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第五話 銀河星衛軍

 ガウルの一撃を浴びた化け物の身体が吹き飛び、石畳を転がる。

 すぐに体勢を立て直して飛びかかってくるが、そのときにはもう拓真の身体は化け物の背後に回り込んでいた。

 拳を、肘を、膝を。息つく暇もなく打ち込んでいく。


 化け物の動きが、目に見えて鈍った。

 追い詰められているのは、もう拓真ではない。


「ち……地球人ごときに……」


 化け物が、とうとう膝をつく。

 肩で荒く息をして、もう立ち上がる力も残っていないように見えた。


「終わりだ」


 ガウルが、拳を振り上げる。

 その瞬間、ふっと身体が重くなった。

 舌打ちとともに、ガウルの気配が身体から抜け落ちる。


「なっ……!?」


 振り上げた拳の重さが、そして指の感覚までもが一気に拓真のもとへ戻ってきた。

 ガウルは拓真の横で、片膝をついて息を切らせていた。


 目の前で、化け物がうずくまっている。

 もうボロボロになってはいるが、その顔は完全に拓真が戯れてきたあの猫のままだ。


「くっ……」


 拳が、動かなかった。


「や、やれ! 早く!」


 ようやく立ち上がったガウルが叫ぶ。


「もたもたすんな!」


 拓真にも、それはわかっていた。わかっているのに、腕が言うことを聞かない。

 身体の主導権は今、拓真にある。

 拓真が動かない限り、ガウルにはどうすることもできない。

 そして、その一瞬の迷いを化け物は見逃さなかった。


「死ねぇ……!」


 立ち上がりざま、爪が拓真の喉元へ一直線に伸びる。

 しかし考えるより先に、拓真の身体は動いていた。

 迎え撃った拳が、化け物の胸を正面から打ち抜く。

 鈍い感触が、拳から肩まで駆け上がった。


「ば、かな……」


 それは、生きようとする身体が選択した一撃だった。

 化け物は仰向けに倒れると、光の粒のような塵となってゆっくりと空へ昇っていく。

 まるで、宇宙へ還っていくかのように。


 拓真は、その光を黙って見上げていた。

 拳には、まだ感触が残っている。

 柔らかく、温かく、確かに生きていたものを打ち抜いた感触が。


 そして緊張の糸が切れたかのように、膝から力が抜けた。

 力を酷使した反動が、一気に全身へ押し寄せる。

 視界が端から黒く塗りつぶされていく。


「おい、しっかりしろ――」

 

 ガウルの声が、ひどく遠くに聞こえた。




 ――目を開けると、見慣れた天井があった。

 そこは、拓真の部屋だった。


「え、あれ……」


 呟いた拓真の耳に、点けっぱなしのテレビの音が流れ込んでくる。


「先日、都内の神社で男性の遺体が発見されました。遺体には獣に襲われたような傷があり、警察は六月から続く一連の不審死との関連を――」


 画面に映っていたのは、見覚えのある鳥居だった。


「ここって!?」


 跳ね起きようとした瞬間、全身に激痛が走る。

 身体中の筋肉が、悲鳴を上げている。

 指一本動かすだけでも、表情が歪むほどに。

 ベッドの脇で呻く拓真の枕元に、影が落ちる。

 ガウルが立っていた。

 昨日と同じ、鋭い目つき。拓真を見下ろす顔には、何の表情も浮かんでいない。


「おい、起きろ」


「ま、待ってくれって……いてて」


 ガウルは床にどかりと腰を下ろした。


「またお前をここまで運んでやったんだ。感謝しろ」


「運んだって……俺の身体で?」


「他に誰がいんだよ」


「……そんなこと言われても、何が何だか」


「だから、その話を今からしてやるっつってんだ」


 ガウルは面倒くさそうに頭を掻いた。


「もう分かってるかもしれねえが、俺はアストラって星から来たんだよ」


「ア、アストラ……?」


 宇宙人。

 拓真の頭をよぎったのは、その言葉だった。

 だが、そんなことをすぐに信じられるわけもない。


「ちょ、ちょっと待って。それって、宇宙人……ってこと?」


「お前らから見りゃ、そうなるな」


「いや、そうなるなって……」


 ガウルは拓真の顔を見て、深いため息をついた。


「ちっ……そうだった。地球の連中は、他の星に人が住んでることすら知らねえんだったな。いいか、そもそも地球ってのは他の星と比べて文明が――」


「わかった、わかったって! もう頭の中ぐちゃぐちゃだから……!」


「ったく。じゃあ順番に話してやる。よく聞けよ」


「……ああ」


 ガウルは腕を組み、天井を見上げた。


「あのクソ猫も言ってただろ。アストラは、もうねえんだ」


「な、ない……って?」


「滅ぼされたんだよ」


 拓真は、言葉の意味をすぐには呑み込めなかった。


「ほ、滅ぼされたって……誰かがやったってことだよな?」


「ああ。銀河星衛軍――宇宙の秩序を乱す星を、片っ端からぶっ壊して回ってる連中だ」


「ぎ、ぎんが……せいえいぐん?」


「あのクソ猫もその一人だ。見た目に騙されんな。あいつらは姿なんかどうにでもする」


 拓真の脳裏に、毎晩餌を食べていた猫の姿がよぎる。

 あの小さな背中の向こうで、ずっと何かが息を潜めていたというのだろうか。


「……なんで、アストラは壊されたんだよ」


「穢れが溜まったから、だとよ」


「けがれ?」


「あいつらの理屈だ。今は覚えなくていい」


 ガウルは吐き捨てるように言った。

 その横顔に、拓真はそれ以上踏み込めなかった。


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