5-5①
部屋の中に重い沈黙が流れ、押し黙ったままそれぞれが考え込んでいる。大まかに今までのことを話し終えたエリシュカは、大きく息を吐いた。
「マテスはなんだって俺達を裏切るなんて言ったんだ? 魔女の力を得るためだと? お前がそんなことを望むとは到底思えんな」
オルダが眉を寄せて口火を切り、唸り声を上げた。
「僕もそう思うな。マテスはそういうものより、自分の持ってるものを使って相手をやり込めるのが好きだろう?」
「私も同じだね。大体マテスって、ルカのことが大好きじゃない。私やオルダだけなら分かるけど、ルカを裏切るなんてありえないよ」
照れくさそうにそっぽを向いていたマテスが、カーヤの一言にぎょっとしたような顔をした。
「カーヤ、大好きとか誤解されそうなこと言わないでくれよ。僕は……まあ、感謝はしてる」
口を尖らせたマテスに、カーヤはくすくすと笑いを漏らした。エリシュカは今回も言えなかったマテスの言葉を思い出す。
『ルカは、そろそろ思い知ったほうがいい』
あの言葉は本心なのか、それとも――。
「リシュカ。僕はどうして力が欲しいなんて言ったんだ。なにか君を納得させるような理由を言ったんだろ?」
まるで頭の中を覗き込まれたかのように、マテスの鋭い言葉が投げかけられた。ぐっと息を詰まらせたエリシュカは、青ざめた顔で俯いた。
「ふん、なるほどね。そうだな……例えば、ルカの足を引っ張ってやろうとかそんなとこかな」
顔を上げた瞬間、口の端を上げたマテスを見て、しまったと思うがもう遅い。またしてもマテスにいいように答えを引き出されてしまった。
「そうか。リシュカは僕に気を使って、マテスのその言葉を言わなかったんだ」
納得したように頷いたルカが、エリシュカに向かって柔らかな笑みを浮かべた。エリシュカは唇を噛み、渋々頷いた。
「なるほど、マテスなら言いそうなことだな」とオルダが納得したように何度も首を縦に振った。少しだけムッとしたような表情を浮かべたマテスは、すぐに口を尖らせてそっぽを向いた。
エリシュカは恐る恐る四人の顔を見比べるが、全員がまるで何も気にしていないかのような態度だ。これを話せば、彼らの仲にヒビが入るのではないかと思っていた。けれど、全くそんなことはないようだ。
一度目の旅で見つけた、森の中のブルーベリーが脳裏を掠めた。大小さまざま実を噛んだときの、不均等な甘酸っぱさが蘇る。
あのとき彼らをどこか歪な仲間たちだと思っていた。けれど、実際はどうだろう。一人ひとりが少しの歪みを抱えていたのは確かだ。五度の死に戻りで出会う中で、願わずとも見てきた。けれどそれは、一度に口の中に放り込んで味わってしまえば、酷く調和の取れたひとつの味なのかも知れない。
ほうっと息を吐いたエリシュカは、恨みがましい顔で軽くマテスを睨んだ。
「私、死に戻ったら絶対マテスに聞かなくちゃって思ってた」
「うん?」
他所を向いていたマテスがエリシュカに向き直り、不思議そうな顔をした。
「どうしてみんなを、ルカを裏切れって言ったくせに、その後一人で死んじゃったのよっ。私を助けるような置き手紙までして」
後をつけたあの夜のマテスを思い出し、エリシュカの目にじわりと涙が滲んできた。
「私に向かって後悔するなよって言い残しておいてっ」
そうして次の日には真っ白な顔で、物言わぬ姿になっていたのだ。
「あのときも言ったけど。後悔なんて、しないわけないじゃないっ!」
胸の奥にくすぶっていたもやもやを、マテスに向かって思い切り吐き出した。怒りとも悲しみともつかぬ表情を浮かべたエリシュカに、四人は目を丸くしてから眉を下げた。一瞬後に頬を掻いたマテスが、決まり悪そうに視線を彷徨わせた。
「そう言われても、それは今の僕じゃないし。……だけど、そうか。うん、なんか、ごめん」
理不尽なエリシュカの訴えに、小さくなったマテスは所在なさげに身体を揺らした。その姿がなんだか少しおかしくなって、笑いたいのに涙が溢れた。腹の底に溜まっていた澱を吐き出すように、大きく息を吐く。ぼやけた視界に白いものが映り、顔を上げるとカーヤが手巾を差し出していた。
「ありがとう」と言いながら不格好な笑みを浮かべ、勝手に流れてくる雫を何度も拭う。躊躇いがちに添えられたカーヤの手が、ゆっくりエリシュカの背を撫でた。その途端、そこから伝わる仄かな熱で、身体の芯がぽっと温かくなる。
