1-4①
エリシュカは一瞬動きを止めたあと、大きく目を見開いたままオルダとルカへ視線を向けた。オルダは腕を組んで相変わらずの顰め面で、ルカは小さく肩を竦めるだけだ。マテスは面白そうに口の端を上げ、それ以上何も言わない。エリシュカは後ろに立つカーヤを見ることができずに、その場で呆然と立ち尽くした。
「はあ。マテス、リシュカをからかうのもその辺にしておきなよ」
呆れたような声が、エリシュカより頭一つ分高い位置から降ってきた。男にしては高く、女にしては低い落ち着きのある声に、エリシュカの肩がビクリと跳ねた。
「リシュカ、一緒に馬に乗ってて気付かなかった?」
ルカがふっと笑みを浮かべ、エリシュカとカーヤを交互に見比べる。
「俺たちの話も耳に入ってなかった様子だからな。馬に乗るだけで必死だったんだろう」
オルダが腕を組んだまま一人納得したように頷いた。それぞれの反応を訝しげな顔で眺めたエリシュカは、眉を寄せてカーヤを振り返る。
「ごめんね、リシュカ。馬上で驚くと危ないし、自然に分かると思って何も言わなかったんだけど」
申し訳なさそうな表情でエリシュカを見下ろしたカーヤが、頬を掻きながら視線を逸らした。
「私は、女なんだ」
「えっ?」
目を皿のようにしたエリシュカは、カーヤの頭から足の先まで何度も視線を往復させた。どう見ても、誰もが恋い焦がれてしまいそうな騎士だ。まるで物語の中に出てきそうな、世の女性の理想を体現したかのような――そこまで考えてはたとして気づく。物語に出てくるような女性の理想そのままの男性騎士なんて実際にいるのだろうか。
慌ててルカとマテスに視線を向けた。どちらかと言えば細身で馬上から弓を射る役目のマテスも、見るからにモテそうな印象のルカも、カーヤのように中性的とは言えない。筋肉質なオルダは当然比べるまでもないのだが。役者や芸術家でもない、騎士のカーヤが中性的な見た目だなんておかしな話だったのだ。
「まあ、詳しい話は二人でしなよ。俺はもう眠くて力が出ない」
「お前はいつだって力仕事はしないだろう」
大きく欠伸をしながら目を擦るマテスに、腕を組んだオルダが眉を顰めて答えた。やれやれといった様子で肩を竦めたルカが、カーヤとエリシュカに目配せする。
「マテスもこう言ってることだし、宿に戻ろう」
「いいかな? リシュカ」
ルカに続いたカーヤが、どことなく気まずそうな表情でエリシュカを見下ろした。
「ええ、もちろん」
エリシュカはなんでもない風を装ったが、そわそわと落ち着かない気分だ。なぜ女のカーヤが男の形で騎士をしているのか、それを本人に聞いていいものなのか。二人きりの部屋でどうしたらいいのか分からず、途方に暮れていた。
旅の汚れを落とし、寝支度を整えたエリシュカは、寝台に腰を降ろして視線を彷徨わせた。二人の使ったタライの水を、窓から宿の中庭に向かって捨てるカーヤの背中を盗み見る。寝間着で髪を一つにまとめた彼女は、なるほど確かにたおやかな女性だ。男のような略装に身を包んでいるときとは随分印象が違う。
「お待たせ、リシュカ」
振り返ったカーヤに、エリシュカの頬がぽっと染まる。出会った時と同じ笑顔のはずなのだが、まるで別人のようだ。
「私が女だって聞いて、おかしなやつだって思った?」
エリシュカはカーヤの顔を見ながら、数回瞬きをした。ちょっとの間考えて、言葉を選ぶようにして答えた。
「いいえ……正直に言えば驚いたわ。でも、おかしいなんて思わなかった」
「よかった」
ホッとしたような表情で息を吐いたカーヤは、肩を落として口を開いた。
「私の本当の名前は、カロリーナ。騎士の格好をしてるときはカレル・チェルマークって、男名でとおしてるんだ」
「そう」
エリシュカは貴族の常識をあまり知らないが、確かに女の騎士を見かけたことはない。けれどカーヤが騎士なら、女でも騎士になれるのかも知れないと思ったのだが。
「我が家は昔から騎士の家系なんだ。子供の頃から兄たちと一緒に剣の訓練をしてた」
一旦言葉を切ったカーヤは、遠くを見つめるように目を細めた。
「だけど、女の騎士なんていないから」
カーヤは視線を落とし、苦い笑みを浮かべた。
「男の形をしてないと、騎士を名乗ることすらできない」
