【第5章-7】彼女の決意
体内の魔力を殆ど吸い取られたロナは魔力枯渇に近い状態だった。そのまま医務室へ運ばれていった。
「大丈夫よ」
心配で付き添っていたリリィにリーシャが優しく声を掛ける。
「怪我もないし、魔力が回復したらすぐ動けるようになるから」
その言葉に、リリィは少しだけ安堵の息をついた。ベッドで静かに眠るロナの寝顔を見つめながら、リリィはそっと手を握った。
――
翌日、リリィは学院長室に呼び出されていた。
「よく来たな、リリィ・クローデル」
椅子に腰掛けたガルシアが、白髭を撫でながら穏やかに迎える。傍らには、いつもの冷たい表情を崩さないジョシュアが立っていた。
「まずは、君が氷漬けにした男じゃが――学院の結界を突破するほどの技量を持った、なかなかの手練れじゃった」
ガルシアは静かに続ける。
「しかし奴は、厳正な場で正当に裁かれる事になる。安心したまえ」
穏やかな笑みを浮かべたガルシアはそのままリリィに質問する。
「して、あの男がサゴット嬢を捕らえ君を狙った理由――儂等に教えて貰えぬか?」
ガルシアはこれが本命でリリィをここに呼び出したと理解した。言っても良いのだろうか?もし、学院長がブラックモア公爵と繋がりがあったら?そう思うとリリィは真実を言う事を躊躇ってしまう。
「学院長。その件については私達も同席しても宜しいですか?」
唐突に扉が開き声の主が入って来た。
オリビエとエリオットがやって来たのだ。リリィが驚きの声を上げる。
「む?ベザリウス殿が何故――?」
ジョシュアが腕を組み、オリビエに聞き返す。
「私達はあの男がリリィを狙った理由を知っています」
公爵子息らしい貴族然とした態度でオリビエが言う。ジョシュアの眉間に皺が寄った。
「リリィ、大丈夫だよ――学院長達は君の味方だ」
オリビエはリリィに優しく声を掛ける。そうだ、学院長は革新派と共にこの学院を平民でも通える様に尽力していた事をすっかり忘れていたリリィはゆっくりと話始める。
予言の魔女とブラックモア公爵の関係、ファラスでの出来事、その真相を。
途中でオリビエが内容を嚙み砕き2人に分かる様に伝える。ガルシアもジョシュアも顔が強張り驚愕する。
「そうか――ブラックモア公爵が関わっていたか」
話しを聞いたガルシアが深いため息をつきつつ言う。ジョシュアも額に手を当てて項垂れている。
「まさか終焉の魔女が言っていた黒幕がブラックモア公爵とは・・・」
ため息交じりに言うジョシュアにリリィがピクリと反応する。
「えっと、師匠が何か言ってたんですか?」
「あぁ、ヘクターの件が起きた直後にな。あの魔女はヘクターの裏にとんでもない黒幕が居るとか言っていた。そしてヘクターに用があるとか言っていたな」
ジョシュアが思い出したくないと言いたそうに話す。まさかマリアンヌがあの時に学院に現れていたなんて、リリィは全然知らなかった。
「師匠は何の用で来たんですか?」
「それは分からん、何せ憲兵隊が来た時には奴は姿を消してヘクターだけだったからな」
学院で好き勝手した事に腹を立てている様で、ジョシュアは悪態をつく。リリィはマリアンヌの傍若無人っぷりに何だか申し訳なくなる。
「それで、クローデル君。君はあの男に何か言われたのか?」
ガルシアが白い髭を撫でながらリリィに聞く。
「あの人は、私にブラックモア公爵側に付けと・・・そう言っていました」
昨晩、トヴァルに投げかけられた言葉が、今も頭から離れずにいた。
「――何だと?」
意外にもジョシュアが驚きの声を上げる、白い髭を撫でていたガルシアの手が止まる。
「私の力をこちら側で利用したいって――」
リリィがそこまで言うとガルシアは静かに話し始めた。
「ブラックモア公爵は保守派層の筆頭の男じゃ、彼は革新派の進める平民の地位向上政策を、脅威と見做しておる。貴族の権威が落ちてしまう事を危惧してのことじゃろう。しかし――」
言葉を切り、ガルシアは重い息を吐いた。
「君を引き込む事で、武力を用いて革新派を一掃する事も辞さぬところまで来てしまったか」
その言葉が重く部屋に響き渡る。
「リリィ・クローデル」
ジョシュアが、静かにリリィへと向き直る。
「お前は既に、公爵に狙われて三度も騒動に巻き込まれておる。お前は――どうしたいのだ?」
その問いかけには、単にリリィ自身の意思を問うだけでなく、もし次に友人が危険に晒されたら、それでもこの学院に残るつもりか――そんな重みが込められているように、リリィには感じられた。
「フェルナー先生!それは――」
オリビエがジョシュアの意図を理解し反論しようとするが、リリィが制止して静かに話し出す。
「私は・・・この学院で友達と一緒に授業を受けて、ご飯を食べて、たくさん笑いあいたいです」
その声には、揺るぎない意志が宿っていた。
「友達との楽しい思い出を、たくさん作りたいんです」
一呼吸置いて、リリィは続けた。
「でも――私の大切な友達を傷つけようとするなら」
その瞳に、確かな覚悟の炎が灯る。
「公爵だろうと、許しません」
しばしの静寂。
「そうじゃな」
やがて、ガルシアがふっと表情を緩めた。
「儂も、君には学院生活を楽しく過ごして貰いたいと思っておる」
そして、少しおどけたように付け加える。
「魔法の威力は・・・できれば、少し抑えて貰いたいがの」
思わず苦笑いを浮かべるリリィに、ガルシアも小さく笑った。
「と言う事で、宜しいかな? フェルナー先生」
問いかけられたジョシュアは、しばし目を伏せた後、静かに息を吐いた。
「・・・はぁ。分かりました」
どこか観念したような、それでいて、以前とは違う響きを含んだその返事に、リリィはほんの少しだけ、ジョシュアの見る目が変わったような気がした。
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