バランスのよい食べ方 (乳・卵、肉・魚・豆編)
「食事は『五大栄養素』を含む様々な栄養素をバランスよく摂ることが大事です。しかし『バランスよく』はひどく曖昧なアドバイスで、とりあえず野菜を摂っておけばいいとか、伝統的な食事に回帰すればいいとか、体にいいと耳にした食品に飛びつくとか、とかく情報に踊らされがちです。
とは言え、個々の食材の栄養素を調べて組み合わせるのは至難の業です。そこで、大まかな指針となるのが『四群点数法』です。
四群点数法は食材を4つのグループに分けて、カロリーの合計でバランスを取る計算方法です。各食材の 80kcal を1点とし、合計が20点になるように食材を選びます。内訳は第1群、第2群、第3群がそれぞれ3点、第4群が11点です。
食材のグループ分けはこうです」
「第1群は『乳製品』と『卵』です。『体を作る』のに欠かせないミネラルとビタミンB2を摂れます。牛乳ならコップ1杯、卵なら1つで1点です。3点が摂るには、牛乳を2杯と卵1つが目標です。ヨーグルトやチーズでもいいです」
「牛乳を2杯も?私、日本に住んでいたときは毎日朝食にヨーグルトを食べていたけど、それだけじゃ全然足りなかったのかしら」
「特に和食だと牛乳を食事に組み込むのが難しいですからね」
「そうだ、いわしや小魚でもカルシウムは摂れるんでしょ?牛乳の代わりにならないの?」
「小魚で牛乳と同等のカルシウムを摂るとなると、かなり多く食べる必要があります。牛乳やヨーグルトのほうが簡単です。普段飲むコーヒーや紅茶にミルクを入れるのもいいですね」
「私には難しそうだわ…」
「第2群は『肉』『魚』『豆』です。主にたんぱく質とビタミンB1、B2を摂れる、『体を作る』グループです。
ご想像がつくと思いますが、たんぱく質もビタミンも肉が一番含んでいます。肉は体を作るのに欠かせない食材です」
「いずれも見事にフロレンスに欠けている食材だ。しかし、豆が肉や魚と同列だとは意外だな」
「豆は肉や魚に次いでたんぱく質が豊富なんです。ですから第2群に分類されています」
「豆と言えば、りぼん君はダイズという豆を持っていたね。先程のエダマメもダイズだそうだが、ええと、ダイズは何と呼ばれていたのだったかな…」
「『畑の肉』です。大豆は数ある豆の中でも、最も多くのたんぱく質を含んでいるんです。
大豆を同量の食材を比べますと、大豆はレンズ豆の1.5倍のたんぱく質があり、肉と同じ、あるいは肉以上のたんぱく質が含まれています。『畑の肉』と呼ばれる理由です」
「我々は昔からレンズ豆やひよこ豆を貴重な栄養源の一つとして食してきたが、とても肉はとは比べようがなかった。そこにきて肉と同等の栄養がある豆があったとは、どうもピンとこないな。聞いたこともない。
いや、君を疑っているのではないんだ。そんな豆があるなら積極的に栽培しているだろうに、と思ってね」
「大豆も古くからある豆なので、誰も知らなかったということはなかった…と思います。ただ、おそらくですが、ここの土と相性が悪かったのだと推測できます。大豆が育つには、大量の窒素を作り出す根粒菌が必要です。ここの土地に根粒菌がなかったのだろうと思います」
「残念だな…。だとしたら、君の持つダイズは手持ちの量でおしまいなのか?」
「い、いいえ、わたしの大豆は、国を挙げて研究に研究を重ねた末に、土地を問わずに育てられるようになった魔法の大豆なのです」
思いきってはったりをかますと、おおー、と聴衆から感嘆の声が上がりました。
とても女神様から渡されたとは言えません…。言ったらメンヘラ認定待ったなしです。いや、最悪の場合は街からの追放とか、逮捕からの公開処刑で火あぶりにされる可能性も…。うおお、想像するんじゃなかった。
「ダイズは種まきから収穫まで何ヶ月かかるのかね?レンズ豆だと約3、4ヶ月というところだな」
「1日です」
「一月!早いな、季節が変わる前にエダマメを食べられそうだ」
「いえ、1日です。皆さんに試食していただいた枝豆も、今朝に植えたばかりの大豆です」
「なに?1日だと?まさか、食料問題が明日にでも好転するのかね?」
