【第3章-4】大切な事、守りたい物
「大丈夫?」
防御魔法を展開したまま、リリィは背後のキャロラインたちを気遣うように振り返った。
「え、ええ・・・私達は、無事よ」
辛うじて答えるキャロラインの声には、まだ隠しきれない震えが残っていた。それでも無事だと分かり、リリィは小さく「良かった」と呟くと、すぐさま視線を毒尾蠍へと戻す。
(何だろう・・・変な魔力も感じる・・・)
本来この森にいるはずのない魔物。しかも、異質な魔力を帯びた毒尾蠍はリリィを見据えていた。防御魔法を維持したまま、リリィは風の刃を放つ。
空気を切り裂く音と共に、その一撃は毒尾蠍の巨大な鋏を、いとも容易く切り落とした。それだけでは飽き足らず、余波は周囲の木々までもなぎ倒していく。
「ギシャアアアア!!」
悲鳴じみた咆哮を上げ、毒尾蠍がリリィへと標的を変える。尻尾を跳ね上げ、猛毒を噴射する――だが、その毒液は、リリィの展開する防御魔法にあっさりと弾かれた。
「――終わり!」
そのまま間髪入れず、リリィは雷を落とす。轟音と共に閃光が走り、毒尾蠍はその巨体を痙攣させながら、周囲の地面ごと焦げ付かせて動かなくなった。
完全に沈黙したのを確認し、リリィはキャロラインたちのもとへと駆け寄った。
「大丈夫?キャロちゃん」
差し出された手。そして、耳慣れないその呼び方に、キャロラインは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた。
「キャロ・・・ちゃん・・・?」
戸惑いながらも、なぜかその響きが、どこか嬉しく感じられて仕方なかった。
「大丈夫よ。それより・・・」
お礼を言おうと口を開くが、言葉がうまく出てこない。喉の奥が、詰まったように熱くなる。
「ほよ?」
きょとんと首を傾げ、リリィはただじっとキャロラインを見つめていた。
「あ・・・ありがとう・・・助けてくれて・・・」
か細い声で、キャロラインは何とかそれだけを絞り出した。
「あの時も、そう・・・二度も、助けてくれて・・・ありがとう。そして――今までの事、申し訳ありません」
涙が、次から次へと溢れてくる。震える声で、キャロラインは深く頭を下げた。
「うん、私は気にしてないよ。キャロちゃん」
リリィは、ただ優しく微笑んだ。
「私はね、友達やクラスメイトが出来て、本当に嬉しかったの」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「それまで、師匠とずっと山の中で暮らしてたから・・・友達とかクラスメイトとか、そういうのにずっと憧れてたんだ」
同年代の友人と笑い合い、他愛のない話をして、時には喧嘩をして――そんなありふれた日々に、リリィはずっと焦がれていた。マリアンヌとの日々が愛おしくないわけでは決してない。だが、心のどこかに、いつも小さな憧れがあった。
「だから、私にとって、ロナ達もキャロちゃんも――大切なの」
その言葉に、キャロラインは言葉を失った。
(小さな体なのに・・・)
目の前の少女が、今、ひどく大きく見えた。自分がどれだけ醜い嫉妬をぶつけても、それでもなお、真っ直ぐに向き合ってくれる存在。
「じゃあ、行こっか。リーシャ先生も、きっと心配してるよ」
差し出された手を、今度こそ、キャロラインはしっかりと握り返した。
「・・・ええ」
涙を拭い、リリィと並んで歩き出す。
「ところで・・・その『キャロちゃん』というのは、一体何ですの?」
ふと気になって尋ねると、リリィはへらっと笑った。
「だって、その方が何か良いなって思って」
「――ふふ」
思わず、キャロラインの口元にも笑みがこぼれた。
その後。
リリィは、森の一部を派手に破壊したことについて、リーシャからこってりと絞られることになった。
「あれだけ言ったでしょう!少しは加減を覚えなさい!」
「ほよ・・・すみません・・・」
しゅんと肩を落とすリリィ。だが、その傍らには、慰めるように寄り添うキャロラインと、ロナ、ミリアム、ティオの姿があった。
「私達を助けて。むしろ、お手柄ですのに」
「そうよ、結果的には皆助かったんだから」
「えぇ、リリィが居なかったらもっと酷い事になってましたわ」
「た、確かに・・・森は、少し可哀想ですが・・・」
にぎやかな笑い声が、森の中に静かに響いていった。しかし、リリィは異質な魔力を帯びた毒尾蠍が一体何だったのか不安に駆られていた。
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