4-7②
「依頼人におかしなところはなかった。だけど、なぜ魔女の末裔を保護する必要があると言ってきたのかは分からない。ただ……僕の家は星詠だ」
一旦言葉を切ると、ルカはしばらくのあいだ逡巡した。ひとつ息を吐くと、何かを覚悟したようにエリシュカを真っ直ぐ見つめた。
「僕は今からここだけの、夢の中で父上から聞いた話をするよ」
エリシュカはゴクリと喉を鳴らし、ルカを見つめて頷いた。
「ただ保護の依頼がきただけなら、僕らは動かなかった。けれど、星の流れが少しおかしかった。魔女の末裔に危険が迫っているとまでは言えない。けれど、何か不穏な動きがある。そんなときにきた保護の依頼だったから、父上はその話を受けたんだ。けれど、星詠としてそれを正式に王家に伝えるほどの強い流れじゃない。それで、まだ所謂修行中の僕が依頼を受けたんだ。母上も大層心配してたからね」
『リシュカと呼んでもいいかしら』
頭の中に夫人の言葉が蘇った。
『足掻くだけ足掻いてご覧なさい。できることを全てやって、それでも駄目ならそのときですわ』
悪戯を思いついたような笑顔が鮮明に浮かび、エリシュカの胸の奥が温かくなる。エリシュカは死に戻りを繰り返す度に、一人で乗り越えなければと思っていた。前回の記憶を使ってそれぞれの心の傷を暴くのが後ろめたかった。それが蓋を開けてみれば、こんな風にエリシュカを見守ってくれた人がいたのだ。何も知らずに旅をした一度目のときからずっと――例え彼らが何も覚えていなかったとしても、だ。
「ついでに僕も夢の話をしておこうかな」
頭を掻きながらそう言ったマテスは、少しだけ顔を顰めた。本当なら言いたくないが、ルカが本来口にしてはならないことを明かしたのだから、自分も仕方なくといったところだろうか。
「依頼主の貴族については、僕の方でも探りを入れてる。だけどこの距離じゃあ、満足に動くことはできない。せめて後ひと月……いや半月あればもう少し探れそうだけど……今までの記憶でも持ってればなぁ」
「それは、夢の意味が違うだろう。お前のはただの願望だ」
「言っておくけど、いい線まではいってるんだぜ?」
意味ありげな笑みを浮かべたマテスに、オルダが「夢の話じゃなかったのか」と呆れた顔で返した。
「ちょっと待って、マテスは何か知ってるってこと?」
カーヤが身を乗り出し、二人の会話に割って入る。マテスが一瞬驚いた風に目を瞬き、ルカを一瞥してから口を開く。
「だから夢の話だってば。僕はこれでも情報屋だからね、全部を教えるわけにはいかないよ。それに確実じゃない情報を教えるなんて、僕の信条に反する」
珍しく真面目な表情を浮かべたマテスが、最後ははっきり言い切った。
「なら、夢の話ってことでいいよ」
「僕も何かあるなら聞きたいところだな」
カーヤとルカの言葉に、マテスは胸の前で腕を組んだ。何かを言おうとして一瞬躊躇い、エリシュカに渋い顔を向けた。
「……思い出したくないと思うけど。リシュカを襲ったやつらは、全部別の人間だったんだよな? 何か気付いたこととか、会話したとかないか?」
「一度目は多分、この町に住んでる男よ。魔女とか悪魔って独り言を呟く、様子のおかしな人だった。二度目は、皆と一緒に王都の誰かの邸に行って、使用人の持ってきた水を飲んだら毒だった。水を用意したのは使用人だと思うけど、毒を仕込んだのが誰かは分からないわ」
全員がエリシュカを渋い顔で見つめるが、誰も口を開かない。エリシュカは、なるべく声に感情を乗せずに続けた。
「三度目は、足元しか見えなかったから性別も分からない。四度目は、前のときに知り合った男の子と同じ名前の子がこの町にいて。手を引かれて宿の部屋に入ったら、その子の母親がいた。子供の薬を使ってしまったからって言ってた。男の子は初めに見たとき、咳をして苦しそうだったのに、私の手を引いて普通に走ったわ。だからきっと、何かの薬を貰ったんじゃないかしら」