しばらく涙を拭っていると、ようやく気分が落ち着いてきた。その間誰も口を開くことなく、部屋の中はどこか優しい空気が流れる。
「待たせてしまってごめんなさい。続きを話さなきゃ」
切り替えるように口を開いたエリシュカに、全員が真剣な面持ちで頷いた。
「まずは、今までの話をまとめようか」
「俺には何がなんだかよくわからん」
頭を掻き混ぜたオルダに、ルカが頷き全員の顔を見回した。
「きっかけは魔女の末裔……リシュカの保護の依頼が入ったことだ。知ってのとおり、詳しいことは僕らにもわからない。ただ危険が迫っているから保護すること。後で伝えられる日時と場所に、無事に送り届けること。それまでの間、何事もなく過ごせるように守ること。これが条件だ」
全員が頷いたことを確認すると、ルカが再び口を開いた。
「神父の話が本当だとするなら、依頼主の狙いは目的の日までリシュカを監視したかったんだろうな」
「六の月の六の日に目的を果たすためには、洗礼の旅を終えて無事にいてもらわないと困るわけだ」
マテスが顎に手を当てて顔を顰めた。
「つまり私たちは都合よく使われてたってことだね」
カーヤが眉を下げてため息を吐く。するとオルダが唸り声を上げて、怪訝そうな顔をした。
「だが、リシュカは追尾の指輪をしてたんだろう? 監視役がなぜ必要なんだ」
「オルダ、さっき僕が言っただろう? 洗礼の旅を無事に終えなきゃならないからだよ。それまでの間になにかあったら困るじゃないか。例えば……ほら、今回だって盗賊がいたしな。僕らが依頼を受けてなかったら、リシュカが普通に旅に出て大変なことになってただろうね」
肩をすくめたマテスの言葉に、エリシュカの背中がゾクリとする。二度目の旅――つまり、三度目の人生で盗賊からホンザを庇ったときに、同じことを考えた。もし彼らが来なければ、エリシュカは無事には済まなかっただろう。指輪を外して上手く一人で王都を抜け出し、誰にも気付かれぬまま旅立っていたら。きっと死に戻りは失敗に終わっていた。
「もうリシュカの洗礼は必要ないのか?」
オルダの言葉にエリシュカは首を横に振った。
「それは一番最初の旅で終えたみたい。だからもう湖に行く必要はないわ」
全員が頷くと、少ししてからルカがマテスに問いかけた。
「リシュカに会ったことは報告したのか?」
「いいや。いきなり広場であんなことがあったし、おかしいと思ったからまだ何も報せてない」
マテスに視線を送ったオルダが、「勘だけはいいからな」と深く頷く。
「リシュカが死に戻る前に僕らが出した結論は、ヴァーツラフ・クリーマ殿が怪しいってことか。マテスはその線で追えるか?」
「任せとけって。端から疑うべきものが分かってれば、そこまで難しくはないぜ」
その言葉にエリシュカは息を呑み、「ちょっと待って!」と声を上げた。マテスが驚いたように目を見開き、ルカは少し不機嫌そうな表情を浮かべた。
「マテス、危ないことはやめてっ。お願い」
「うわああ、待った待った! そういう言い方はなんか誤解を招くから止めて欲しいんだけどっ」
チラチラとルカを見ながら仰け反ったマテスが、額の汗を手の甲で拭う。エリシュカはむっとしたような表情で、「だって」と言葉を濁した。
「あはは。まあまあ、ルカもそんな怖い顔しないで。マテスが死んだところを見たなら、リシュカが心配なのもわかるよ。だからさ、マテス。今度は無茶しないってここで誓ってよ。私だって仲間が死ぬところなんて見たくないからね」
肩をすくめたカーヤに、マテスは「死んだって言うなよ」とブツブツ文句を言った。それから全員を見比べて、「約束するよ」と真剣な面持ちで頷いた。エリシュカがほっと胸を撫で下ろすと、マテスが恨みがましそうな顔をする。
「……とにかく、マテスは一人で動かず無理をしないこと。それから、リシュカは……婚約者殿のことはいいのか?」
気遣うように尋ねてきたルカに、迷うことなく首を横に振った。
「さっきも話したとおり、指輪は追尾のアーティファクトだったのよ。婚約者ですらなかった。それも今は義妹のテレシエが代わりに着けてくれてるし、何の問題もないわ」
「わかった。それなら、リシュカにも必要なときは協力してもらうことになるけど、いいかな?」
「もちろん。私自身のことなんだから、できることはなんでもする」
しっかり頷いたルカは、少しの間を置いてから口を開いた。




