↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/10

第四話 ガウル

 化け物が、ピタリと動きを止めた。

 ただ何も言わず、拓真を凝視する。

 金色の目が細められて、それは毎晩の様にここで出会っていた猫と同じ目だった。


「地球人にしては、中々良い勘だ」


 しかし違うのは、人の言葉を喋ること。

 小さな口から、ざらついた低い声が漏れる。


「だが、二度は無い」


 次の瞬間、化け物は身を低くして拓真へと襲い掛かった。


「うわああっ!」


 拓真は必死に後ずさる。

 反撃なんて、考えることすらできなかった。

 殴り合いの喧嘩ひとつしたことのない拓真に、できるのは逃げることだけだ。


 すると背中が冷たいものにぶつかった。

 境内の隅の古びた石灯籠だった。

 いつのまにか、ここまで追い詰められていた。

 それを見た男が、拓真に声を荒げる。


「バカが! 横に抜けろ!」


 そう言われて踏み出した拓真の足が、浮き上がった石畳の縁に引っかかる。


「あ……」


 視界がグルリと回った。

 背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出される。

 咳き込みながら顔を上げると、化け物がゆっくりと、本当にゆっくりと歩み寄ってくるところだった。

 逃げ場を失った獲物を、味わうような足取りで。


「尋常じゃない速さを見せたかと思えば、なんだそれは?」


 そして喉元に、ひやりとした爪の先が触れる。

 不思議と、拓真は抵抗しなかった。

 

 胸の奥から浮かんできたのは「死にたくない」という感情ではなかった。

 もっと静かで、もっと乾いた感情。

 もういいや、という諦めだった。


 拓真は、何かを変えたくてこの街に出てきた。

 しかし、何をやっても怒鳴られて何をやっても上手くいかなかった。

 毎朝、目が覚めるたびに身体は重く、それでも起きて、また同じ一日を繰り返す。

 実家に帰ることだって、考えなかったわけではない。

 だが、そんな拓真の前にはもう一つ、選ぼうとしていた未来があった。

 

 それは――この命を手放す、ということ。

 今の拓真は、これで全て終わりにできるのならそれでいいと思っていた。

 これ以上、疲れたくなかったのだ。

 そして、そっと目を閉じる。


「諦めてんじゃねえ!」


 男の怒号が、拓真の脳内に響く。


「目を開けろ! バカ野郎が!」


 その言葉を聞いて、我に返ったかのように目を開ける拓真。

 拓真の顔を、大きく丸い目で覗き込んでいる化け物の姿がもう近くにあった。


「うっ……」


 恐怖が拓真を呑み込んだ。

 全身の血が、凍りつく。指先が震える。歯の根が合わない。

 心臓が、耳元で暴れているかのように鳴っている。

 

 ――しかし、気づけば拓真は化け物と即座に距離を取っていた。

 さっきまでそこにいた化け物とは、距離が遠くなっていた。

 拓真はその隙に、呼吸を正す。


「い、生きてる……」


 そして拓真は、隣に立つ男に視線を送る。

 この男が拓真に声をかけたおかげで、拓真は死なずに済んだのだ。


「あの……ありが」


 お礼を伝えようとすると、男は首を横に振った。


「勘違いすんな」


 男は、鋭い目で拓真を睨みつけた。


「お前が死んだら俺も死ぬ。困るんだよ」


 吐き捨てるように言って、男は拓真の正面に回り込む。


「力を分けてやる」


「え?」


「今のお前じゃ、無理だって話だ」


 問い返すより早く、男の身体が拓真に重なった。

 まるで、拓真の中に溶け込むように。男の姿は、輪郭からほどけて消えていった。


「その代わり、一瞬借りるぜ。お前の身体を」


 瞬間、拓真を中心に風が巻き起こった。

 境内の落ち葉が一斉に舞い上がり、木々の枝がざわめく。

 拓真の髪が逆立ち、その瞳から怯えの色が消えていた。


「よう。星衛軍のクソ猫」


 拓真の口が、勝手に動いた。

 自分の声なのに、自分の言葉ではない。

 拓真は、身体の奥から外の景色を眺めているような、奇妙な感覚に包まれていた。

 そして化け物もまた、一瞬で変わった拓真の雰囲気に警戒心を覚えていた。


「……何? なぜ星衛軍の名を」


「手違いでこの地球人の中に魂が入っちまったアストラ人の、ガウルだ」


 拓真の身体を借りた男が、ジリジリと距離を詰めていく。


「ガ、ガウル!? 我が同胞を何人も殺めたというあの……!?」


「てめえらに復讐するこの時を、どれだけ待ち侘びたか……」


 ガウル、アストラ。聞き覚えのない言葉ばかりだった。

 拓真には、何がなんだかわからなかった。

 目の前で交わされる会話の意味が、何ひとつ頭に入ってこない。


「しかしアストラはもう消滅したはず……どうやって免れた!?」


「どうでもいいだろ。てめえはここで死ぬ」


 化け物は低く唸り、それから口の端を歪めた。


「ふざけるな。死ぬのは貴様だっ!」


 化け物の姿が、再びブレる。

 だが今度は、拓真の目にもしっかりと見えた。

 地面を蹴る後ろ脚の筋肉の動き。爪の角度。踏み込みの深さ。さっきまで影にしか見えなかったものが、手に取るようにはっきりと見える。


「さっきも伝えたぞ……二度は無いと!」


「そりゃ少し違うな」


 拓真の身体が、半歩だけ横にずれた。

 爪が空を切る。化け物の目が、驚愕に見開かれた。


「今は『俺』が相手だ。二度目じゃねえ」


 がら空きになった化け物の脇腹に、拳が叩き込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。