5-4②
マテスが戻るまでの間、エリシュカは馬に乗る感覚を取り戻そうと周辺を歩かせた。エリシュカの身体は元のとおりに戻っていても、馬との息は前回の続きのように合っている。三人に感心した顔で見守れているのが、なんだか居た堪れない気分になった。早くマテスが戻ってこないかと王都への道を振り向くと、ちょうどそちらから馬に乗った複数の人間がやってくるのが見えた。
「マテスたちかしら?」
エリシュカの言葉に、他の三人も同じ方へ視線を向けて頷いた。
「ああ、そうだな」
「これで私たちも王都に帰れるね」
「後始末は警備隊に任せよう」
頷き合った三人は、自分たちの馬に跨りマテスと警備隊を出迎えた。「おーい」と軽い調子で手を振りながらやってきたマテスに、皆で顔を見合わせて笑い声を立てた。
五人は偶然商人の馬車が襲われたところに出くわしたことにして、詳しい事情は聞かれることなく解放された。一人で馬に跨るエリシュカを見て、警備隊の者たちが目を丸くする。しかしイェリーネク家の名前が効いたのか、特に何も言われることはなかった。
来たときよりもゆったりとした足並みで、五人は馬に乗って王都へ向かった。王都に入るときには少しだけ緊張したが、やはりルカのおかげで全員すんなり門をくぐり抜けた。再びに賑やかな広場に戻ってきた一行は、馬を引いていつも彼らが集まる宿へいくことになった。
宿屋の一室は、いつも誰にも聞かれたくない話をするときに使っているそうだ。主人も心得ているらしく、ルカが一言声を掛けると俯き加減で五人を見送った。ルカに続いて階段を上ると、一番奥の他の部屋とは少し離れた扉に辿り着く。かすかに軋む音を立てて開いた扉の奥は、思いの外広い部屋だった。
「はあ、やっとゆっくりできるぜ」
「マテスは二往復したからね。お疲れ様」
「まあ、これくらいどうってことないけど」
ルカの言葉にマテスは少しだけ得意げな顔をした。「どうってことない割には大げさだな」と呆れたように言うオルダの言葉は聞こえなかった振りで、三人掛けのソファにドサリとふんぞり返る。
エリシュカはふと、マテスの後を追った夜のことを思い出した。
『なんでも自分が正しいと思ってるルカは、そろそろ思い知ったほうがいい』
あの言葉は本心だったのだろうか。今のマテスを見ていると、とてもそうとは思えない。けれど、マテスと過ごした時間はたった四ヶ月だ。エリシュカにとって、彼らを身近に思うには十分な長さだが、全てを知るには短かすぎる。しかも、今まで誰かと深く関わったことがないのだ。婚約者のアダムですらまともに話したこともなかったのだから、人を見る目に自信はない。
「リシュカ、慣れない乗馬で疲れたでしょう? 大きいソファはマテスがさっさと占領しちゃったけど、こっちが空いてるから一緒に座ろう」
カーヤに促されて、マテスの向かいに設えられた二人掛けのソファに腰を下ろした。オルダにどかされたマテスは、仕方なさそうに一部を譲って唇を尖らせている。ルカは、小さなテーブルを囲んでコの字になるように置かれた、一人掛けのソファにゆっくり腰掛けた。きっとエリシュカを除いたこの並びが、彼らの定位置なのだろう。
「さて、それじゃあ情報の擦り合わせからいこうか」
ルカの言葉に他の面々が真剣な面持ちで頷いた。
「まずはマテス」
「ああ。特に新しい情報はないぜ」
そう言ってから、チラとエリシュカを見て、すぐにルカに視線を戻した。
「……リシュカはもう僕らが受けてる依頼のことを知ってるんだな?」
「ええ。イェリーネク家が秘密結社だってことも、星詠だってことも前回までにルカから聞いてるわ」
「そう」
考え込むようにして黙り込んだルカは、マテスに向かって口を開いた。
「警備隊を呼びに戻ったとき、リシュカのことを報告したのか?」
「いいや、してない。まずは状況を見てからだと思ったから」
この言葉を信用していいのかわからないが、口にするわけにもいかない。エリシュカはまだ迷っているのだ。前回のマテスはなぜあんなこと言ったのか。自分に疑惑が向くようなことを言った癖に、なぜエリシュカを守るような手紙を残したのか。そんな気持ちを見透かしたように、マテスがふんと鼻を鳴らした。
