5-5②
「リシュカはもうマテスを信じられるのか?」
目を瞬いたエリシュカは、マテスの顔を眺めてから唸り声を上げた。マテスは口をへの字にするが、何も言わずに軽く肩をすくめた。
「一度目の旅のとき、殺された日の夜にどこかへ行くマテスを見たわ。他の皆は同じ部屋に集まって、魔女とか洗礼の話をしてた。皆には記憶もないのに、こんな話をしても仕方ないかも知れないけど……それから私はずっと不安で」
言葉を切ったエリシュカは、あなたたちを疑っていたのだという言葉を飲み込んだ。背中にふわりと温かなものを感じて、すぐ隣を見上げた。眉を下げたカーヤが、そっとエリシュカの背を擦る。
「俺が同じ立場なら、すぐにマテスを捕まえるだろうし、部屋に踏み込んで問い詰めるところだな」
「僕ならそっと盗み聞きするね」
「オルダとマテスみたなことをリシュカができるわけないじゃない。私は気持ちがわかるよ」
「疑いたくなるのも無理はない。だけど、今後のことを考えるなら今のうちにわだかまりはなくしたほうがいい。思ったことは正直に話してくれないか。可能な限り全部答えるよ」
ルカに真剣な表情で見つめられて、エリシュカは落ち着かない気分で視線を彷徨わせた。正直に言えば、今はもう三人のことは信じられる。ただ、マテスのことだけはまだ少しだけ不安だ。けれど、エリシュカを助けようとしてくれていたことも、嘘とは思えずいまだによく分からない。
「マテスが一人で行動するのは……情報屋だから?」
一瞬黙り込んだマテスは、「そう言えば隼のことを知ってるんだっけ」と頷いてから続けた。
「そうだよ。そもそもこの依頼を受ける前から、僕はずっとそうさ」
「隼は誰とやり取りをしてるの?」
目を瞬いたマテスは、すぐに渋い顔をした。前回は答えてくれなかったが、今回はどうだろうか。探るように見つめていると、頭を掻きながらため息を吐いた。
「まず隼は、コウカル家のものだ。家族それぞれが自分の隼を持ってる。互いに子供の頃から世話をして、すっかり慣らしてあるんだ。と言っても、皆が情報屋をやってるわけじゃない。僕以外は、伝達役として表の仕事だけやってる。それでも、飛ばす先を教えることはできないよ。これはコウカル家全員が同じ答えだ。信頼に関わることだからな」
マテスは少しの間を置いてから、諦めたような表情でさらに続けた。
「これを教えないから信用しないって言われるなら仕方ない。僕はそういう役回りだから」
どこか寂しげに見えるのは、気のせいだろうか。いつもあっけらかんとしているマテスが、ちょっとだけらしくないように見えた。
「ねえ。前回のマテスは、何をしてたのかしら」
マテスは目を瞬いた後に、顎に手を当てて考え込んだ。小さく唸り声を上げた後に、「そうだな」と呟いてからゆっくり言葉を続けた。
「リシュカが死に戻る期限が迫ってた。けど、まだ黒幕がはっきりしない。監視役の人間がいるはずだと思ってたなら、そこから探ろうとしたんじゃないかな」
「どうしてルカにも相談せずに、たった一人で?」
ぐっとうめき声を上げたマテスが、決まり悪そうにそっぽを向いた。首を傾げたエリシュカは、他の三人を順に見比べた。オルダは相変わらず腕を組んで眉間にシワを作っている。カーヤは苦笑いを浮かべて肩をすくめ、ルカは言いにくそうに視線を彷徨わせた。何も答えないマテスを見て、ルカが代わりに口を開いた。
「情報屋ってそういうものだよ。家の人間や自分の伝手を使うならまあ、あるだろうけど。いくら仲間でもそういう手の内を全て見せるわけにはいかないんだ。なあ、マテス?」
「まあね」
「それで下手を打ったなら、言い訳するのもみっともないな」
オルダの言葉に、いつもなら言い返しそうなマテスが黙っている。拗ねているように見えて、その目はどこか真剣だ。もしかしたら、覚えてもいない自分の失態のことを考えているのかも知れない。
