【第6章-5】言い表せないこの感情
その竜は、舞台装置の中でも群を抜いて手の込んだ代物だった。大掛かりな骨組みに精緻な鱗の造形、そして開閉する顎――今回の公演にかける気合いのほどが、隅々まで伝わってくる。
「あの竜、魔法で炎を吐くように見せるらしいわよ」
ロナが、こっそりとリリィに耳打ちする。炎魔法を克服したとはいえ、リリィの中にまだ完全には消えきらない恐怖心があることを、ロナはよく分かっていた。
「ほよ、そうなんだ」
少し緊張しながらも、リリィは頷く。あの日から比べれば、今のリリィは炎魔法をある程度自在に操れるようになっていた。それでも、事前にこうして気にかけてくれるロナの心遣いが、じんわりと嬉しかった。
――
舞台では、王子役のオリビエが剣を手に、浮遊魔法で竜の上空へと舞い上がっていた。
一閃――だが、その斬撃は竜の尻尾によってあっさりと弾かれる。緊張感のあるやり取りに、観客席からはどよめきが上がった。
そして、竜が大きく口を開く。
本来の演出では、魔導具によって軽く炎を吐き出すように見せる――それだけの、あくまで演出上の仕掛けのはずだった。
だが。
「――!」
吐き出された炎は、明らかに規格外だった。オリビエの体を丸ごと包み込むほどの、圧倒的な火勢。
「あれ?あんなに強いんだっけ・・・?」
ロナの呟きに、リリィの体が反射的に動いていた。
「――!」
咄嗟にオリビエへ向けて防御魔法を展開する。淡く輝くその壁が、迫りくる炎の熱をしっかりと防ぎきった。
「今年の芝居は本格的だなぁ」
「いやぁ、流石マクスウェル魔法学院だ。やる事が派手で、見ていて飽きない」
観客席は、これも演出の一つだと信じて疑わず、むしろ感心したように盛り上がっている。
――
リリィの防御魔法に守られたオリビエは、何事もなかったかのように剣を構え直し、竜へと切っ先を向けた。
「女神セレフィアの加護を受けた、私の剣を受けるが良い」
咄嗟のアドリブでそう告げると、オリビエは一気に竜の懐へと踏み込んだ。狙いは、竜の口に仕込まれた魔導具――その正確な破壊と共に、竜の首を鮮やかに切り落とす。
わっ、と観客席から歓声が沸き上がった。
そのまま流れるように、オリビエはヒロイン役の少女――ドロシー・アンドレのもとへと駆け寄り、彼女を抱き上げるようにして助け出す。そして、物語の締めくくりとして――口付けを交わした。
もちろん、実際に唇が触れているわけではない。あくまで、そう見えるように角度を工夫した演技だ。周囲は色めきだった歓声が上がり女性客たちはうっとりと鑑賞していた。
「――」
その光景を客席から見つめていたリリィの心が、なぜか、ざわりと騒いだ。
(なんだろう・・・?)
オリビエの腕が、ドロシーの腰に自然に回されている。ただの演技だと分かっているのに、なぜか、その光景から目が離せない。
(オリビエが・・・他の女の人と一緒にいるの・・・なんか、落ち着かない・・・)
胸の奥にちくりと刺さる、名前のまだ付かない感情。リリィは、その正体が分からないまま、ただじっと、舞台の上のオリビエを見つめ続けていた。
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