「僕ってもしかして、信用されてない?」
ビクリと肩が揺れて、エリシュカは視線を彷徨わせた。こんな反応を返してしまっては、そうだと言っているようなものだ。焦れば焦るほどどう答えていいのか分からず、口をもごもご動かしてから、何も言えずに唇を結んだ。
「ふうん。前回の僕は、一体何をしたんだろうな」
探るような目を向けられ、思わず喉を鳴らす。皆の顔をまともに見ることもできずに、俯きかけたそのとき。パンと手を叩く音で部屋の空気が変わる。
「マテス、そこまでだ。そんな風に追い詰めたら、何も答えられないだろ」
呆れたような表情を浮かべたルカがマテスを窘めた。いつものような軽い調子に戻ったマテスは、両手を頭の後ろで組んで「まあね」と面白くなさそうに返事をした。
迷うようにマテスとルカを見比べたエリシュカは、眉を下げて拳を握りしめた。
「前に何を言われたか知らんが、マテスはいつも怪しいやつだ。誰だって疑いたくなるから気にすることはない」
「お、オルダっ! それは全くフォローになってないって分かって言ってるのか?」
「は? なぜ俺がお前のフォローなどしなきゃならんのだ」
「酷いっ! 仲間だろう?」
オルダは「お前の怪しさに、仲間かどうかは関係ない」と真剣な表情で答えた。マテスはガクリと肩を落とし、頭を抱えて酷い酷いと繰り返す。
そのやり取りを見ていたエリシュカは、吹っ切れたように笑い声を立てた。四人はエリシュカに注目した後、互いに顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「そうね。死に戻りの前に、マテスからとんでもないことを言われたのよ」
「へっ?」
驚いたような声を上げたマテスを、カーヤがじろりと横目で睨んだ。オルダは眉間にシワを寄せたまま、「やはりな」と呟く。ルカは口に手を当てたまま、珍しく眉を寄せて口を開いた。
「やっぱり広場での仕打ちは、自業自得だったってことか」
「ええっ? ル、ルカまで酷いじゃないかっ」
「だけど、それ以外にあんなことをされる理由がない」
縋るような視線を向けたマテスに、ルカは首を横に振った。絶望したように青ざめた顔のマテスに、エリシュカは確かめるようにして問いかけた。
「マテス、あなたは依頼主のことを知ってるの?」
一転、予想外のことを聞かれたといった表情を浮かべたマテスが、不可解そうな顔になる。
「依頼主については答えられないよ」
「そう言うと思った。だけど、それを聞かなきゃあなたを信じることができないの」
一旦言葉を切ったエリシュカは、マテスの顔をじっと見つめて言葉を続けた。
「死に戻りの前にマテスが言ったのよ。全部を知ってて裏切るつもりなんだ、命を助けてやるから自分に協力しろって」
三人が息を呑み、マテスの方に顔を向けた。注目を集めたマテスは、目を丸くしてから少しの間考え込んだ。
「……リシュカに協力しろって、どういうことだ? そう言わせるだけの何かを君が持ってるってこと?」
鋭い目つきをしたマテスに、背中がゾクリと寒くなる。いつも食いしん坊でお調子者のマテスは、こちらが本性なのかもしれない。
「おい、ちょっと待て。お前、本当は裏切ってるのか?」
隣りに座ったマテスに向かって、オルダが身を乗り出した。その勢いに仰け反ったマテスは、「いや、今はそっちじゃなくて」と慌てたように両手を振った。胸ぐらに掴みかからんばかりのオルダを、ルカが「落ち着くんだ」と声を掛けて宥めた。不服そうに座り直したオルダは、腕を組んで眉間に深いシワを寄せた。
「一旦落ち着いて整理しよう。まずはリシュカの知ってることと、僕らの話せることについてだ」
ルカの言葉に全員が頷いた。
「それじゃあ、私が一体なぜ邸を抜け出し、死に戻ることになったのかを話すわ」
神妙な面持ちで頷く四人を順に見比べてから、エリシュカは思い出すようにして一度目の人生から語り始めた。




