【第1章-3】規格外の問題児
学院長室は重苦しい空気の中、低い唸り声が響いていた。試験が終わり採点を終えた後、一枚の成績表が問題となった。
リリィ・クローデル
筆記試験:98点
実技試験:外壁破壊により測定不能
白髭を蓄えた老齢の男、ガルシア・オルランドゥ。第13代マクスウェル魔法学院長は溜息一つつく。有力候補と目されていたミリアム・サゴットをも上回る圧倒的なものだった。本来であれば、これほどの才媛を二つ返事で合格させるのが道理だろう。だが、問題なのは実技試験だった。外壁を粉砕するだけでなく、あろうことか試験官のケビンを吹き飛ばし失神させる程の威力。これを「才能がある」の一言で片付けてよいものか判断しかねていた。
「才能はあっても、制御出来ねば唯の獣。その様な輩を入学させるのは如何なものかと」
冷たい声で口を開いたのは、ジョシュア・フェルナー。成績表を見る目に一切の温かみはない。こんな常軌を逸した人物が入学して、もし他の生徒が巻き込まれたら?と言う一抹の不安があった。
「相変わらずねぇ、フェルナー先生」
腰に手を当て、呆れたように反論したのはリーシャ・ノンブランだった。彼女はかつて魔法師団に所属していた経験から、学院内では貴重な実戦経験を持つ教員だ。
「制御出来る様に導くのが、私たち教師の役割ではなくて?」
「導くにも規模が大きすぎる。他の生徒が巻き込まれたら、どうなるか分かったものではない」
二人の視線がぶつかり合う中、しばらく黙って成績表を見つめていたガルシアが、ふと口を開いた。
「・・・導くしかなかろう」
その一言に、二人は同時にガルシアを見た。
「儂は彼女の様な生徒の成長を見てみたい、それに・・・」
ガルシアは推薦状に書かれた名前に目を通し、かつての苦い記憶が蘇る。今では終焉の魔女と呼ばれる、あの魔女との魔法大会での一戦。なす術もなくボコボコにされた事を思い出し推薦状を持つ手が強張る。
言葉を止めたガルシアに、ジョシュアが眉をひそめる。
「それに?」
「・・・いや、何でもない」
ガルシアはそれ以上語ることなく、ただ静かに告げた。
「リリィ・クローデルの合格を認める」
そう言い残し、学院長は部屋を後にした。
数日後、リリィの元に一通の手紙が届いた。差出人はマクスウェル魔法学院。震える手で封を開けたリリィは、その中身を見て飛び上がった。
「師匠!!合格です!!合格しましたー!!」
嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねるリリィにマリアンヌはワインを片手に笑顔になる。
「まぁ、リリィなら大丈夫だと思ってたわよ。なんたって、私の可愛い弟子なんだから」
「えへへ・・・」
照れくさそうに笑うリリィを見て、マリアンヌも満足げに酒を呷った。
「そうなると、制服の採寸に行かなきゃいけないわね。明日にでも行きましょうか」
「制服・・・」
制服を着て学院に通う。そんな小さな事も、リリィには楽しみで仕方がない。
翌日、ルンルン気分でマリアンヌと共に専門店に向かい、店員に制服の採寸をしてもらう。しかし、採寸されるごとにルンルン気分が沈んでいくリリィ。確か、昨年の今頃に服の採寸をしてもらったのだが、その時から身長が1センチしか変わっておらず148センチと言う同年代よりも小さく、女性らしい身体つきとは程遠い身体、あの時、友達になったロナはもっと女性らしさがあったのに、何故自分にはそれがないのだろうと落ち込む。
「ほよ・・・私、去年からあんまり背、変わってない・・・」
「あら、リリィはそのままでも十分可愛いわよ?」
マリアンヌはあっけらかんと言うが、それはリリィの求めていた慰めとは、少し違うものだった。
「そういう問題じゃ、ないんですけどぉ・・・」
がっくりと項垂れるリリィを、店員は微笑ましそうに見守っていた。
「師匠みたいに背が高かったら良かったのに・・・」
リリィの叶わない願望は虚しくも空に木霊するのだった。
家に帰った二人は、いつもの様に食事を囲っていた。春になる頃にはリリィは魔法学院へ入学し、卒業までの3年間は寮生活を送る事になる。リリィはマリアンヌと離れる事に不安を覚えていた。主にマリアンヌがお酒を飲み過ぎないかとか、ちゃんと部屋を片付けているかとか、生活面でマリアンヌは自他共に認める自堕落人間なのだ。
「大丈夫よ。貴女が来る前はそれなりにやってこれたんだから」
「家の中がゴミ屋敷みたいだったのは覚えてますよ」
「ま、まぁ大丈夫よ」
「本当ですか?私も傍にいないんだから、ちゃんとしてくださいね」
どちらが年上か分からない会話をし、リリィは眠りに着いた。
そして、リリィ入学の日。
「ちゃんとご飯食べてくださいね、あとお酒もほどほどにしてください」
「いやねぇ、ちゃんと分かってるわよ」
「お酒持ちながら言っても説得力ありません」
そんなやり取りをしてリリィは王都レイヴラスへ向かう。これから始まる学院生活に期待をしつつも、マリアンヌと離れる事に寂しさを抱きつつ。
リリィの姿が見えなくなるまでマリアンヌは見送った。まるで母親の様にガミガミとリリィは言ったが、なんだかんだリリィはマリアンヌの事を慕っている事を理解している。だからこそ、マクスウェル魔法学院に入学させたのだ。
(リリィが入学した事できっと”あの男”は動く、あの予言を阻止する為に・・・)
リリィにこれから降り注ぐ困難をマリアンヌは予見していた。しかし、このまま事態を見ているだけではいられない。
(私も・・・腹を括った方が良さそうね・・・)
空を仰いだマリアンヌは静かに家の扉を閉めた。
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