【第7章-3】すれ違う想い、覚悟の想い
お見合い前日。オリビエはリリィを呼び出し、深く頭を下げた。
「すまない。お見合いの日取りを変更して貰うよう、父に頼んだが・・・駄目だった」
ザイから届いた手紙には『日取りの変更は相手の都合もあり出来ない』と言うものだった。
その一言が意味するもの――演劇には、行けない。
「そっか・・・うん、しょうがないよね・・・」
言葉では、そう納得したふりをする。だが、心の奥底では、どうしても納得できずにいた。
「じゃあ、演劇はミリアムと一緒に行ってくれば良いと思うよ」
出来る限りの笑顔を作って言うリリィだったが、その表情には、隠しきれない悲しみが滲んでいた。
「いや・・・演劇は、リリィと――」
「次の授業が始まっちゃうから、もう行くね」
一緒に行きたい。そう言いかけたオリビエの言葉を遮るように、リリィは足早にその場を立ち去った。
一人残されたオリビエは、その場に立ち尽くしたまま、俯いた。
(本当は、お見合いなんてしたくない。リリィと二人で、演劇を見に行きたい)
(これは・・・私の我儘、なんだろうか・・・?)
答えの出ないまま、オリビエはとぼとぼと自分の教室へと戻っていった。
――
そして迎えた、お見合い当日。オリビエは、浮かない顔を隠しきれずにいた。
「オーリ、そんなにリリィと演劇見たかったんだな」
エリオットが、いつになく真面目な口調で言う。
「ああ」
オリビエは、力なく頷いた。
「リリィを傷つけてしまった。私は・・・どうしたら」
あんな辛そうな顔をさせてしまった事に、オリビエは胸が痛くなる。
「確かに」
エリオットは静かに続ける。
「お前は公爵家の貴族で、リリィは貴族じゃない。本来なら、サゴット嬢のような侯爵家と婚姻するのが、当たり前の話だ」
その言葉に、オリビエはさらに深く俯いた。
「だがな、オーリ」
エリオットの声が、少し強くなる。
「お前は――どうしたいんだ?」
貴族としてのオリビエではなく。オリビエ個人として、本当は何を望んでいるのか。
「私は・・・」
答えは、とうに決まっていた。
リリィと共に歩みたい。それが、確かな想いだった。
「サゴット嬢には申し訳ないけど」
オリビエは、まっすぐに顔を上げた。
「この縁談は――破談にさせてもらう」
そう言い残すと、オリビエは迷いなく部屋を飛び出していった。
「やれやれ、手のかかるこった」
その背中を見送りながら、エリオットはふっと小さく微笑んだ。
――
その頃、リリィは今日、本来オリビエと共に訪れるはずだった劇場の前に立っていた。
(いつの間にか、来ちゃった・・・)
約束はもう、ご破算になったはずなのに。それでも、足が自然とここへ向かってしまった。
(今頃、オリビエはミリアムとお見合いしてるんだろうな・・・)
楽しげに言葉を交わす二人の姿を思い浮かべると、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「ほよ・・・」
小さく息を吐いたリリィの前に、一台の馬車がゆっくりと停まった。
「失礼、リリィ・クローデル様ですか?」
紳士的な佇まいをし、モノクルが印象的な老齢の男性が、丁寧に声をかけてくる。
「ほよ? そうですが・・・?」
誰だろうと戸惑うリリィに、男性は静かに名乗った。
「私、オリビエ様の執事でございます。オリビエ様が、貴女をお呼びです」
そう言うと、執事は馬車へとリリィを促す。
(オリビエが・・・私を呼んでる・・・?)
心臓が、小さく跳ねた。
(でも、オリビエは・・・)
今頃、ミリアムとの縁談の真っ最中のはず。
(でも、もし――オリビエが、破談にしていたら・・・?)
淡い期待が、胸の中にじわりと広がっていく。その感情に突き動かされるように、リリィは差し出された執事の手を、そっと取った。
(何で今・・・オリビエが破談にしたらって、期待しちゃったんだろう・・・)
馬車に揺られながら、リリィはまだ、気づいていなかった。
自分の中に芽生えたこの想いの正体にも。
そして――この執事が、自分をどこへ連れて行こうとしているのかにも。
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