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第4章 「魂の軌跡」⑥

過去世編、続き。


離れ離れになった巫女のもとへ向かう曄藍。


しかし、大地の異変に気付く……。

 曄藍(ヨウラン)はついに、デューセ国に入る。

 夜の闇に紛れ、大地の精霊の導きに従い、誰にも見咎(みとが)められることなく、ひっそりと国境を越えた。

 国境はやけに静かだった。

 これがロナードとデューセを(また)ぐ国境だったら、そうもいかないだろう。

 きっと大勢の兵士たちが交代で見張りを立て、眠れぬ夜を過ごしているはずだから。


 ここから巫女のいる王都までは、まだ数日はかかる見通しだ。

 巫女は王都にある城が見える邸宅のひとつにいるようだった。

 国境を越えるにあたって、目立たないよう馬を手放したから、ひたすら歩いて向かうしかない。大きな街道にでれば乗り合いの馬車を利用することも出来るだろう。


(どちらにしろ、今夜はしっかりと休んでおくか)


 あと数日で完全に満ちる月が、(いただき)から森と大地を舐めるように照らしている。

 曄藍は寄り添うように生えている二本の(かし)の木の間に身を滑らせると。どっしりとした幹に背中を預け、目を閉じた。

 夜の森は、しっとりとした冷気に包まれていて、眠るには肌寒くらいだった。

 だが大地の熱い脈動が木の幹を通して曄藍の背骨から全身を温めてくれたから、そのまま身を任せ、深い眠りの淵におちていった。



 翌朝。

 ただならぬ異変を感じて、曄藍は目を覚ました。

 太陽の光が森に差し込み、一見穏やかな朝の風景――だが大地の奥底で穿(うが)つ脈動は不規則で、早鐘のように響いている。

 ――こんな事は初めてだ。

 少なくとも、曄藍が生まれてから今に至るまで、こんなに大地が騒ぐことなど一度も無かった。もし大地震がきたとしても、ここまでじゃない。

 どこまでも不気味な脈動が、曄藍の身体の芯を貫いてくる。

 まるで波紋だ……大地が何かに呼応し、感情を持った生き物のように暴れている。


「誰かが魔術を……いや――」


 もし魔術だとしたら、数多(あまた)の魔術師が一斉に術を行使しなければこんな事象は起きないし、そんなことはあり得ない。もしも可能に出来る者がいるとすれば……。


「もし……こんなことが出来るとしたら、それは唯ひとり……!」


 精霊の巫女しかいない!

 それも新たに誕生した巫女ではない。あんなのは、ただのお飾りの巫女だ。

 微笑むだけで空間に光を集めるような、そんな特別さはあの幼い巫女には無かった。

 背筋を冷たい汗が流れていく。

 落ち着け、と自分に言い聞かせ、曄藍(ヨウラン)は両手を大地につけ鉱脈(こうみゃく)に意識を繋げる。

 昨夜しっかり寝たおかげで、身の内の魔力は回復していた。


『鉱脈が――いつもと違う!』


「鉱脈」とは大地の精霊そのものであり、そして精霊の意識の集合体だ。

 いつもなら穏やかに力強く大陸の底に流れている「鉱脈」の奔流(ほんりゅう)が、今は唸りを上げて幾つもの竜巻(たつまき)を生みだしている。

 何かが起ころうとしていた。


 曄藍は自らの意識を竜巻にのせた。

 竜巻は大地の表層へと上昇していく。

 すると大地は(えぐ)られ、突如、地獄の入り口のようなぽっかりとした穴ができる。

 そして曄藍の意識が視たのは――


 甲冑(かっちゅう)を纏い武装した騎馬兵達。戦旗(せんき)が視える。ロナード国のものだ!

