↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/79

5-6①

 クリーマ家の邸を訪れると、少し前に戻ったばかりのアダムが出迎えた。エリシュカは顔を出すわけにはいかないので、門の外でカーヤと待っていたのだが。マテスがどう言いくるめたのかはわからないが、呼び出すことに成功したようだ。


 アダムは躊躇う様子を見せたが、マテスと何かを話してしばらくすると、馬車に乗って出てきた。門から少し離れた場所にエリシュカがいるのを見て、納得したように頷いた。もっと渋るかと思っていたのだが、意外なことに随分協力的だ。朝のエリシュカとのやり取りで、思うところがあったのかもしれない。


 この時期普通の貴族は領地にいるので、ヴァーツラフは不在だ。アダムはいつもエリシュカの誕生日を祝うのを口実にして、テレシエと会うために王都に来ている。いつもは領地に帰ればいいと思っていたが、今度ばかりは助かった。


 ヴラノヴァーの邸へ通じる道の石の門は、ルカの名前で何の咎めもなくすんなり通ることができた。パヴェルの馬車でヒヤヒヤしながら潜り抜けたのが嘘のようだ。一応マントのフードで顔は隠していたが、特に探られるようなこともなかった。


 ヴラノヴァーの邸が見えてくると、アダムの馬車にカーヤとエリシュカが乗り込んだ。他の三人は少し離れたところで様子を見守ることになっている。どうなることかと緊張していたのだが、邸の門番は何の疑いも持たずに、三人を乗せた馬車を招き入れた。


 出入り口のノッカーを鳴らす前に、カーヤが素早くエリシュカを連れて植え込みに身を隠した。予め教えていたとおりの道順で、朝抜け出した厨房へ続く裏口を目指す。ここまで来れば誰かに見つかってもいいような気もするのが、一応ルツィエの元まで送り届けてくれることになっていた。


「ねえ、カーヤ」

「なに?」

「帰りはどうするの? またアダムの馬車に忍び込むの?」


 振り返ったカーヤは、ふっと笑みを浮かべて「どうかな?」と答えた。どうやらまともな方法で帰るわけではなさそうだ。エリシュカがいなければ、邸に戻るのもアダムの協力は必要なかったのかも知れない。とは言え、またテレシエに会えると分かったアダムは、満更でもなさそうだったのでまあいいかと思うことにした。


「あそこでいいの?」


 カーヤが指さした先には、エリシュカが朝抜け出してきた厨房の扉が見えた。頷いて返すと、カーヤが一人で植え込みから顔を出した。そのとき、キイと音を鳴らして扉が開いた。そこから現れたのは、ルツィエだ。


「ルツィエっ!」


 思わずエリシュカが呼びかけると、カーヤがぎょっとしたような顔をした。エリシュカに向かって手を挙げかけるが、思い直したように引っ込めた。持っていた籠を落としたルツィエは、両手を口に当てながらその場に座り込んだ。


「お、お、お嬢様っ!」


 駆け寄って直ぐ側にしゃがみ込んだエリシュカに向かって、ルツィエが震える手を伸ばした。そっとその手を握ると、ルツィエはほっとしたように肩の力を抜いた。


「心配かけてごめんなさい。パヴェルにもお礼を言わなくちゃ」

「ええ、そうですね。あの人も、気にかけてますよ。あら……でもエリシュカ様、生まれ故郷へ洗礼に行かれたんじゃなかったんですか?」

「ああ、それが……」


 エリシュカが話を続けようとしたところで、後ろからカーヤが「リシュカ」と小さく声を掛けてきた。「あっ」と声を上げたエリシュカは、カーヤを振り向き苦笑いを浮かべた。こんなところで話し込んでいては、変に思われるだろう。しかもカーヤを待たせたままだ。


「そちらの殿方は一体?」


 目を瞬いたルツィエは、カーヤの姿を上から下まで眺め後にエリシュカに視線を戻した。エリシュカは慌てて「話は後で」と答えて、カーヤに目配せを送る。頷いたカーヤが「またくるよ」と囁くと、植え込みの陰を伝って邸の塀に向かっていった。


 チチッと鳥の鳴き声のような音を出すと、素早く近くの樹を登っていく。あっという間に塀と同じ高さまで辿り着くと、危なげなくその上に飛び移る。下へ向かって何か合図をしたかと思うと、するりと塀の向こうに消えて行った。叫び声を上げそうになったルツィエの口を慌てて塞ぎ、二人で顔を見合わせる。


