5-4①
「俺は、リシュカの死に戻りを信じる」
きっぱりとした口調で言い切ったオルダに、エリシュカはほっと息を吐いた。
「私はナイフ裁きを見て、今までの自分を顧みたよ。リシュカは私の秘密を知ってる?」
「ええ。本当の名はカロリーナよね」
頷いたカーヤは、どこか自嘲するような笑みを浮かべた。
「男の形で強がってたけど、女の子だってあんな風に戦えるんだって。なんだか意地を張って強がってた自分が、むしろ弱く思えてきた」
「違うわ、カーヤ。私が戦えるのは、カーヤが死に戻りの度にナイフの使い方を教えてくれたからよ」
目を瞬いたカーヤが、今度は柔らかな笑みをこぼした。
「そう。そうなんだ。ははっ。それなら私が女の身で騎士を目指してることにも、意味があったってことかな」
「ええ。いつもカーヤがいてくれて、私は心強かったわ」
二人で視線を合わせて笑い合っていると、マテスがゴホンと咳払いをした。
「僕にも何かあるよね? 初対面であんな恥ずかしい目に遭わされたんだ。何もないなんて割に合わない!」
動きを止めたエリシュカは、一気に顔に熱が集まるのを感じて、頬を両手で包み込んだ。軽く睨むと、手を頭の後ろで組んだマテスは、口をへの字にして続けた。
「いきなりひん剥かれそうになった僕の気持ちを考えてくれよ。色んな意味で、全く生きた心地がしなかったんだから」
ひゅっと息を呑んだエリシュカの脳裏に、胸を赤く染めて横たわったマテスの姿が浮かぶ。顔色を失くしたエリシュカを見て、マテスが両手をゆっくり下ろした。
「あれっ。もしかして僕、怪我だけじゃ済まなかった?」
黙り込んだエリシュカに、四人は神妙な面持ちで顔を見合わせた。いつになく真面目な顔で考え込んだマテスが、自分の胸元を手で探ってから首を傾げた。
「……とにかく、二人には信じるだけの材料があったってことだな」
ルカの言葉で、重くなりかけた空気が少しだけ変わる。
「俺は、前の死に戻りで姉上の技を教えたわけだ」
「私は……きっとナイフの戦い方を見れば分かるってところかな?」
二人の言葉に、エリシュカは「ええ、そうよ」と頷いた。
「僕は……。その前に退場ってことは、何かしくじったんだろうな」
顎に手を当てたマテスは、しばらくの間考え込んでから続けた。
「それで、僕のことはどうやって信じさせるつもり?」
「隼のことを知ってるわ」
目を見開いたマテスは、まじまじとエリシュカを見つめた。それから面白そうに口の端を上げ、「それだけ?」と首を傾げた。エリシュカは唸り声を上げたあとに、「そうだ」と呟き真面目な顔でマテスを見つめた。
「……クラーロ・ヴァリの街に行ったら、必ず最初に食べるのは」
少しの間を開けた後、視線を合わせた二人は同時に「温泉せんべい」と答えた。マテスはさも可笑しそうに笑い出し、「僕もリシュカを信じるよ」と答えた。
その様子を眉を寄せて見ていたルカが、腕を組んで少し不機嫌そうな顔をした。
「それで、僕は?」
「え?」
「……僕は前回の死に戻りで、一体何を言えば信じるって答えたんだ?」
視線を彷徨わせたエリシュカは、曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。
「……何もないのか?」
「ルカは……私の死に戻りに反対してたから。何も聞けなかった」
まさか流星群を見る約束をしたとか、色々な文言の刻まれた物を、死に戻る度に贈られたと伝えるわけにもいかない。そんな意味深な話をすれば、記憶のないルカはどんな風に思うだろうか。
「死に戻りに反対? つまり君は、わざわざ死に戻ったってことなのか?」
ルカが怒ったような表情で身を乗り出し、エリシュカは気まずくなって俯いた。ルカが怒っているわけではないことは、もう分かっている。この顔はいつも、心配してくれているときのものだから。それが嬉しくもあるが、そう伝えれば本当に怒られてしまいそうだ。
「おい、ちょっと待て。さっきマテスは怪我じゃ済まなかったと言ったな。リシュカが死に戻った理由はマテスが死んだからなのか?」
「オルダっ、そんなはっきり言うなって! 死んだ僕の気持ちも考えてくれよ」
「死んだやつはもう何も感じない。考えるだけ無駄だ」
何でもないように言っているが、横たわったマテスを見たオルダがどんな顔をしていたのか、エリシュカは知っている。こんな軽口を叩けるのも、生きていてこそだ。
「二人とも、いい加減にしなよ」
呆れたようなカーヤの声にマテスが肩をすくめ、オルダは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。いつもなら二人を止めるはずのルカは、難しい顔をして黙り込んでいる。しばらく考え込んだ後に、エリシュカに向かって口を開きかけたところで、後ろから声が掛かった。
「あ、あのう、ちょっとよろしいですかな」
全員が声の方に身体の向きを変えると、そこには馬車の主である商人が所在なさげに立っている。五人の視線を浴びたことで、焦ったように視線を下げた。
