酔いどれ夫人のチーズ(後編)
「地産の葡萄酒を何度も表面に塗り込んで発酵させたチーズだ。素手で触ったら一日臭いが取れないぜ」
う◯こがべったり手のひらに…と想像してしまいぞっとしました。
「な、なるほど…酔っ払った奥さんがゲ◯った臭いに似てるから『酔いどれ夫人のチーズ』か…」
「いやいや、変なこと言わないでくれ。酔いどれってのは貴族の旦那の方でな、聞くところによれば毎日遅くまで飲めや騒げやの暮らしぶりだったんだそうだ。ある日、酔っ払った旦那が奥さんお気に入りのティーカップを壊しちまってよ。ついにキレた奥さんが葡萄酒を旦那のチーズ保管庫にぶちまけたのよ。毎日毎日、屋敷中の葡萄酒という葡萄酒をチーズに浴びせてな」
「どこの国でも奥さんをキレさせたら怖いんだなあ…」
「ところがだ。さすがに旦那も懲りて…と思いきや、毎日毎日チーズについた葡萄酒を舐めたんだと」
「どこの国でも旦那さんは斜め上を行くんだなあ…」
「とうとう葡萄酒の保管庫が空になると、旦那は葡萄酒の染み込んだチーズを食べた。それが存外美味かったってんで、農民に作らせるようになったのが始まりだって話さ。ただ、体中臭過ぎて奥さんも屋敷の使用人も逃げちまったっておまけもついてくるけどな」
「そりゃ逃げるわ…。アンジェリカめ…」
「ん?アンジェリカって…マクミラン様んとこのお嬢様かい?」
「たぶんそのアンジェリカです。ギルドの支部長さんが伯父の」
ヘンリーさんは一瞬何かを考えました。
「お姉さん、お嬢様を怒らせでもしたのかい?」
「え?別に何もないですけど」
「はっはっは、お姉さん、お嬢様に一杯食わされたな。あの人はときどきやるんだよ、こういういたずら」
アンジェリカの器ちっさ…。
「で、チーズの分量はいくらだ?二人分かい?」
「い、いえ、一人分だけお願いします」
「あいよ。ところでお姉さん、お嬢様とどういう関係なんだい?」
簡単に自己紹介をして、アンジェリカの食事の世話を支部長さんに任されたことを話しました。
「へー、大変だろ。うちのチーズは買ってくれるけどよ、お嬢様は食が細えからなあ」
「いえ実際その通りで…。肉はだめ、好き嫌いも多いし、どうしたらいいか困ってるんですよ」
「気苦労が多そうだねえ」
ヘンリーさんは苦笑しました。




