↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/11

第八話 コーヒーは砂糖が必須

 修吾と会う約束の為、バイトを終えた拓真が自宅近くのカフェに着く。

 すると、修吾はもう店の前で待っていた。


「拓真、お疲れ」


 修吾はコートのポケットに片手を突っ込んだまま、もう片方の手を挙げる。

 仕事帰りなのか、コートの下からはスーツが覗いていた。


「ごめん、待たせた?」


「いや、今来たところだよ。このカフェ、前から一回入ってみたかったんだよね。拓真の家からも近いしさ」


 ドアを開けると、小さなベルがからんと鳴った。

 店内には柔らかい照明と、焙煎されたコーヒーの香りが満ちている。

 拓真一人では、まず入ろうとも思わない店だった。


「いらっしゃいませ。二名様ですね、お好きな席へどうぞ」


 店員の言葉に、拓真は思わず後ろを振り返った。

 そこには、物珍しそうに店内を見回すガウルが立っている。

 当然、三人目として数えられることはない。


「なに見てんだよ」


「いや、なんでも……」


 窓際のテーブル席に拓真たちは座る。

 そしてガウルは、拓真の隣の空席にどかりと腰を下ろした。

 しばらくして、店員が二人分の水を運んできた。


「お決まりになったら、お呼びください」


「あ、ホットコーヒーを二つで……! 拓真もそれでよかった?」


「ああ、いいよ」


「かしこまりました」


 そう言って去っていく店員を見て、ガウルはすかさず呼び止めようとする。


「おい! 俺の注文……!」


 そんなガウルを見て、拓真は吹き出しそうになるのを堪えて水を口に含んだ。

 やはりガウルの姿は、拓真以外の誰にも見えていないのだ。


「ん? 拓真、何笑ってんの?」


「な、なんでもないよ」


 修吾にそう聞かれて、なんとか拓真は誤魔化した。

 やがて、二人の前にホットコーヒーが運ばれてきた。

 ガウルは苛々しながら拓真のコーヒーを覗き込んでいる。


「アストラにもあったぜ、コーヒー。って、砂糖入れねえの?」


 ガウルの言葉に耳を貸さず、拓真はカップを持ち上げた。


「おい砂糖入れろ! 苦いのは無理なんだよ! 聞いてんのか拓真ぁ!!」


「だから俺が甘いの無理なんだって……我慢してくれよ」


「え? 何が無理なの?」


「あ、いや、熱くて……」


 慌てて誤魔化すと、修吾は「猫舌だっけ?」と首を傾げた。


 しばらくは、他愛のない話が続いた。

 修吾の職場の話や、最近観たという映画の話。

 拓真は相槌を打ちながら、修吾の顔を眺めていた。

 ほんの数日前まで、この時間がこんなにも穏やかなものだとは思わなかった。

 そして、その横でガウルは口を押さえて項垂れていた。


「そういえば今日、バイトで先輩を助けたんだ」


 気づけば、拓真の口からそんな言葉が零れていた。

 段ボールが崩れてきたこと。それを、とっさに受け止めたこと。

 話し終えると、修吾は目を丸くしてから、ふっと笑った。


「ほら。やっぱり拓真はすごいじゃん」


「すごくないよ。たまたまだって」


「たまたまで身体は動かないよ。僕、ずっと言ってるでしょ」


 拓真の横でガウルが「ふん」と鼻を鳴らした。


 それから修吾は、カップを置いて拓真に向き直った。


「それでさ。帰る話、どうなったの?」


 きた、と拓真は思った。

 ここに来るまでの間、ずっとその答えを考えていた。


「それなんだけど……もう少しだけ、こっちにいることにしたんだ」


「え、本当?」


「ああ。まだ、ちゃんと決めたわけじゃないけど」


 本当の理由は言えなかった。

 頭に星が落ちてきて、宇宙人が身体の中にいて、地球が狙われている――。

 そんな話を、誰が信じるだろう。


「そっか」


 修吾は、心の底から嬉しそうに笑った。


「よかった。正直、ちょっと寂しかったんだよね」


 その笑顔に、拓真の胸がちくりと痛んだ。

 本当の理由を隠したまま喜ばせてしまったことが、後ろめたかった。


「……でもさ」


 修吾が、拓真の顔をじっと覗き込む。


「拓真、なんか顔つき変わったよね」


「えっ?」


 心臓が跳ねた。

 その横で、ガウルがわずかに目を細める。


「な、何が? どう変わった?」


「うーん、なんだろ。この前の電話のときより、声に覇気があるっていうか」


「そ、そうかな……」


「ははっ。でも、なんとなくって感じだから」


 修吾はそう言って笑い、コーヒーに口をつけた。

 拓真は、曖昧に笑い返すことしかできなかった。


「そういえば、あの神社の猫」


 不意に、修吾がそう口にする。


「いなくなっちゃったかな。……あんな事件があった後だし」


 一瞬だけ、カップを持つ拓真の手が止まった。

 答えに詰まり、あの朝の感触が蘇る。


「……わからない。ただ、無事だといいけどね」


「そうだよね。まあ、それじゃそろそろ時間だし行こっか」


 修吾はそれ以上何も聞かなかった。

 そして会計を済ませて、店を出る直前。

 また修吾が、口を開いた。


「あのさ、拓真。小学校のとき、僕が最初に話しかけたの覚えてる?」


 拓真は足を止めて、小さく頷く。


「……覚えてるよ。休み時間、俺が一人で図鑑読んでたら話しかけてきて」


「そうそう。星の図鑑ね」


 修吾は懐かしそうに目を細めた。


「それが、どうかしたのか?」


「いや、なんとなく懐かしいなって思って。年末って昔のこと考えたくなるんだよね」


 修吾が笑いながら、店のドアを押し開ける。

 ベルの音と一緒に、冷たい夜風が二人の頬を撫でた。


「拓真、途中まで送るよ。僕もそっちから帰れるし」


 修吾と並んで、拓真の自宅へと続く商店街を歩き出した。

 その時だった。

 人波の向こうから、一人の少女が歩いてくるのが見えた。

 拓真と同じくらいの歳だろうか。

 すれ違う人々には目もくれず、少女はまっすぐに――拓真だけを見つめて、こちらへ近づいてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。