 騎馬兵達は吸い込まれるように、突如できた穴へつぎつぎと落ちていく。

 走り出した馬の勢いは簡単には止められない。ある兵は何とか落ちまいと見事に手綱を(さば)くが、後方から走ってきた兵と絡まるようにして落ちていった。

 穴の底で立ち上がる兵達。

 そこへ火弓を()る別の兵団がいた。戦旗は……デューセ国のものだった。

 炎が、人を、大地を焼いていく。

 曄藍は思わず目を逸らした。


『これは、戦争だ!』


 とうとう始ってしまった――!

 どちらが先に仕掛けたのかは分からない。

 けれど誰も止めることは出来なかったのだ。

 

 別の竜巻が表層に上がっていく。

 今度は流れのはやい川が、見えない壁によって()きとめらた。

 その道をデューセ国の兵が駆け抜けていく。対岸では迂回してデューセ国に攻め入ろうとしていたロナード国の兵が、陣形を組んだまま闊歩していた。

 そこへ攻撃を仕掛けるデューセの兵。

 先手を取られたロナードの兵達が、バタバタと倒れていった。

 やがて両者は揉み合うように、斬り合いが始まる。

 どう見ても、この(いくさ)はデューセ国が優勢だった。

 地の利……ではなく、自然さへも操った戦法には叶うはずもない。


『鉱脈よ。オレを……巫女のもとへ連れていってくれ……』


 曄藍は、やっと理解した。

 巫女の言葉、レノア姫の懸念、地図に書かれた印のあった場所。これまでのことを数珠繋(じゅずつな)ぎにすると真実は容易に見えてくる。


(何故気付かなかった……!)


 悔しさよりも、愚かな自分に腹が立った。

 

 ――巫女は、戦争に利用されたのだ!


 鉱脈は曄藍の意識を巫女のもとへ運んだ。

 歌が聴こえる。「精歌(せいか)」だ――

 巫女は歌っていた。光の入らない薄暗い部屋の中で。

 テーブルの上にある地図につけられた印は、今しがた戦場になった場所だ……。


 巫女は祈りをこめて歌っている。

 旋律(せんりつ)に言葉を乗せただけの歌と、「精歌」はまったく別物だ。

 巫女の「精歌」は――「祈り」と「力」だ。

 巫女が歌うとき、それは言葉にはならない響きを放つ。

 風のざわめきや、空間を縫っていく雨の音や、あるいは真冬の氷が弾ける音や、月の光に首をもたげる満月草のわずかな気配のような、不思議な音色がいくつも重なるのだ。

 

 曄藍は、歌に意識を預ける。


 ――大地を掘り下げ、川の流れを止め、風を吹かせて霧を晴らし、雷雲をよんで雨を降らせる。大地が豊かで、精霊の恵みが人々とともにあらんことを、と……。


 巫女の祈りに、巫女の魂を愛してやまない精霊達が(こた)えている。

 戦いに利用されていることなど、露も知らないで……。


 曄藍は意識を肉体に戻した。

 もはや一刻の猶予もない、そう思った。

 樫の木の間から出て立ち上がると、王都に向かって歩き出す。

 

(そう遠くない日、きっと巫女は知ってしまう。戦争があったことを。自分の力が利用されたことを……)


 リュカ共和国の領土は、デューセのものになるだろう。

 そして勝利の立役者の一人として、巫女は(まつ)り上げられるかもしれない。

 あるいは精霊の力を使ったことを隠蔽(いんぺい)するめに、殺される可能性だってある。


(だが――何がどう転んでも、オレのするべきことに変わりはない)


 曄藍はたとえ巫女がどんな過ちを犯そうと、自分の精神がなにひとつブレない事を知っている。

 巫女の身に降りかかるすべての事から、護り抜くこと――。

 もしかしたらその為に自分は今まで、生かされてきたのかもしれない。

 

(どうか、オレが王都に行くまで無事でいてくれ!)


 それまで親友のエルファイスが、少しでも巫女のそばで慰めになってくれることを曄藍は願った。




 

次回。


王都に着いた曄藍。

たくさんの兵達が、巫女のもとへ向かっていた。

そして巫女は、戦争が始っていたことを知り……。


いよいよ、4章のクライマックスです。

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