エリシュカはどんな言葉をかけるべきか思い浮かばず、ただ眉を下げてカーヤを見つめた。
「そんな私をルカが仲間にしてくれたんだ。騎士の役割を与えて、今の仲間と共に行動することを認めてくれた。まあ、正確に言うと騎士じゃなくて、騎士見習いなんだけどね」
カーヤの笑顔がどこか寂しそうに見えるが、エリシュカにはどうしたいいのかがわからない。けれど、一つだけ。
「でも、盗賊から助けてくれたときのカーヤは、本物の騎士様みたいだったわ。その後私のことを介抱してくれたときも、馬に乗せてくれたのも。私はとっても素敵な騎士様だと思ったわ」
カーヤは目を皿のようにしてエリシュカを見つめたあと、ぱっと明るい笑みを浮かべた。
「そうかな。ふふっ。リシュカがそう言ってくれるなら、騎士見習いをやっててよかった」
屈託のないその笑みに、エリシュカはようやく身体の力が抜けたような気がした。彼らが親切なのはわかるが、出会ったばかりの者たちだ。心の底から信用していいのか、ずっと自問自答していた。けれど、カーヤの柔らかな笑みに、悪意や嘘はないように思える。チェルマーク家が騎士の家系かどうかは、知識のないエリシュカにはわからないのだが。
そんなことを考えながら布団に潜り込んだエリシュカは、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
翌日からの相乗りは、大分気持ちの余裕が持てるようになった。四人はエリシュカに合わせてゆったり馬を進めているし、女性のカーヤに変に気を使う必要もない。
「皆は旧くからの友人なの?」
エリシュカはカーヤを見上げたあと、三人を順に見比べた。
「僕とカーヤは幼馴染みたいなもんかな。家同志の付き合いがあるから」
ルカが人当たりのいい笑みを浮かべて答えた。
「こいつらのことは昔から知ってるが、共に行動するようになったのは数年前からだ」
「僕はオルダのちょっと前だったかな」
相変わらず顰め面のオルダは、それが常のようだ。あまり印象に残らない容姿のマテスは、オルダと真逆にいつも軽快な笑みを浮かべている。
「私、一応貴族だけど色々知らないことが多くて。皆の家名を聞いてもきっとわからないわ。ごめんなさい」
顔を見合わせた四人は、それぞれ何かを考えるような表情を浮かべた。
「そのお陰で私は気が楽になったけどね」
片目を瞑ったカーヤが、口の端を上げた。
「俺の家は剣士の家系だが、家名で俺自身の何かが変わるわけでもない」
「オルダは見るからに筋肉バカの剣士だから名乗る意味もないんじゃない? 僕は見てのとおり非力な弓使いのマテスさ」
「おい、筋肉バカとは誰のことだ」
「まさか自覚がないとか言わないよね? いや、返事をしたってことは自覚ありだよな」
むっとしたようにマテスを睨んだオルダに、苦笑を浮かべたルカが割って入る。
「二人とも、そこまでだ。それぞれ得手不得手があってもいいだろ」
「まあね」
「そうだな。……いや、ルカ。その言い方だとまるで俺が頭を使えないみたいじゃないか」
「いや、そういうつもりじゃないって。参ったな」
頭を掻きながら困ったように笑うルカに、エリシュカは思わず声を立てて笑った。
「リシュカ、なんだか怪しく見えるかもしれないけど、安心して欲しい。目的地へ向かう途中に僕の家に寄るから」
「ルカの家?」
「そう。両親が滞在してるから紹介するよ。それなら君も僕らと旅することの不安が少しは減るだろう?」
「でも、突然私が訪ねてルカのご両親は驚かないかしら」
ふっと柔らかな笑みを浮かべたルカは、躊躇う様子もなく口を開いた。
「大丈夫だよ。僕ら四人はよく会ってるし、旅の仲間が一人増えたくらいどうってことない」
他の三人に視線を巡らせると、カーヤは柔和な笑み浮かべている。オルダは厳しい顔で頷き、マテスはへらりと笑っていた。
「それならお言葉に甘えるわ」
「うん、そうして。あと数日で着くから、そうしたら一旦休んでまた旅を続けよう」
「ええ、ありがとう」
それからの道程も順調に進み、四人とも大分打ち解けて話ができるようになってきたころ。夕日の沈みかけた時間にルカの生家に辿り着いた。




