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4-7①

 帰りの道は、来たときよりも重苦しい。誰も口を開くことなく、真っ直ぐ森を抜ける道を進む。馬たちもどこか落ち着かず、早くこの森から――神父の元から遠ざかりたいのではないかと思えた。


 やっと街道にでたところで、午後の暖かな陽に照らされる。誰ともなくほっと息を吐き、馬たちも足を緩めた。先程より速度を落として道を進みながら、ルカが口を開く。


「あの神父の言ったことを信用していいのかわからないな」


 全員が口を結んで少しの間考え込んだ。神父の果実水を飲む様子が思い出され、エリシュカはぞくぞくとしたものが背中を辿って身震いした。


「だが、公にされていないことまで知ってたぞ」

「あれが本当の話なら、だけどな」


 オルダの言葉に、マテスが口を尖らせて肩を竦めた。エリシュカは服の下からペンダントを引き出し、黒い部分をそっと撫でた。


「でも、ペンダントのことを言い当てたわ。これが外せないなんて、誰もが知ってることじゃないでしょう?」


 四人は顔を見合わせてから、首を横に振った。重い空気を背負ったまま、馬はゆっくり進んでいく。ルカの少し後ろを行くマテスの背中を眺めるが、何を考えているのかは分からない。魔女について調べたと言っていたが、本当は何かを知っているのだろうか。神父の言っていることを信用されては困ると、さっきから疑うようなことばかり言っているような気がする。


 行きは逸る気持ちで馬を進めていたが、帰りは足取り重く町へ戻ってきた。夕食どきをとうに過ぎていたが、途中で誰かがそれを口にすることもなかった。マテスですらいつもの調子ではなかったことに、エリシュカの不安が更に膨らむ。何と言っても、もう時間がないのだ。神父に聞いた話で、なぜエリシュカが狙われるのかまでは分かった。けれど誰が、というところまでは分からない。


 ようやく宿に辿り着き、重苦しい気分で夕食を取る。一階は食堂になっており、時間が遅くなったことで誰の姿も見当たらなかった。厨房も遅めの時間とあって誰も居ない。五人の食事を用意した主人は、終わったら声をかけてくれと言い残して、奥へ引っ込んでいった。


 全員が押し黙ったまま、ぱさついたパンを口に運ぶ。誰かのスープを飲み下す音が響いてしまいそうなほど、静かな食卓だ。


「ねえ、きっと今夜はまだ大丈夫よ」

「リシュカ……。だけど、神父の話を鵜呑みにしていいのかわからないよ」

「ええ。だけど、カーヤは今夜も同じ部屋で過ごしてくれるんでしょう?」

「当然だよ」


 力強く頷くカーヤに、エリシュカは笑みを浮かべた。


「それなら今夜も大丈夫よ」


 考え込むようにしてパンを齧っていたマテスが、ふと口を開いた。


「……起点になるのは六の月の六の日か」

「そうね」

「しかもその日は、母上の命日なんだよな?」

「ええ、そうよ」

「なあ、それって……偶然なのか?」


 何を言われたのか一瞬わからなかったエリシュカは、そう言えばとはっとする。今までは自分が殺されるのが、なぜ母の命日なのかとそればかり考えていた。しかし、神父の話が本当なら、必要な条件は魔女の器になった者が六の月、六の日に死ぬことだ。同じ日に母が亡くなったことは、偶然なのだろうか。そこまで思い至ったことはなかった。


「でも……お母様は事故だったって」


 それ以上言葉が続かず、血の気の引いた顔で黙り込んだ。考えてみれば、母の事故がどんなものだったのか、エリシュカは詳しく知らない。父からそれを聞いたとき、信じられずに頭の中が空っぽになってしまったことしか覚えていない。


 腕を組んで黙り込んだマテスは、いつになく厳しい表情を浮かべた。再び食堂に沈黙が落ち、エリシュカの耳に心臓の音が鳴り響く。


「依頼を受けたときによく調べておくんだったな」


 沈黙を破ったルカの言葉に、オルダが唸り声を上げた。


「魔女の力を狙うのは一体何者なんだ。ルカとマテスは依頼人を知っているんだろう? これまでルカの持ってきた依頼で、こんなことはなかった。今回ばかりは俺でもおかしいと思う。結社の秘密が大切なのはわかるが、明かしてみたらどうだ」


 ルカとマテスが顔を見合わせ、眉を寄せて首を振った。ルカがチラリとエリシュカを見てから、申し訳なさを滲ませた表情を浮かべた。


「悪いけど、それはできない。イェリーネク家の信用に関わるし、マテスだって情報屋としての信頼を失うわけにはいかないんだ。僕たちの判断だけで教えるわけにはいかない。かと言って、今から家にお伺いを立てる時間もない。そもそもイェリーネク家が許したいと思っても、結社や情報屋は僕らだけで成り立ってるわけじゃないから。勝手なことをすれば、これからの存続すら危うくなるんだ」

