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【第5章-1】守りたいもの

王都にある豪華な屋敷、ブラックモア公爵の所有するこの屋敷は権力をひけらかすかの様に内観だけでなく外観も一目で豪華と分かる建物だ。


その一室、公爵の執務室にはブラックモア公爵であるグレン・ナイトレイと青年だけで話していた。


「貴様はいつも失敗するな」


グレンは青年に冷たく言い放つ。青年は自分が度重なる失敗で殺される事を覚悟していた。魔法交流戦で殺し屋のダスクを招き入れ、メルジオを誘い込んで幽閉した所までは良かったが、まさかマリアンヌが介入するとは想定外だった。


「も、申し訳ありません・・・」


青年が頭を下げると、グレンは鼻を鳴らし手元にあるベルを鳴らす。すると、扉が開き細身の男が入って来た。


「お呼びでっスか?公爵殿?」


軽薄そうな口調の男は青年の隣に立つ。この男に殺されるのだろうかと言う不安が青年を襲う。


「トヴァル、貴様の報告は聞いた。学院に潜入して生け捕りにするか拒否するなら殺せ」

「あれ?生け捕りにしてどうするんスか?」

「奴を懐柔すれば革新派共を打倒する戦力に出来る」


グレンがそう言うとトヴァルは「なるほど」と笑みを零し腕を組む。


「方法は貴様に委ねる、失敗したら――分かるな?」

「えぇ勿論分かってるっスよ」


そしてグレンは青年を見据える。殺される覚悟を持ってはいるものの、やはり恐怖は隠せず、手が震える。


「貴様にはこの人物を探して貰う」


そう言いグレンは青年に紙を差し出す。青年が受け取り中を見ると、ある人物の名前と人相書き、そして特徴が記されていた。


「公爵様、彼女は・・・?」


グレンの意図が読めない青年は恐る恐る口を開く。


「シーナ・アスティ――予言の魔女の弟子だった奴だ」


静かに告げるグレン、青年は殺されなかった事に安堵し人探しくらいなら後ろめたさも感じないと息を吐く。


「分かりました、公爵様」

「了解っス」


青年とトヴァルは部屋を後にする、部屋に残ったグレンは不気味な笑みを浮かべワイングラスを手に取る。


「懐柔してしまえば予言も外れると言うものだ」


誰に言う訳でもなく、グレンは呟いた。


――


ある日の放課後、リリィはジョシュアに呼び出され、誰も居ない魔法薬学の教室にいた。


「来たか、リリィ・クローデル」

「ジョシュア先生、何か用でしょうか?」


まさか魔法薬学の授業で魔力を注ぐ配分を間違えて爆発を起こした事を咎められるのかリリィは不安に思っていた。

当のジョシュアはリリィに椅子へ座る様に促し、静かに話を切り出した。


「ヘクター・サンドロットの件――あれは学院の不手際だった。奴が反逆の魔女の弟子だった事実すら調べずに教員として招き入れてしまった」


その口ぶりは、まるで謝罪しているかのようだった。だが、普段のジョシュアからは想像もつかない態度に、リリィは何と答えればいいのか分からず、ただ黙って耳を傾ける。


「そして、先日の魔法交流戦での入れ替わり騒動」


ジョシュアは続ける。


「あれは、引率の教員すら知らぬ間に、あちらの大将が殺し屋によって幽閉された。そして、成り代わった殺し屋が我が学院に潜入していた」


リリィは息を飲んだ、あの一件でロラカント魔法学院側の大将メルジオ・メックナーは倉庫に閉じ込められていた。聞いた話しによると、マクスウェル魔法学院の教師が倉庫に待機してくれと誘い込んだらしい。その男がどんな人物だったかは、メルジオは覚えていないと言っていたそうだ。


だが、ジョシュアが言いたいのはそれでは無かったらしい、ジョシュアはゆっくりとリリィに近づき、まっすぐに見据えた。


「お前が居る事で、お前の周囲に危害が出る事は――学院長が許しても、私が許さん」


低く、しかし有無を言わせぬ声だった。


「それを、忘れるなよ」


「――!」


その言葉に、リリィは息を呑んだ。


分かっていたはずだった。公爵から狙われているという事実は、今もなお、何一つ変わっていない。ヘクターの件も、交流戦の件も――どちらも、標的は自分だった。


(もし・・・今度は、ロナやミリアム、ティオが巻き込まれたら・・・)


想像するだけで、心臓が凍りつくような感覚に襲われる。折角、学院で得た大切な友達が、自分を狙う刺客に襲われたら――どうしても、それは避けたい。


「わ、私が・・・友達から、遠ざかれば・・・」


震える声で、リリィは絞り出すように言った。


「友達は・・・巻き込まれない・・・?」


「その可能性はある」


ジョシュアは、感情の読めない目でリリィを見据えたまま、淡々と答えた。まるで、蛇に睨まれた小動物のように、リリィの体が硬直する。


「・・・っ」


視界が、じわりと滲む。


こみ上げる涙を堪えるように、リリィは俯き、スカートの裾を両手できつく握りしめた。


「・・・分かりました・・・」


それだけを絞り出すように呟くと、リリィはゆっくりと立ち上がり、逃げるように教室を後にした。


――


廊下を歩きながら、リリィの目からは、堪えきれない涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


(本当は・・・皆と一緒に、学院生活を楽しみたい・・・)


ロナと笑い合った日々。ミリアムと切磋琢磨した時間。ティオと交わした、たどたどしくも温かい会話。オリビエやエリオットとの、賑やかな昼食の時間。


そのどれもが、リリィにとってかけがえのないものだった。


(だけど・・・私が狙われている以上・・・皆を、巻き込みたくない・・・)


自分のせいで、大切な誰かが傷つく――そんなことは、絶対にあってはならない。


込み上げる想いに押し潰されそうになりながら、リリィは涙を拭うこともせず、ただ俯いたまま、重い足取りで自室へと戻っていった。

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