「わかった。みんなが私の死に戻りを信じてくれたように、私も……みんなを信じるわ」
四人がそれぞれに頷き、ほっとしたような空気が流れた。少しの間を置いて、マテスが頬を掻きながらポツリと口を開いた。
「まあ、今回の依頼については、既にちょっと探りは入れてるんだってことくらいは言えるよ」
「何かおかしなことでもあったのか?」
オルダが眉を顰めて、隣りに座るマテスを見下ろす。
「僕は、ルカから頼まれて毎回依頼人については調べてるんだ。今回はなんとなくおかしい気がしてさ。表向きの依頼人が、魔女の末裔を保護する狙いが全くわからない」
マテスの言葉に深く頷いたルカが、続きを引き取った。
「リシュカも既に知ってるみたいだけど。イェリーネク家は、失われた魔法や歴史を探求する秘密結社を持ってる。そして、星詠みだ」
確認するように視線を向けてきたルカに、エリシュカは頷いて返した。
「魔女に関わることにも他の家より敏感なんだけど。そんな我が家であってすら、リシュカを保護する理由に心当たりがなかった。なのになぜ、全く関わりのない者から依頼があったのか。それを調べるためにマテスには動いて貰ってたんだ」
「今のところ大したことは分かってない。けど、依頼人とヴァーツラフ・クリーマ殿との繋がりを調べることに的を絞れば、そう長くかけずにわかることがあると思うぜ」
口の端を上げたマテスは、すぐに何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。警戒するようにエリシュカの方を見ると、「無茶はしない」と頷いた。
「もう死に戻りはできない。今回が最後よ。今度こそ、絶対みんなで六の月の六の日を無事に超えましょう」
エリシュカの言葉に、全員が真剣な面持ちで頷いた。
始めは自分が死ぬのが怖かった。四人を信じることもできなかった。けれど、積み重ねた時間が彼らを失いたくない人へと変えてしまった。
母を亡くしてから、自分の大切な人はルツィエとパヴェルだけだと思っていたのに。エリシュカが思っていたよりも、外の世界はずっと広かった。その世界でこの四人と出会えたことは、幸運なことだっただろう。それをもたらしたのがヴァーツラフ・クリーマなのだと思うと、心底喜んでいいのかはわからないけれど。
「それじゃあ、一旦リシュカを送り届けることにしよう」
そう言って立ち上がったルカを見上げ、エリシュカは眉を寄せた。
「どうして? 私ならもう帰らなくても」
「じゃあ、どこへ行くつもりなんだ?」
そう言われて、はたとして気付く。確かにもう旅をする必要はない。魔女の洗礼は終えたし、ヴラノヴァーの領地へ行っても新しくわかることはないだろう。それでも、邸にまた帰るのも気が重い。
考え込んだエリシュカを見ながら、ルカが眉を下げて口を開いた。
「せっかく抜け出したのに、また戻るなんてって思うかも知れないけど。邸で大人しく過ごしてると思わせたほうが、あちらも油断するかもしれない。それに、ずっと邸に籠ってろなんて言ってないよ」
エリシュカが怪訝な表情を浮かべると、ルカは「協力してもらうって言っただろう?」と笑みを浮かべた。そう言えば、できることはなんでもすると返事をしたのだったと思い出す。エリシュカが神妙な顔で「わかった」と返事をすると、ルカはほっとしたように頷いた。
邸に帰ると決めたのはいいが、こっそり出てきた手前どうやって戻るべきか。エリシュカが頭を悩ませていると、ルカが思案げに口を開いた。
「抜け出すときは、使用人の馬車に隠れてたんだよな?」
「ええ、そうよ」
「ヴラノヴァー家の邸へ繋がる街の門を通るのは、僕がいれば問題ないけど。その後どうやって中に入るかだな」
「クリーマ家の息子でも使ったら?」
マテスの言葉に全員が顔を見合わせて立ち上がった。イェリーネクの本邸にエリシュカの馬を預けると、一行はそのままクリーマ家へ向かった。