「ねえ、とにかく邸の中へ戻りましょう」

「ええ、そういたしましょう。ちょっと前に厨房も一区切りついて、皆休んでるところですからね。ちょうどいいときにお帰りになりましたよ」


 エリシュカはほっと胸を撫で下ろし、野菜くずを捨てたルツィエと共にそっと厨房の裏口から邸の中へ戻ることにした。


 アダムが二回目の訪問をしたせいで、邸の中は慌ただしくなっている。おかげでルツィエに簡単に事情を話してから、誰にも気付かれずに部屋にたどり着けた。すんなり部屋に戻ったエリシュカは、服を着替えて身支度を整えるとほっと息を吐く。そのまま何事もなく夕食も済ませて、ようやく人心地つくことができた。


 しばらくソファで休んでいると、部屋の扉を控えめに叩く音がする。ルツィエがきたのかと思ったが、それならいつもは声を掛けてくるはずだ。しんと静まり返った扉を眺めて、首を傾げた。「どなた?」と訝しげに声を掛ければ「テレシエです」と、か細い声が返ってきた。


「どうしたの?」


 義妹が部屋を訪ねてきたのは初めてだ。躊躇いつつも迎え入れると、両手を胸の前で組んだテレシエが、おずおずと部屋の中へ足を踏み入れた。


「あの、お姉様。お姉様は本当にアダムのことは……」


 眉を寄せたエリシュカは、はあと大きなため息を吐いた。今更こんなことを聞かれるとは、思いもよらなかった。


「今まで見ていてわかるのではない? あなたとの睦まじい様子を散々見てきたのよ。婚約を喜ばしく思ったことは、ただの一度もないわ」

「……ごめんなさい」


 蚊の鳴くような声で返したテレシエは、そのまま俯き黙り込んだ。一体何をしに来たのかとその姿をしばらく眺めていると、やがて意を決したように顔を上げた。


 「あのっ、私、今朝お姉様に言われてから考えたの。この指輪の他にも何かできることはないかって。それで、アダムと二人で話したのだけど」


 エリシュカがチラリと薬指の指輪へ視線を送ると、テレシエはゴクリと喉を鳴らした。


「アダムもヴァーツラフ様が何をしてるのか探ってみるって。私も何かできれば協力したいの」


 エリシュカは目を瞬いてから、考えを巡らせた。ヴァーツラフを探るなら、マテスだけよりアダムの協力があったほうがいいはずだ。室内を自由に移動できるし、何かを探っていても邸の者に怪しまれることもないだろう。明日にでもルカに相談しなければ、そう考えて「そうね」と頷いた。


「テレシエはそのまま指輪をして、私が邸に居るように振る舞ってくれればいいわ。あとはアダムと連絡を取るのを手伝って貰えれば十分よ」

「わかったわ」


 満足げに頷いたテレシエが出ていくのを見送りながら、エリシュカはなんだか不思議な気分になった。今までまともに話したことすら無かったのが、こんなことがきっかけで機会に恵まれなんて。とは言え、姉妹らしくなれるかと言えばそれもない。けれど友人にすらなれるはずもなく、なんだかおかしな関係だ。


 それでも、この死に戻りから抜け出すために力を借りることができるなら、何だってしようと思っている。もう誰かが死ぬのを見るのは嫌なのだ。当然エリシュカだって死にたくはない。


 ふと明日以降どうやってルカたちと連絡を取り合うのか、何も話さず別れてしまったことに思い至って肩を落とした。部屋の中を行ったり来たりしていても、何もいい案は浮かばない。部屋の真ん中で大きなため息を吐いたところで、窓の方からコツンと何かがぶつかる様な音が響いてきた。


 肩を跳ね上げたリシュカは、探るように窓を振り返った。分厚いカーテンの向こうは見えるはずもなく、恐る恐る歩み寄る。ごくりと喉を鳴らし、思い切ってカーテンを横に引くと、そこには何も無かった。


 強張っていた身体の力が抜けて、その場へ座り込みそうになったそのとき。目の前の樹の枝がガサリと揺れて、暗がりの中に人の姿が薄っすらと浮かび上がる。思わす叫び声をあげそうになり、慌てて両手で口をふさいだ。それからすぐに窓を開け、外に向かって身を乗り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。