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第4章 「魂の軌跡」⑤

鉱脈に繋がった曄藍は、意識だけの姿で巫女のもとへいく。


そこで、目にしたのは……。

 ずっと昔から、その輪郭(りんかく)のすべてが愛しかった――


 風に揺れる蜂蜜(はちみつ)色の細くて長い髪。

 紫水晶(アメジスト)のように神秘的に(きら)めく瞳や、その瞳を縁取(ふちど)目蓋(まぶた)、それに……柔らかく膨らんだ唇の先。強く搔き抱いたら壊してしまいそうな肢体(したい)の曲線も……。

 ――もちろん輪郭だけじゃない。

 曄藍(ヨウラン)を呼ぶ声や、寂しがりやな心も、息が苦しくなるほど愛しかった。


 鉱脈(こうみゃく)に導かれた曄藍は、今、愛しい巫女の姿を捉えていた。

 ()えるだけ――たとえ呼びかけても巫女が気付く事はないだろう。


 巫女は、蝋燭(ろうそく)の明かりがあっても仄暗い部屋に、ひとり佇んでいた。


(一体、此処はどこだ?)


 曄藍は目を凝らす。

 だが狭くて暗い部屋に、手がかりになるようなものは何も見当たらなかった。

 花のひとつも無い、殺風景な空間……。

 こんな場所にひとりでいるなんて――巫女の気持ちを想像するだけで、胸の奥が苦くなった。


 誰かが入ってきた。

 お仕着せを纏った若い女――侍女だろうか。

 その女は部屋の中央に唯一備えられているテーブルに、麻ひもで留めた「巻き物」を置くと、お辞儀をして去っていった。

 扉を閉めた瞬間、ガチャリと冷たい音が響く。


(まさか、閉じ込められているのか!)


 例えそれが、外からの侵入に対して巫女を守るためだったとしても酷すぎる。

 これでは監禁とまるで変わらない。


 巫女は巻き物を紐解くと、それをテーブルの上に広げて置いた。

 巻き物の中味は「地図」だった。

 この地形には見覚えがある――これはデューセ国の地図だ。

 気になるのは、地図上に幾つか印がつけられていること。そしてその印が、領土争いをしているデューセとロナードの国境付近にあることだ。


(これを巫女に見せて、どうするつもりだ……)


 はっきり言って、きな臭さしか感じない。

 一方、巫女は少しの間ぼんやりと地図を眺めたあと、力無く項垂(うなだ)れた。

 曄藍よりひと回りも小さな両手で顔を覆い、肩を震わせ、か細くついた呼吸はやがて嗚咽へとかわっていく。


 ――巫女が……泣いている……。


 こんな苦しそうで哀しい巫女の姿を、曄藍は初めて見た。

 いつも自分やエルファイスといるとき巫女は笑っていた。泣いたことなど一度も無い。寂しそうな様子はあったけれど……。

 巫女の濡れた声音が、曄藍の心を大きく揺らす。

 

「わたしに求められたことは、きっと、良くないことな気がする……。だって精霊達が嘆いているもの……。でも、どうしたらいいの――」


 そして絞るように紡いだのは、曄藍の名。


「ねえ、ヨウラン。……もう一度、アナタに会いたい……」


 堪らず、曄藍は腕を伸ばす。

 しかし意識だけの姿では、届くはずもない。


『――巫女、オレは此処にいる! オレが会いにいく!』


 曄藍は目蓋(まぶた)をあけた。

 いつの間にか自分の瞳も涙で濡れていて、夜空の星々の煌めきが、ふやけて見えた。

 手の甲で両の目と頰を、ごしりと拭い、曄藍は勢いよく立ち上がった。

 身の内の魔力は尽き欠けていて、足元はふらついたが反対に思考は冴えている。

 巫女の言葉も、泣き顔も、消えない傷痕のように曄藍のなかに深く刻まれていた。



 この夜――曄藍は置き手紙を残し、神殿から退いた。

 もう二度とここへは帰らない。


 ――自分の居場所は(ただ)ひとつ。愛する巫女のそばだけ。



 曄藍(ヨウラン)は旅路を往く。

 巫女がいるのは、デューセ国だ。そう鉱脈が教えてくれた。

 道筋なんて知らない。旅だってしたことがない。

 けれど、大地が真っ直ぐデューセ国の巫女のもとへ導いてくれる。


 歩き疲れた曄藍は、途中、馬を買った。

 幼い頃にならった乗馬の経験を掘り起こす。思うように走らせるには時間が必要だが、この時ばかりは育ててくれた親に感謝をした。


 新月から三日目の夜。

 空にはようやく、細く膨らんだ月が姿を現した。

 一夜を過ごすことにした山間の川べりで、曄藍(ヨウラン)はふたたび鉱脈と繋がる。

 前回の経験から、己の魔力の限界値がなんとなく掴めた。

 際限(さいげん)があるからこそ、無闇やたらに繋がるのは危険だと思った。


(――慎重に。成すべきことを成すために……)