「お話中申し訳ありませんがね。あいつらはまとめて縛っておきましたが……私らもここで止まってるわけにもいかんのです」
「ああ、悪かったな。あいつらは王都の警備隊に引き渡すことにしよう」
ルカがマテスに目で合図を送ると、「行ってくるぜっ」と答えたマテスが、指笛で馬を呼び寄せ飛び乗った。走り去るマテスの後ろ姿を見送り、商人が頭を掻きながら話を続けた。
「それで、もしよろしければ何かお礼を差し上げたいのですがね。皆様方のお眼鏡に叶うようなものはないかも知れませんが……馬車の方をご覧になりますか?」
顔を見合わせた四人は、特に期待した様子もなく商人の後に続いた。馬車に着くと、エリシュカはナイフを掲げて「あの、このナイフは」と商人に話しかけた。
「ああ、お嬢様! 先程は失礼致しました。もし気に入っていただけたなら、そちらのナイフは差し上げますよ」
いそいそと腰のベルトからナイフの鞘を外した商人が、それをエリシュカに差し出した。ありがたく受け取り腰に下げると、鞘にナイフを収めた。初めて使ったときは馴染まなかったナイフも、今ではすっかり慣れてしまった。筋力は戻っていなくても、コツを掴めばある程度は使えるものだ。
ふと顔を上げると、馬車に繋がれたうち、一頭の馬が落ち着かない様子で首を振った。馬車の前方に近付くと、エリシュカをじっと見つめてきた。目があってしばらくすると、ブルブルと鼻を鳴らし蹄を地面にこすりつける。驚いたように馬を振り返った商人が、エリシュカと交互に見比べた。
「なぜだかこいつは、お嬢様を随分気に入った様子ですな。ううむ、馬が一頭いなくなるのは痛手なはずなのに……私はこいつをお嬢様に差し上げたほうがいいような気がしてならない」
首を傾げた商人が、馬の鼻面を軽く叩いた。
「もしよろしければ、こいつもお連れになりますか?」
「いいんですか?」
商人にとって馬車を引く馬は大切なものだろう。前回はそこまで気が回らなかったが、たった今痛手だと聞いたばかりで気が引ける。ところが商人は明るい笑みを浮かべて、大きく頷いた。
「ええ。なぜかこいつもそれを望んでるような気がしてならないんで。しかもあなた方は私らの命の恩人ですからな。安物のナイフと馬一頭で命が助かったと思えば、安いもんです。ああ、もちろん馬車の中に他のお連れ様がお望みのものがあったら、何なりとお申し付けくださいよ」
商人はいそいそと馬の金具を外しにかかり、護衛の二人が他の三人を幌馬車の中へ案内した。
エリシュカの馬の準備をしている間に、三人は中を見終えて出てくるが、特に何かを譲り受けた様子はない。エリシュカは自分だけがナイフや馬を貰うことに、少しの後ろめたさを感じて眉を下げた。
「リシュカ。私たちのことは気にしなくていいよ。ナイフと馬だけでも商人にとってはそこそこの負担だからね。馬車の中身は買おうと思えば手に入るものばかりだった。だけど、手に馴染むナイフや息の合う馬は、そう簡単に手に入るものじゃないから。遠慮せずに受け取っておきなよ」
そう言って柔らかな笑みを浮かべたカーヤに、少しだけ気分が軽くなった。
商人に鞍をつけてもらい、馬に乗ろうとするがやはり上手く行かない。前回のように転げ落ちたりはしなかったが、「えいっ」と勢いよく飛び上がって、そのままの姿勢でズルズルと馬の腹の横を滑り落ちる。馬の横で座り込んだエリシュカを見下ろし、ルカがふっと息を漏らした。
「……今、笑ったわね?」
ちょっとだけ恨みを込めた目で見上げると、ルカが慌てて視線を逸らした。
「あはは。リシュカ、普通は誰だってそう簡単に乗れるものじゃないから気にしなくていいよ。それに、ルカはバカにして笑ったわけじゃないと思うけど」
意味深な笑みを浮かべたカーヤに、ルカが眉を寄せる。
「笑ったお詫びに、乗るのを手伝うって言ったら許してくれるかな?」
ちょっとだけ腹立たしかったはずの気分が、急にそわそわと落ち着かなくなる。前は何度もそうして貰っていたのに、なぜ今回はこんな風に思うのだろうか。上目遣いでルカの様子を窺うと、柔らかな笑みが飛び込んできて思わず俯いた。それは、一度目のルカと同じ笑顔だ。二度目以降ずっと遠く感じていたのに、なぜか今回のルカは一度目と重なる。
立ち上がったエリシュカは、パタパタとスカートの汚れを払ってルカを見上げた。
「お願いできる?」
「ああ、もちろん」
そう言って自然にしゃがみ込んだルカは、前回と同じように両手を組んでエリシュカの足元に差し出した。じわりと涙がにじみそうになって、慌てて瞬きをしてから鐙に左足を掛けた。右足をルカの手に乗せると、いつもと同じタイミングで身体が浮き上がる。そのまま足を後ろに回して、すんなり馬上に収まった。
ルカは不思議そうに自分の両掌を眺めてから、エリシュカを見上げた。
「前にもこんなことが……いや、母上だったのかな」
エリシュカは顔を歪めて首を横に振った。
「前のひと月、いつもルカが同じように乗せてくれた。……これで死に戻りを信じてくれる?」
目を見開いたルカが、もう一度自分の両手をじっと見つめた。噛みしめるように頷いてから、「ああ」と小さく呟いた。




