【第4章-3】終焉は舞い降りた
拳大の炎の弾が、メルジオの手の中で瞬時に形を成す。
「――!」
放たれたそれは、迷いなくリリィへと直撃した。
「きゃっ・・・!?」
恐怖に体を硬直させたまま、リリィは避けることすらできず、その一撃を受けて悲鳴を上げる。五重結界内は威力が模擬戦用の魔法になる以上、外傷こそ負わない。だが、その炎は確かな熱を伴い、制服を焦がし、皮膚を焼くような痛みをリリィに与えていた。
「あ・・・あぅ・・・」
その光景に、隣国の引率教員――ルーファスの顔色が変わる。
「そんな、彼は・・・こんな戦い方をする生徒ではないはずだ・・・一体、なぜ・・・?」
異変を察知したガルシアが、すぐさまジョシュアに目配せを送る。頷いたジョシュアは、即座に使い魔を放ち、メルジオを止めるべく動き出した。
だが。
「・・・結界が」
使い魔が、見えない壁に阻まれるようにして弾かれる。試合場全体には、メルジオが予め仕込んでいたと思われる魔導具の結界が張られており、外部からの一切の干渉を拒んでいた。
「――彼は、メルジオ君ではない」
ガルシアが、確信をもってルーファスに告げる。
「何者かが、彼になりすましておる」
すぐさまガルシアは複数の使い魔を放ち、本物のメルジオの捜索を命じた。
――
「くそっ・・・!何だこの結界は・・・!」
観客席から飛び降りたオリビエが、力任せに結界へと魔法を叩きつける。だが、幾度打ち込んでも、結界にはひびの一つすら入らなかった。
(リリィ・・・!)
助けたい。今すぐにでも駆け寄りたい。それなのに、目の前の壁を破ることすらできない自分の無力さに、オリビエは奥歯を強く噛み締めた。
――
「う・・・うぅ・・・」
試合場の中央で、尚もメルジオの攻撃を受け続けていたリリィの体は既にボロボロだった。焼け焦げた制服、乱れた髪。それでも、リリィは動けずにいた。
逃げなければ、と頭では分かっている。だが、あの日から刻み込まれた炎への恐怖が、リリィの体を鎖のように縛り付けて放さない。
「リリィ・・・!」
ロナ達も観客席を飛び出しリリィを助けようとするも謎の結界に阻まれる、やがてロナはその場にへたり込み口元を手で覆い、青ざめた顔で震える。
「・・・こんなの・・・試合じゃない・・・」
「一方的な、暴力じゃない・・・!」
悔しさのあまり、目からぼろぼろと涙がこぼれる。ミリアムもティオも、拳を握りしめたまま、ただその光景を見つめることしかできなかった。
虚ろな目で座り込んだまま、リリィはもう、戦意すら失いかけていた。その姿に、メルジオの姿をした何者かが、ゆっくりと近づいていく。
「あんたに恨みは無いが」
淡々とした声で告げながら、右手に炎の刃を構築する。
「”あの方”の命令なんでね。死んでもらうよ」
もはや逃げる意思すら見せず、項垂れたまま動かないリリィ。
「逃げて!リリィ!」
ロナ達の悲鳴じみた叫びも、今のリリィには届かない。
「じゃあね」
炎の刃が、無慈悲に振り下ろされようとした――その瞬間だった。
――
空が暗くなり空気そのものが震えた。
上空から、巨大な漆黒の稲妻が降り注ぎ、あれほど堅牢だった結界を、まるで薄氷のように粉々に打ち砕いた。
「――は?」
驚愕に固まるメルジオが見上げた先――雷雲を割るようにして、一つの人影が、ふわりと音もなく地上へと舞い降りる。
その足が地に着いた瞬間、周囲の空気が、ずしりと重くなった。
まるで、この場にいる誰もが、無意識のうちに呼吸を止めてしまったかのように。
「私の可愛い弟子を痛めつけたのはーーお前か?」
冷たく、静かな声。
その姿を目にした瞬間、メルジオの喉から、ひゅっという乾いた音を漏らし距離を取る。
黒髪、口元のホクロ。この国の頂点に立つ四賢者――その中でも、なお別格と畏れられる存在。
「終焉の魔女」マリアンヌ・クローデル。
その名を、この場にいた誰もが、心の中で震えながら呟いていた。
観客席も、教師陣も、そして相対するメルジオも――誰一人として、動くことができなかった。ただ、圧倒的な気配だけが、試合場全体を静かに支配していた。
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