 曄藍は考えていた。

 これからデューセ国に辿り着き、ただ巫女のそばへ行くだけでは意味が無い。

 あの狭い部屋から救い出し、それから先の未来まで巫女を護っていくために、自分が出来ることを今から準備しておく必要がある。

 けれど、自分ひとりでは力不足だ。


『我が友……風の精霊に愛されたエルファイスのもとへ、導け――』


 巫女がデューセ国にいると知った時、真っ先に頭に浮かんだのは親友であるエルファイスのことだった。

 曄藍にとって、誰よりも頼もしい存在。エルファイスならきっと、巫女のために惜しみなく力を貸してくれるはずだ……。


 鉱脈の奔流から紡がれる金色の帯に、曄藍(ヨウラン)は意識をのせた。


 導かれた先――曄藍はエルファイスを見つける。

 エルファイスは大きなベッドに腰掛け、そばで伏せっている女の手を握りしめている。


(もしかして、レノア姫か……?)


 レノア姫はエルファイスの婚約者だ。

 きっとそうに違いないだろう――あの()は、愛しい者を見つめる()だ。

 病に罹っているのか青白い顔をしたレノア姫は、蝋燭の灯りがつくる翳りの下、エルファイスに向かって懇願する。


「エルファイス様、どうか戦争は起こさないように、父へ……いえ、王へお伝えくださいませ……!」


「わかっているよ、愛しいレノア。安心して……戦争なんて起こらない。このデューセには今「精霊の巫女」がきているんだ。神官長が遣わせてくれたらしい……。これ以上の災害が起こらぬよう、精霊に祈りを捧げてくれている。戦争なんかしなくても、きっとこの国は豊かになるはずだから……」


「本当にそうでしょうか……。嫌な予感がするのです……」


「大丈夫だ。キミが心を痛めて、身体を壊しているから悪いことだけ考えてしまうんだ。さあ、ゆっくりお休み……」


「……はい……」


 エルファイスは、巫女がデューセにいることを知っている。

 しかし……今の会話で、曄藍のなかに引っ掛かりがうまれた。


(戦争を止めて欲しい……とは、デューセの王は戦争に持ち込む気があるということだな)


 リュカ共和国の領土を巡っての争いは、未だ続いているということだ。

 そしてその原因となった災害を払拭するため、巫女が祈りを捧げている……。


(それに気になるのは、神官長が遣わせた……ということだな)


 神殿はわざわざ新たな「精霊の巫女」を据えた。

 それは……巫女がもう神殿に戻る事が無い、ということと同じだ。

 神官長の「精霊の導き」と言った方便の裏に、何かが隠れている気がしてならない。それに神官長は欲深く、「金」の亡者でもある――

  

 何かが起こっている。

 けれど、真実が見えない……。


『巫女のもとへ――!』


 曄藍は、鉱脈の奔流に魔力を注ぐ。

 残されている魔力は、あと僅か。


(一目だけでいいんだ。巫女の姿が見れたら……!)


 巫女は眠っていた。

 テーブルの上には、この前と同じく地図が広げられている。

 地図上の印の数が、以前より増えていた。

 

『もうすぐ行くからな。待っていろよ……』


 眠る巫女に向かって語りかけたと同時に、曄藍の意識は肉体へと戻される。

 曄藍は目蓋を開け、天上に浮かんだ三日月に手を伸ばすと、ぐっと拳を握り誓う。


「会いに行く、必ず! その時は……」


 ――その時は、この手で巫女を抱きしめよう。

 神殿から離れた今、自分達を縛る制約はもう無いのだから……。

 壊さないように優しく抱きしめて、それから……想いを告げよう。

 それが今の曄藍の道標(みちしるべ)であり、希望だった。


読んで頂き有難うございます!


シリアスな展開が続きますが、次回も楽しみにして頂けると嬉しいです。


……ちょっと、

予想以上に書くのに時間がかかってしまい、もしやスランプ?と、内心ハラハラしています、笑

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