【第6章-7】分からぬ心に迫る毒牙
賑やかな会場を離れ、リリィは涼を求めて外のベンチに腰を下ろした。夜風が火照った頬を心地よく撫でていく。
(私、オリビエとどうなりたいんだろう・・・)
先ほど踊っていた時、確かに感じた想い。このままずっと、この時間が続けばいいのに――そう思った、あの瞬間の温かさ。
「ほよ・・・」
小さく息を吐き、リリィは夜空を見上げた。
自分は平民で、オリビエは公爵家の子息。釣り合うはずがない――そう、頭では分かっている。
(そもそも・・・私はオリビエの事が、好きなのかな?)
友達としてなら、間違いなく好きだ。ロナやミリアム、ティオと同じように、大切な存在だと思っている。
(でも・・・異性として・・・好き、なのかな・・・?)
自問しても、答えは出なかった。何しろ、そんな感情を抱いたことなど、今まで一度もない。恋というものが、どんな形をしているのかすら、リリィにはまだ分からなかった。
「隣、良いかしら?」
不意にかけられた声に、リリィは思わず飛び上がった。
「ほよ!?」
慌てて声のした方を見ると、そこには魔女のローブを纏った、三十代ほどの女性が立っていた。
「あ、どうぞ」
促すと、女性は静かに微笑みながら、リリィの隣に腰を下ろした。
「貴女、ここの生徒さん?」
「はい、そうです」
答えるリリィに、女性はどこか遠くを見るような目で、ぽつりと呟いた。
「そう。師匠も・・・ここへ通ったのかしら」
そして女性は、ぽつりぽつりと語り始めた。名はシーナ。占星術を得意としていること。かつての師も、同じく占星術に優れていたこと。そして――その師は、既にこの世を去っていること。
「――!」
その言葉に、リリィの背筋が凍りついた。
(この人・・・もしかして・・・)
咄嗟に、リリィはシーナの姿をまじまじと見つめる。だが、その瞳には殺意の色などなく、ただただ物悲しげな光だけが宿っていた。困惑しながらも、リリィは意を決して口を開く。
「あ、貴女は・・・私を、殺しに来たんですか?」
震える声で問いかけると、シーナは悲しげに目を伏せた。
「ええ・・・公爵の命令で」
だが、シーナはそれ以上、何をするでもなかった。
「貴女を殺すように、言われたわ」
静かに、独白するように続ける。
「でも・・・そうしても意味が無い・・・そんな事、分かっているのに・・・」
「――!」
その言葉に、リリィは息を呑んだ。この人は、命令を躊躇っている。
「公爵から、この毒薬を持たされたけど」
シーナは懐から、小さな小瓶をちらりと覗かせた。
「どうしても・・・貴女を殺したくないのに・・・公爵が・・・」
「その命令に・・・背いたら」
リリィは、心配するようにシーナを見つめた。
「貴女は、どうなるんですか?」
「それは」
シーナは、力なく笑った。
「私も、殺されるでしょうね。あの男は・・・容赦ないから」
俯いたまま、シーナは続ける。
「でも、従わないと・・・あの人みたいに・・・」
その声には、拭いきれない恐怖が滲んでいた。かつての姉弟子――公爵に用済みとして切り捨てられ、野垂れ死んでいった姉弟子のエレナのように、自分もなるのではないかという恐怖。
「それに・・・」
シーナの声が、さらに小さくなる。
「私がちゃんと命令通りにするか・・・監視も、ついてるの」
「――!」
その一言に、リリィは思わず息を呑み、素早く周囲に視線を巡らせた。
姿は、どこにも見えない。だが――確かに、そこにある気配。
まるで闇の中から、じっとこちらを窺っているかのような、冷たい視線を。
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