大人が黒とは限らない
この街のパンは日本のパンと全然違い、ぎっしり目が詰まってて噛みごたえがあります。ずっしりとして重く、片手に野菜のバッグを持ち、片手でパンを抱え、肩で息をしながら待ち合わせ場所のフランツさんのお店…ウエンツ・エイジド・コーヒーハウス、以降略してウエンツに向かいました。
アンジェリカはすでにウエンツの前に来ていました。あ、アンジュルムのカバーがダメージのある布に変わっています。わたしに気づくと、アンジュルムをさっと背中に隠しました。
「遅かったじゃない」
「ちょっと荷物が重くて…でも、たいして遅れてないよ?」
「十分遅いわよ。さ、入りましょう」
アンジェリカはさっそくお店に入って席を取りに行きました。ずいぶんご機嫌のようです。
昼間のウエンツに入って意外に思ったのは、ランチどきなのにあまり席が埋まっていないことでした。来る途中で通りがかった店はピーク時特有の賑わいを見せていたのに、ウエンツのお客さんは落ち着いています。客層を見ても食欲旺盛な男性はまばらで、多くのお客さんは時間に余裕がありそうでした。
わたしたちが奥のテーブルについて間もなくウエイトレスさんがやって来ました。まずは飲み物を頼んで、飲みながらメニューを選ぶのがこの店の流れだそうです。
「いらっしゃいませ。お嬢様はいつものメニューでよろしいですか?」
「いいえ、今日は『いつもの』ブラックはやめておくわ。牛乳入りが飲みたい気分なの。カフェラテを2つお願い。いいわよね、りぼん?」
「ははー、ご協力感謝します」
これで今日の牛乳の摂取量が約100cc。チーズも含めて、一日に摂取したい乳製品の量が半分を超えます。摂らないカフェインより摂るミルク。いい調子です。
「いつものブラック…ですか?ブラックはお好みでなかったように記憶しておりますが…」
「あ、あら、あなたの勘違いじゃない?わたしはいつもブラック、ブラックよ。でも今後はそこのりぼんの勧めでし・か・た・な・くカフェラテにしてあげるの。ここは牛乳を煮沸消毒してるから安心して飲めるわ」
カマーベストに蝶ネクタイをばっちり決めたウエイトレスさんは苦笑していました。アンジェリカは堂々としていますが、どこかばつが悪そうです。ピンときて吹き出してしまいました。
「な、なにがおかしいのよ」
「大丈夫、大丈夫。ブラックが飲めなくたって恥ずかしくないって」
「の、飲めなくなんかないわ!今日はただ胃の調子が悪いだけよ!」
ウエイトレスさんが子供を見る目で微笑みました。
「お嬢様、ご心配なく。誰も気にされませんよ。当店の一番人気はカフェラテですから」
「え?そ、そうなの?」
「はい。ほどよい苦味を牛乳のコクと一緒に楽しめるカフェラテはどなたにもお勧めできるメニューです。お若い方からお年を召した方まで、特に若い女性に人気ですよ」
「ほら、何も恥ずかしくないって。自分で思うほど周りは気にしないもんだよ」
「だってお父様が…ええそうよ、わたしはブラックが飲めないわよ。牛乳が入ってるんだからカフェラテで文句ないでしょ!」
「ごめんごめん、カフェラテ2つでお願いします」
かしこまりました、と丁重に礼をして、ウエイトレスさんは何事もなかったように厨房に戻りました。
アンジェリカも何事もなかったように話を変えました。気持ちの切り替えの早さだけは尊敬します。
「ふふん、見て驚きなさい。これが新・アンジュルムよ」
ででーんと効果音が鳴りそうな感じで、アンジェリカは食品成分表改めアンジュルムをテーブルに置きました。ドヤ顔と呼ぶのにふさわしい顔です。




