尾行を中止しました
しかし…わたしの格好、目立ち過ぎて尾行に向かないのでは?なんたって、メイド服を着た新参者の平たい顔族です。せめて何か荷物でも抱えて、外に用事のあるメイドを演出できれば…あ、ウエンツにきなこの風呂敷包みを忘れた!取りに戻らなきゃだけど、戻ったらオリバーくんを見失っちゃう…!とまごまごしていたら、
「よう、何かしてんだい?」
「わひゃあ!」
うしろから肩をごつい手で叩かれ、あまりに驚いて変な声が出ました。恐る恐る振り返ると、驚いた顔のルカさんがいました。
「す、すまねえ。驚かすつもりはなかったんだが」
「あ、いえ、あの、その」
ルカさんに何て言い訳しようと考えながらも、わたしの視線はついオリバーくんの背中に戻りました。わたしの視線の先を追って、 ルカさんもオリバーくんに気づいたようです。
「オリバーがどうかしたのか?声をかければいいじゃないか」
「えーと、あの…」
「あ?」
(こ、怖い…!)
眼前の強面のしかめっ面の迫力に屈して、わたしはうしろめたい企みを告白してしまいました。
「…というわけです」
「なんだ、そんなことか。あいつはな、…おっと、今のは忘れてくれ」
「何か知ってるんですか?」
「知らん知らん。だけど、今は詮索しないでやってくれ。いずれわかるから」
「はあ、ルカさんがそこまで言うなら…」
「ところで、あんた暇そうだが、暇ならちょっくらうちに来てくれないか?」
「えっ、ナンパのお誘いですか?それはちょっと…。マッチョはタイプじゃないですし、中年男性は年上過ぎるというか、中年特有の粘着質な欲望がキモ…生理的に無理というか…」
「なんで俺が振られたみたいになってんだよ。俺のほうこそ金床は願い下げだ」
「顔面にパフェ投げんぞコラ」
「いいから来てくれ。調理器具について詳しく聞かせて欲しいんだよ」
「む」
調理器具と聞いては無碍にできません。なにせ包丁は切れない(からぶつ切りにするしかない)、まな板がないから不衛生、菜箸が欲しい、計量スプーンがないから粉や水の分量を正しく計れないなどなど、困り事は枚挙に暇がありません。計量スプーンはオリバーくんががんばって作ってくれているのですが、どうしても使い勝手が一本一本異なる一品ものになりがちです。
「でも、ウエンツに忘れ物をしてしまって、取りに行かないと」
「あとでいいだろ。そう長くは時間取らせないからよ」
「うーん…まあそれなら」
きなこはあとで取りに行くことにして、わたしはルカさんについて工房へ向かいました。
ルカさんは扉にかけられた大きな南京錠を開け、工房の内側に開いた扉を手で押さえてわたしを先に通しました。続いてわたしをカウンターに案内し、椅子を引いて着席を促します。レディーファーストとは、ルカさん意外と紳士です。対象外ですけど。
「気の利いた飲み物じゃなくて悪いが」
わたしの前に置かれた木のコップは、透き通る黒い液体が注がれていました。




