年寄りの冷や水
声のした方向を振り向くと、見知った細マッチョがベンチに座って(炭酸水を)一杯やっていました。
「あ、ルカさんだ」
「おう、嬢ちゃんとこのメイドのりぼんさんじゃないか。お前さんも朝風呂かい?」
「はい。恥ずかしながら5分ともちませんでした」
わたしはルカさんの右隣に座りました。
「はっはっは、初めてじゃ仕方ねえわな。上等上等」
ルカさんは豪快に笑い飛ばします。
「むっ。そういうルカさんはどうなんですか。それだけ鍛えた体なら、きっと1時間くらい余裕なんでしょうね」
「俺か?ふっ」
ルカさんは正面を向いたまま、左手を右頬に持ってきてビッと三本の指を立てました。
「3分だ」
「短っ!勝ち誇れる数字じゃないでしょ…」
「あんなの3分以上いたら心臓に悪いに決まってんだろ。覚えとけ、中年男性の体は世界中の誰よりも繊細なんだ。例え思春期の女子よりもな」
「おいルカ、よそ見するな。わしの勇姿をようく見ておけ」
炭酸水がなみなみと注がれたコップを持った強面のおじいさんが、ルカさんの前に立って睨みつけています。周りのお客さんもおじいさんに注目しているようです。
「このじいちゃんがな、一気飲みするって言い張って譲らねえんだ。年なんだから体壊すぞ」
「ふん。お前らはいつもわしを見くびりおって。まだまだ若造に負けるわしじゃないわ」
何をあったんですか?とルカさんに小声で聞きました。どうやらおじいさんはお店の常連さんで、毎日長時間お風呂に入ったあとにここに寄って、必ずコップいっぱいの炭酸水を2杯飲むそうです。体に悪いので皆さん心配しているのですが、今日は3杯目を注文したので、見るに見かねてルカさんがやんわり口を出したところぷんすか怒ってしまい、一気飲みで体の丈夫さを見せつけようとして今に至るのでした。
「いざ行かん!」
おじいさんはコップを一気にあおって飲み干しました。おおーと感嘆の声が上がりましたが、すぐにでっかいげっぷをして座り込んでしまいました。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫…。ありがとな、親切なお嬢さん」
「言わんこっちゃない。悪いことは言わねえから、素直に年を認めようぜ」
「うるさいわい。帰る!」
おじいさんはやせ我慢が隠せない足取りでお店を去りました。これに懲りて無理しないといいのですが…。
「昨日はアンジェリカにお兄さんと呼べと言ってませんでしたっけ?」
「おじさんっては精神的にうしろを向いちまったやつのことを言うんだよ。女のあんたなら、おばさんと呼ばれたくない心理がわかるだろ?」
「わたしまだ若いんでぶっちゃけますけど、立派な痛いおじさんじゃないですかね」
「はん、人の目気にして鉄が叩けるかってんだ、『りぼんおばさん』よ」
「誰がおばさんだゴルァ!」
つい脊髄反射で叫んでしまい、今度はわたしが注目される羽目になってしまいました。こほん、とわざと咳をしてごまかします。
「先日はお世話になりました。なんとか急ぎの仕事を終わらせられました。めっちゃ疲れましたよ…」
ルカさんに玉ぼこ掘りの一部始終を(愚痴を混じえながら)話しました。ルカさんは特におからのパウンドケーキが気になったようです。
「へえ、豆の絞りかすを使ったしょっぱいケーキねえ…。とても美味そうに聞こえないが、あんたの作ったものなら一度試食してみてえな」
「いいですよ。試作品が少し余ってますから、あとでお裾分けします」
「そいつは楽しみだ」
「すこぶる苦労したんですよ。大豆はとにかく皮が固くて、すり鉢で潰すのが大変で…。しばらく作りたくありません…」
「そりゃ難しかっただろうな。すり鉢は砕くための道具じゃないぜ。ものを砕くなら、麺棒か木槌でぶっ叩くんだ。もしくは、…そうだ、このあと時間あるかい?いいもの見せてやるよ」
「今日はまったり過ごすつもりですから大丈夫ですよ。というか、全身筋肉痛で動く気になれないんです」
「オーケー、さっそく店に戻ろうか。その前に…おばちゃん、もう一杯頼むわ」
ルカさんは炭酸水がなみなみと注がれたコップを受け取って、一気にあおりました。
「さ、行こうぜ」




