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【幕間2】何やら企んでいるようであり

事件直後、学院は上を下への大騒ぎとなっていた。まさか、着任していた教師の1人が偽りの身分でリリィを狙い、潜入していたなど誰が想像し得ただろうか。学院長室では、ガルシアとジョシュアが2人きりで向き合っていた。


「何たる失態だ・・・」


白髭を撫でながら、ガルシアは深く唸る。


「しかし何故・・・リリィ・クローデルが狙われたのだ?」

「ヘクターは拘束しましたが」


ジョシュアが淡々と報告する。


「奴は、まだ何も吐いておりません。憲兵に引き渡したところで、口を割るとは思えませんな」

「奴が持っていた魔導具・・・」


ガルシアの表情が、険しく曇る。


「あれは、恐らく奴の背後に何者かがおる証だ」


”魔法阻害の魔導具”――そんな代物が市場に出回るはずもない。明確な違法魔導具である。単独の教師が、そう易々と入手できる品ではないはずだ。


(ヘクターの背後に、何か巨大な権力・・・あるいは組織が・・・)


ガルシアの胸中に、拭いきれない不安が広がっていく。


「――ええ、背後には貴方達が手も足も出せない黒幕がいるわ」


不意に響いた声に、ガルシアの体が凍りついた。この部屋には、自分とジョシュアしかいなかったはずだ。そして、その声――聞き覚えのあるその響きが、ガルシアの奥底に眠っていた苦い記憶を、否応なく呼び覚ました。


「貴様・・・マリアンヌ・クローデルか。何故、ここに」


ジョシュアが苛立ちを隠さず、鋭く問う。いつの間にか、部屋の片隅に、当然のようにその魔女は佇んでいた。


「何故って」


マリアンヌは悪びれる様子もなく、あっさりと答える。


「私の可愛い弟子が、ヘクターに狙われたんですもの。そりゃあ心配になって、駆け付けたに決まってるじゃない」


「マ、マリアンヌ殿」


ガルシアが、あの威厳ある佇まいを一変させ、深々と頭を下げた。


「この度は、我らの不手際でこの様な事態を引き起こしてしまいましたこと、誠に申し訳ございません」

「それは良いのよ?リリィ自身が何とかしたんだし」


マリアンヌはひらひらと手を振ると、にやりと悪い笑みを浮かべた。


「ただ、ちょっとお願いに来たの」

「お願い・・・ですと?」

「ちょっと、ヘクターを貸して欲しいのよ」


案内された先は、ヘクターが拘束されている一室だった。


「マリアンヌ殿。一体、何をお考えで?」


ガルシアが尋ねるが、マリアンヌはただにっこりと笑うだけだった。


「それは、秘密」


碌でもないことを企んでいる――そう直感したガルシアは、それ以上の追及を諦め、静かに部屋を後にした。部屋には、マリアンヌとヘクターだけが残された。


「何だ」


拘束された状態でも、ヘクターは憎まれ口を叩く余裕を失っていなかった。


「自分の弟子が痛めつけられた腹いせに、俺を殺しに来たか?」

「あら」


マリアンヌはくすりと笑う。


「魔法を封じても、リリィに倒される三下なんて、殺すに値しないわ」

「・・・じゃあ、何しに来た」


さすがに気を悪くしたのか、ヘクターが警戒するように聞き返す。マリアンヌは、すっと表情を改めた。


「貴方・・・今でも公爵に従うつもり?」

「けっ」


ヘクターは舌打ちを一つ。


「従わないと、俺が殺される。それとも――あんたが助けてくれるのか?」

「助けてあげる代わりに」


マリアンヌは口角を上げる。


「ちょっと、貴方に頼み事があるのよ」

「頼み?何だそれは」


馬鹿馬鹿しい、と思いながらもヘクターは耳を傾ける。


「ええ」


マリアンヌは、あっけらかんと言い放った。


「公爵の不正の証拠を、集めて欲しいのよ」

「はぁ!?馬鹿か?そんな事をしたら――」


驚きに目を見開くヘクターに、マリアンヌは静かに続けた。


「分かっているわ。でも――これは貴方の師、予言の魔女ベアトリクス・アルジェントの汚名を晴らす為でもあるわ」


その一言に、ヘクターの表情が微かに揺れる。


「確かにあの日、ベアトリクスは街を襲った。そしてリリィの魔力暴走によって亡くなったわ」


マリアンヌの言葉にヘクターは耳を傾ける。


「でも、それが公爵の命令だと言う事が証明できれば?証拠があれば?ベアトリクスの汚名が晴らせる一手になるわ」

「だが、あの公爵がそんな決定的な証拠を今でも大事に持ってるとは思えない」


やはり荒唐無稽な話しだと思いヘクターはマリアンヌから視線を逸らし天井を見上げる。


「いいえ、ただ一つ・・・公爵が処分出来ない証拠があるわ」

「は?何だ?それは・・・?」

「”裏切れない契約”禁術よ」

「禁術だと・・・?」

「えぇ、契約書にお互いの魔力を流し込み主従関係で縛り付ける禁術・・・公爵はベアトリクスに無理矢理この契約をさせていたわ・・・そして公爵の裏工作で四賢者になれた・・・」


ヘクターは息をのむ、自分が知らないだけで師はそんな目に会っていただなんて。しかも、政治不干渉が掟の四賢者が、公爵の後ろ盾で四賢者に選出されたなんて。


「だが、その契約書も師匠が死んだ後に処分したんじゃないのか?」

「いいえ、ベアトリクスがファラスに向かう直前、契約書を持ちだして何処かへ隠した・・・私がベアトリクスを止めに入った時にそう彼女は言ったわ」


もし、その契約書がこちらの手に渡れば――ベアトリクスの汚名を晴らすだけでなく、公爵をその爵位から引きずり落とす事だって出来る。


「貴方は表向き、捕まったとして世間に公表させる。そして、秘密裏に契約書を探して貰うわ」


マリアンヌの言葉に、ヘクターはしばし黙り込んだ。静かに目を閉じ、何かを噛み締めるように考え込む。


――リリィに師を殺されたことへの憤りは、確かにある。だが、それ以上に、公爵の理不尽な命令に従い続けたこの日々に、心底うんざりしていたのもまた事実だった。


「・・・仕方ない」


やがて、ヘクターは目を開き、静かに口を開いた。


「ここで裁かれるくらいなら、公爵に一矢報いてやる」


「交渉成立ね」


満足げに笑うと、マリアンヌは指を一つ鳴らした。


パチン、という軽い音と共に、ヘクターを縛っていた拘束魔法が、跡形もなく砕け散った。

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