「なるほど」
マテスが顎に手を当て、しばらくの間考え込んだ。全員がマテスに注目していると、一度頷いたマテスがエリシュカに視線を戻した。
「つまり、全員その時都合のいい人間を誰かが使ってるってことだ。例えば最初の男は、魔女だなんだと様子がおかしかったのなら、何かを囁かれて不安を煽られたんだろう。二度目の邸は、何かの弱みを握られた貴族のものだと考えれば自然だ。三度目はわからないが、四度目は息子の薬を盾に唆したみたいだな。それならアダムとやら以外に誰かが、ずっとリシュカを見張ってるんじゃないか? 話を聞く限り、婚約者殿にそんな小細工できそうもないからな。そもそも普通に育った貴族の子息が、他人を上手く唆すなんて無理だろう」
四度目に見た人影は、その人物だったのだろうか。もう一度思い出そうとしてみるが、新しく出てくるものは何もなかった。そもそもマテスの言っていることを信じていいのかも分からない。他に目を向けさせて、自分に疑念を持たれないようにしているだけなのではないか。
「ちょっと待て、わけがわからなくなってきた。ヴァーツラフ殿がリシュカの居場所を管理したいのはわかった。だから指輪を外せばアダムとやらが追ってきたんだろう。じゃあ、リシュカを襲ってるのは誰だ? ヴァーツラフ殿とそいつは別の目的があるってことか? いやでも壺や盃を持ち帰っていたとなると、やはりヴァーツラフ殿が怪しいのか。おい、マテスっ! どうなってるんだ!」
わしゃわしゃと頭をかき混ぜていたオルダが、胸ぐらを掴みそうな勢いでマテスに迫った。マテスは椅子をガタンと鳴らして後ろに下がり、危うくそのまま倒れそうになる。椅子の背もたれを支えたルカに、オルダが宥められてようやく落ち着いた。
「今わかってることは、ヴァーツラフ殿が依頼人ではないこと。アダム殿がリシュカを追ってきていたこと。襲ってくる人物が同じではないこと。それから、アダム殿の他に誰かがリシュカを追っていること。リシュカが襲われている理由は、おそらく魔女の力を手に入れることが目的であること。その黒幕が、神父から盃を盗んだ者でほぼ間違いないだろう」
ルカの言葉に、オルダが眉間の皺を深めて頷いた。大きく息を吐いたマテスは、気を取り直すようにして再び口を開いた。
「僕が探ってるのは、依頼人が誰と繋がってるかだ。今のところそれがヴァーツラフ殿かどうかはわからない。そもそも誰を疑うべきかわからないまま調べてたんだから、効率も悪いってもんだ。もっと早くに分かっていれば、探りようもあっただろうけど。後二日でどうにかしろと言われても、流石に突き止めるのは無理だな」
「なら、マテスの言ってた夢の話ってなんだったの? 追ってきてる人間が別に居るってことだけなら、夢にすることでもないじゃない」
カーヤの言葉にマテスは口をへの字に曲げた。
「ここからは僕個人の考えだ。不確かなことだから真に受けるなよ」
軽い口調でそう言ったマテスは、一旦厨房を窺い、誰もいないことを視線で確認する。そのまま順に全員を見比べてから、声を落として続けた。
「今探ってる依頼人は、どうやら借金があったらしい。本人は気付いてないけど、多分汚い手口で騙されてる。じゃあ、その元を辿ればと思って調べを進めてるけど、何人もの人間が間に入ってて中々そこにたどり着けない。だけど、今までの話を聞いて僕が考えてるのは――やっぱり、黒幕はヴァーツラフ・クリーマだ」
部屋の中がシンと静まり返り、エリシュカは息を詰めた。
「とは言え、まだまだ時間が足りない。結局確かなことは、何もわかってないんだ」
マテスが頭の後ろで両手を組んで、どことなく悔しそうな表情を浮かべた。張り詰めていた空気がふっと緩み、エリシュカは小さく息を吐いた。




