いものだった。

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