「じゃあ、アダムのお父様……ヴァーツラフ・クリーマ様かどうかだけでも教えて貰うことはできない?」


 エリシュカの問いにルカは一度口を開きかけ、すぐに閉じてから視線を彷徨わせた。マテスがルカの様子に肩を竦め、自分は何も知らないといった風にそっぽを向いた。


「ここだけの話にしてほしい。……依頼人はヴァーツラフ殿じゃない。もしそうだったなら、婚約指輪がアーティファクトだと分かった時点で父上も動いてるよ」

「どうして?」


 エリシュカは首を傾げてイェリーネク家の当主を思い起こした。指輪がアーティファクトだと分かっても、抗議については別の話と言っていたのに、なぜだろうかと疑問が湧く。


「今回の依頼は、魔女の末裔……つまり、リシュカの保護だ。イェリーネク家は失われた魔法や歴史を探求してる。だからリシュカの保護をと言われれば、断る理由は何もない。今となっては魔女の家は形ばかりと思われてるけど、僕らの家にとってはそうじゃないから」


 一旦言葉を切ったルカは、不服そうな表情浮かべて続けた。


「クリーマ家は、よりによってアーティファクトで婚約を成すなんて、あり得ないことをしてる。それだけでも、僕はすぐにイェリーネク家からでも抗議すべきだと思うけど。それがもし依頼主だった場合、僕らもバカにされたも同然だ。国によって禁じられた手法で婚約をしておきながら、保護するための依頼をするなんて信用できるはずがない」

「だけどそれなら、どうしてヴァーツラフ殿はアーティファクトを使ってまで婚約をしたんだろう。追尾の機能があるってことは、リシュカの居所を常に把握しておきたかったってことだよね?」

「大体追尾機能の指輪を持ってるなら、俺達に保護の依頼なんてしないだろう。いつでも居場所がわかるのに、なぜ監視役が必要なんだ?」


 カーヤとオルダが口にした疑問はもっともだ。三年前からヴァーツラフはエリシュカを監視していたのだとして、一体なぜ今ごろになって動き始めたかも分からない。常に居場所を特定できるなら、彼らに依頼した意味はなんだろう。


「リシュカが指輪を外したのは、今回だけなのか?」


 マテスの言葉に、思考を巡らせていたエリシュカはぱっと顔を上げた。


「いいえ。一度目は外したわけじゃないけど、湖で洗礼を受けた後にヒビが入ったの。そのときから身体が軽くなった気がしたから、もう意味はなかったのかも知れない。二度目はどこにもいかなかったから、ずっと着けたままだった。三度目は聖人の祭りの夜に外して……叔父様の邸に泊まった夜、アダムを見たわ」


 四人は息を呑み、それぞれが考え込むように視線を逸らした。


「四度目は、戻った日にアダムに返してそのままだった。一度目に襲われたのと同じ宿に泊まったとき、夜中に窓の外を見たら人影が見えたわ。だけど、それが誰だったのかはわからなかった」


 エリシュカは言葉を切って、マテスの顔を盗み見る。今の話をしても特に変わった様子は見えない。一度目の話をして思い出したことがあった。襲われたあの宿で夜中に見たのは、抜け出してどこかへ向かうマテスだった。あんな時間にどこへ、一体なぜ。今ここで話しても、他の三人はマテスを庇うような気がした。エリシュカにとって彼らはもう四ヶ月を共にした仲間だが、彼らにとっての自分は出会ってたったひと月だ。四ヶ月だって彼らの付き合いに比べれば短いのに、たったひと月の自分に分があるとは思えない。


「そうなると、まだヴァーツラフ殿が黒幕ではないとも言い切れないな」

「今回もアダムとやらがついてきてるなら、捕まえて聞いてみるのもいいがな」

「ちょっとオルダ、力尽くはよくないよ」


 ルカの言葉に頷いたオルダが、大真面目な顔をして物騒なことを口にした。慌てて止めに入ったカーヤに、オルダは真剣な顔つきで答えた。


「そうか? 仲間の命が掛かってるなら多少のことはいいだろう」


 その言葉にエリシュカは目を瞬かせた。今『仲間』と言っただろうか。他の三人を見回しても、誰もその言葉に疑問を抱いた様子はない。エリシュカは目元がほんのり熱くなり、慌てて何度も瞬きをした。たったひと月の自分などと考えていたばかりなのに。


「ありがとう、オルダ。でも、アダムに聞いても無駄だと思うわ。今回の死に戻りで指輪のことを聞いたけど、なぜ追尾の指輪を私に渡したのかまでは知らなかった。それに、アーティファクトを使ったら婚約が無効になるなんてことも知らないと思う」


 エリシュカはアダムの言葉を思い出しながら続けた。


「ヴァーツラフ様は、アダムの言葉など何も聞いていないみたいだった。母の亡くなった六年前から急におかしくなって、部屋に閉じこもってばかりだって。……そう言えば、盃や壺を持ち帰ってるって言ってたわ」

「盃?」


 エリシュカの言葉にはっとしたようにルカが言葉を返した。他の三人も眉を顰めたのは、先程の神父の話を思い出しているのだろう。神父は魔女の力は盃に溜まると言っていた。盃や壺をヴァーツラフが持ち帰っていたのは、契約の盃を探していたのかも知れない。


「ますます怪しくなってきたな。ルカもマテスも依頼人については調べてるんだろうな?」

「僕だけじゃなく、父上も勿論調査してるさ」

「僕だって情報屋を名乗ってるからには当然だよ」


 オルダの言葉に頷いたルカとマテスがすぐに答え、考え込むように沈黙した。少ししてから、ルカが再び口を開いた。

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