どうやら、一度興味を持った支部長さんはめっちゃグイグイくる人みたいです。机に身体を乗り出す勢いの圧に押されて、思わずのけぞってしまいました。
「い、いえ、成長は早いんですが、発芽率が全然低いんです。せいぜい多くて4人分の加工食品を作れる程度の量しか収穫できません。今は、わたしとアンジェリカと、お世話になっているブルーベル荘の大家さん親子2人の分で食べ尽くしてしまう量です」
支部長さんはわかりやすいくらいにがっくりと肩を落として着席しました。
「ダメなのか…。肉不足による栄養不足を一気に解決し、輸出品にもできると思ったのだが…」
「…あ、そう言えば日本も最近まで…と言っても5,60年ほど前までですが、肉は滅多に食べられず、肉の代わりのたんぱく源ははるか大昔から魚と大豆でした」
なにしろ縄文時代からすでに大豆が栽培されていたようで、大豆の痕跡を残した土器が発見されています。ダイズ土器と呼ぶそうです。
「興味深い。君の国とフロレンスは似ているところがあるな。しかし、魚があるなら問題なかったのだろう?」
「残念ながら、答えはノーです。大豆が『畑の肉』と呼ばれているのは確かですが、肉に取って代わる食材ではないんです。
大豆などの植物に含まれる植物性たんぱく質と、肉に含まれる動物性たんぱく質の性質には効果の違いがあります」
「上手い話はないものだな。結局肉は必要か…」
「はい。日本では、ある時期から肉が庶民でも食べられるようになり、動物性たんぱく質の摂取量が増えたおかげで寿命が大きく伸びたと言われています。できれば肉、魚、豆を偏りなく摂るのが望ましいです」
ある時期とは、太平洋戦争後です。現在では世界一となった平均寿命も、戦死がなくなったこと、食料事情が改善したこと、医療が発達したこと、など多くの要因がありますが、乳製品や卵や肉といった動物性たんぱく質の摂取量が増えたからだと言われています。
ここに和食の落とし穴があります。和食は魚と大豆で両方のたんぱく質を摂れますが、魚に含まれる動物性たんぱく質は吸収率が低いのです。歴史的に和食は動物性たんぱく質に欠けており、野菜も果物も満足に食べられないため、結果として日本人は慢性的に栄養不足でした。
和食は油に頼らない料理ですし、肉料理も少なく低カロリーなのでヘルシーだと言われます。しかし、しょうゆをはじめとする調味料は塩分が多く、第1群の乳製品と卵が少ないためにミネラルに不足し、肉が少ないために亜鉛やビタミンB群に不足し、主食である白米は胚芽に含まれる栄養素が全部引っこ抜かれていて、白米のお供の漬物も生野菜よりビタミンCが減ってしまいます(漬物の栄養価が上がるのは、ぬか漬けなど昔ながらの方法で発酵させた場合です。ただし、発酵させた漬物はクセが強いので、好きになれない人が多いと思います)。健康的な食事をしているつもりが栄養不足を招く可能性を否定できません。
「ダイズが『畑の肉』と呼ばれていると聞いて、どうやら万能の食材を期待していたようだ。街の経営はそうそう都合よくいくまい。
しかし、希望は見えたよ。努力次第で発芽率を高められるかもしれない。毎日の食事に取り入れられれば、栄養不足はかなり改善しそうだ」
「すみません、言いにくいですが…もう一つ問題があります」
「まだあるのか。ううむ、今度は何だね?」
「大豆には表皮が固いという厄介な特徴があるんです。平たく言えば、大豆は固くて食べにくいんです。もちろん煮れば柔らかくなりますけど、下ごしらえとして水に浸けるだけでも早くて4時間、普通は一晩かかります。それから約1時間火にかけると柔らかく仕上がります」
「一般家庭には敬遠されそうだな。レンズ豆なら数十分でゆで上がるのと比べたら、面倒くせえったらねえな。ニホン人ってのは呑気そうに見えて、本当は毎日飯を作るのに忙しいんじゃねえのか」
「…実際は真逆なんですけど、今は置いといて…実は、大豆を丸ごと食べる料理って意外と少ないんです。日本では専門の業者が食べやすく加工した食品を買うのが一般的です。大豆の加工品は山ほどあるんですよ」
「なるほどな。で、どんな加工品があるんだ?」
「まあ待て、フランツ君。ダイズについては機会を改めて説明してもらおう」
「では、次に進みます」




