テルマエ・フロレンティア(前編)
「あいたたた…」
わたしは筋肉痛できしむ体を強靭な意志で動かして、着替えのメイド服を入れた小さな衣装箱を持って銭湯を探しました。市場の反対側とアンジェリカが言った通りなら、この大広場につながる通りです。
おや、煙がもくもく上っている煙突はもしや…あれかしら?それにしては建物が大きい。市役所くらいの広さがあります。
特に看板もなかったので、目の前に立ってやっとわかりました。建物から次々と湯気立つ人が出てゆき、むわっとする湿った熱気が奥から漏れ出ています。銭湯です!
異国の地でお風呂屋さんを見つけた喜びはいかばかりでしょうか。慣れない仕事で背負った疲れは一気に吹き飛び(比喩です)、小走りで入口をくぐりました。
受付のおじさんに話しかけると、ちょっと怪訝な顔をされました。ここではじめて自分が土で汚れたメイド服を着たままだと気づき、野良仕事で汚れたんですと必死に釈明して、マクミラン家のメイドだと言うとやっと信じてもらえました。どうやら厄介事を抱えた人間に見えたようです(間違ってませんが)。
それにしても、マクミランという名前が持つ説得力は確かでした。アンジェリカが(というより支部長さんでしょうが)気を回してメイド服を貸してくれなかったら、 追い出されていたかもしれ…あれ?メイド服じゃなければ冒険者の身分証を出せばよかったのでは?…まあいっか。
受付を済ませて脱衣所に行くと、人妻オーラあふれるナチュラルセクシーな女の人が洗濯物の有無を聞いてきました。恥ずかしくて目線を逸らせて今着ているメイド服の首元をつまんで引っぱると、女の人はにこっと笑って、脱いだらここに入れておいて、夕方に取りにきて、と麻で編んだかごを渡してきました。
いろんな意味でちょっと凹みます。くっ、切り替え、切り替え。
ところが、そこから先は思っていたのとだいぶ違いました。服をかごに入れてお風呂場の扉を開けるとさっきの人妻さんが待っていて、木桶のお湯を少しずつわたしの全身にかけました。かけ湯のサービスでしょうか?
次にコップ一杯の水を渡されて、頭にハテナが浮かびながら飲み干したところで、はいどうぞ、と、半分閉まったシャッターのような木の板を指差さされました。ここをくぐれと?
恐る恐るくぐった先の部屋はほとんど真っ暗で、ところどころに赤く燃える石炭がまとまって積まれており、石炭に熱された蒸気が部屋に満ちています。つまり…サウナという名の蒸し風呂です。
木の壁に開けられたいくつもの小さな穴から漏れる光を頼りに部屋を見渡すと、石炭が詰まった火鉢を囲むベンチに女の人たちが座っているのがわかりました。ベンチの端にはひしゃくを突っ込んだ桶とが置いてあります。
わたしは空いている席に恐る恐る座りました。すると、隣の人がひしゃくで水を火鉢に投げ入れ、熱い蒸気が噴き出しました。マジで手作りのサウナです。
「あなた、ここは初めて?」
隣の人に話しかけられました。親切そうな声のおばさんのようです。顔はさっぱり見えません。




