白く濁ったなにか
翌朝――
わたしはもう何度目なのかわからないため息を吐きました。
「英検準1級かあ…家庭科でいつ英語を使うんだよ…」
「朝っぱらから辛気臭いわね。いい加減に腹を括りなさい。1年もあればたかがCランク程度余裕よ」
わたしが日課で買ってきたチーズをかわいらしい口で、
悠々と紅茶のカップを啜るアンジェリカ
「その自信はどこから来るのかね…。失敗したらわたし無職に真っ逆さまなのに気楽過ぎない?」
「だってわたしに関係ないし」
「ちょ、おま」
アンジェリカはポットを高く持ち上げながら二杯目の紅茶をカップに注ぎます。紅茶から立つ湯気をゆっくりと吸い込み、香りを十分に楽しんでから啜ります。
「で、今日はどうするつもり?わたしはギルドにクエストを探しに行くけど」
「わたしは今後の予定を考えるよ…。行ってらっしゃい」
「昼前に一度戻るわ。昼食はウエンツにしましょう」
アンジェリカはてきぱきと身支度を終えて宿を出て行きました。残ったわたしはメイド服に着替え、食器を乗せたトレーを持って一階に降りました。
「りぼんです。食器をお返しにきまし…」
声をかけながら管理人室のドアをノックすると、部屋の中からガシャンと大きな音が聞こえました。
「ああ、りぼんさん。申し訳ありません、オリバーが粗相をしまして…」
「な…何事ですか?」
ドアを開けてくれたブラウンさんに招かれて恐る恐る部屋に入ると、横に倒れた木桶の前でオリバーくんが尻もちをついているではありませんか。わたしはとっさにトレーをブラウンさんに押しつけて駆け寄りました。
「ど、どうしたの?大丈夫?」
オリバーくんの手足や顔や首をさっと見ましたが、全身が濡れている以外は何ともなさそうです。
「りぼんさんから預かったダイズの桶をキッチンに乗せようとして、手が滑ってしまいまして。申し訳ありません、どうお詫びすればいやら…」
なるほど、床には昨晩水に浸けておいた大豆が投げ出されています。オリバーくんが浴びたのは大豆が浸かっていた水でした。
わたしに気づいたオリバーくんは、たちまち顔が歪んで泣きそうになりました。
「テーブルに置こうと思ったの…。ダイズを無駄にしちゃってごめんなさい…」
「いいよいいよ、怪我もなかったし。大豆は洗えば使えるしね、平気平気」
オリバーくんを怯えさせないように、散らばった大豆を努めて笑顔で集めようと手を伸ばしたとき、オリバーくんのおしりの下で潰れた大豆が水を薄白く濁らせているのに気づきました。
「…これはもしや…」
…うん、そうよりぼん!真実はいつも一つ!
ペロ。
「り、りぼんさん?汚いですよ?」
「濁ったミルクのような色、かすかなとろみ、まろやかだけどほろ苦い味、そして独特のにおい…。これは…豆…乳!」
「トウ…ニュウ?」
「吸水して膨らんだ大豆の絞り汁…つまり、大豆のジュースです。直接飲んでもいいし、ここから様々な加工品を作れます。豆腐のことばかり考えていて、豆乳の可能性が頭になかった…!スゴイ、スゴイです!」
喜びのあまり、オリバーくんの両手を握ってぶんぶん振りました。オリバーくんは状況が飲み込めず、ぽかーんとして涙が引っ込んだようです。
無事だった大豆をかき集めて木桶に戻し、調理器具を探しにオリバーくんにお願いして備品の倉庫に案内してもらいました。本日のお題は豆乳チャレンジに決まりです。




