4-6②
「では、まず形見のペンダントについてですが。それは、魔女の大いなる力が六つの石に分けられ封印されたものです」
「なぜ六つに?」
「それは、魔女の力があまりにも大きかったことが一つと、悪魔との契約に由来しています」
「悪魔との……契約?」
神父とエリシュカの会話に、他の四人は真剣な面持ちで耳を傾けた。エリシュカは震えそうになる指を、膝の上でぎゅっと握り締めた。
「ええ、悪魔との契約です。皆様、この国の成り立ちと魔女については御存じですね?」
「もちろん」
頷いたルカが、そのまま続けた。
「建国の祖は、善き魔女を騙して国を手に入れた。利用された魔女は、その大いなる力を失った。その後、王が変わって魔女の血筋が王家に管理されることになった。そう理解しています」
ルカの返事に続いて、全員が頷く。
「ええ、概ねそのとおりでございます」
「概ね?」
ルカが訝しげな表情を浮かべると、神父は少し面白そうな顔で口を開いた。
「ええ、概ね、でございます。そこにはなぜ魔女が力を失ったのかが語られておりませんからね」
「そうなんだよな。僕も昔それが気になって調べたことがあったけど。悪魔がどうとかどうにも胡散臭い話だったから興味を失くしたんだ」
マテスが肩を竦めて、どうでもいい風に答えた。
「クククッ。確かに悪魔だ何だと言われても、今のお若い方々には胡散臭い話に聞こえるでしょうね」
もう一度笑い声を立てた神父は、気を取り直すように「失礼」と咳払いをしてから続けた。
「魔女が力を失ったのは、悪魔と契約したからなのです。胡散臭かろうが、信用できなかろうが、これは本当の話でございますよ。大いなる力を自ら捨てるために、悪魔と契約したのですから」
「魔女はなぜそんなことを? 力があればあるに越したことはないだろう」
オルダが腕を組んで、不思議そうに首を傾げた。神父は大きく何度も頷き、「全くそのとおりです」と答えてから再び口を開いた。
「魔女は、どこまでいっても善き魔女だったのです。その力をこれ以上利用されることも、魔女の力を受け継ぐ器になった娘が利用されることも避けたかったのですよ」
「魔女の力を受け継ぐ器?」
「ええ、ええ、エリシュカ様。貴方様は既に本来の洗礼を終えていらっしゃるのでは?」
エリシュカの顔からサッと血の気が引き、湖での出来事を思い起こした。あの強い光や、虹色に輝いていたものは、やはり母の言っていた本当の洗礼なのだろうか。
「お答えにならずともわかります。あの湖においでになって、光を見たのですね? クククククッ。そう恐れずとも宜しいのです。それで貴方様が大いなる力を得たということではございません。あの洗礼は、魔女の力を受け取る器を完成させるための仕上げなのです。つまり、今のエリシュカ様のお持ちになっている魔力は、生まれつきのものだけですよ」
神父の見透かすような視線が居心地悪く、エリシュカは身体を揺らした。視線を逸らしても見られているような気がして、何だか落ち着かずに汗が吹き出す。
「ところで、なぜペンダントの色が変わっているのでしょうか。彼女の死に戻りと何か関係が?」
ルカがいつもよりはっきりとした口調で神父に問いかけ、エリシュカに張り付いていた視線がルカに向かう。エリシュカはほっと肩の力を抜き、ルカをチラリと見てから神父に視線を戻した。
「私がペンダントを見て、死に戻りの回数を当てたのが答えです。エリシュカ様が一度殺されるごとに、一つの力が解放される。六つあるうちの四つが既に光を失っていましたから。四度死んで五度目の繰り返しを生きているのだと、自ずと知れたことでございます」
「解放された力をリシュカが受け取っていないのなら、一体どこへ?」
すかさず問いかけたカーヤに、神父は目を瞬いてから大げさにため息を吐いた。
「それは、ヴラノヴァーの神父が長い間ずっと管理している盃に溜まるのですよ。魔女の末裔が一度死ぬごとに、一つ分の魔力が」
言葉を切った神父が、ふと空のグラスに目を移してから席を立った。再び戻ってくると、片手に果実水の入った瓶を持っている。それを自分のグラスにゆっくりと注ぎながら言葉を続けた。
「一つ分の魔力が解放されると、盃に一つ分の魔力が」
一旦注ぐのを止め、さらに注ぎながら続ける。
「また一つ解放されれば、さらに一つ分の魔力が」
また注ぐのを止め、今度は目を細めて一気にグラスいっぱいに注ぎきった。
「そうして六つ解放されると、このように盃を満たすのですよ」
ニヤリと口の端を上げた神父が、ゆっくりグラスを持ち上げる。そのままごくごくと喉を鳴らして、全てを一度に飲み干した。最後に口を拭った手の甲に、赤い液が滲んでいた。エリシュカは息を呑んでその光景を眺め、何も言えずに動きを止めた。
「最後はこうして飲み干し悪魔に願えば、その者が大いなる力を身体に宿すのです」
「まさか……飲み干した者が誰であっても、魔女の力を取り込むということか?」
「そのとおりでございます、イェリーネク様」
「その時魔女の末裔は……リシュカはどうなるんだ?」
神父はにやりと口の端を上げ、肩を竦めて首を振った。エリシュカはぞくりと背中が寒くなり、空になったグラスをじっと見つめた。黙って考え込んでいたマテスが、不意に口を開いた。
「魔女の力は、盃を持っている者が手に入れるってことだよな? それなら、魔女の末裔自身が力を手に入れたい場合はどうすれば?」
空のグラスを持ち上げた神父が、大きく口の端を上げた。
「魔女の末裔の場合は、五回でよろしいのです。五回魔力を貯めてから盃を手に、悪魔に請い願えばいい。さすれば悪魔が残りの魔力を解き放ち、魔女の器にそれを注ぎ込むことができるのですから」
「では、その盃を見せてほしい」
ルカの言葉に、神父は眉を下げて大げさなため息を吐いた。コトリとグラスをテーブルに置くと、肩を落として首を横に振った。
「それが……大変申し上げにくいのですが」
包帯をしている頭に手を置き、神父が大げさに肩を落とす。
「ひと月ちょっと前、突然現れた暴漢に殴られまして。その盃を奪われてしまったのですよ。いや、本当に申し訳ないことでございます」
どこか芝居が掛かったような態度に、全員が眉を寄せた。ルカが憤慨した様子で口を開きかけるが、頭の傷を見て口を閉じた。髪をくしゃくしゃとかき混ぜた後に、言葉を選ぶようにして口を開く。
「……怪我をされたのは災難でしたが、命がご無事で何よりです。首の布も怪我を?」
一瞬鋭い目つきをした神父は、首の黒い布に軽く手を当ててから「これは怪我ではありませんから、ご心配には及びません」と、貼り付けたような笑みを浮かべた。
「盃を奪った者に心当たりは?」
「申し訳ございませんが、さっぱりわかりません。なにせ後ろから突然殴りつけられたものですから」
続けて問いかけたルカに、神父は包帯の巻かれた頭に手を当てながら眉を下げた。
「その盃を持っている者は、魔女の力の秘密を知っているのか?」
オルダの問いかけに、神父は首を傾げる。エリシュカはゴクリと喉を鳴らしてその様子を窺った。
「さあ、それもまたわかりませんが……わざわざこんな王都から離れた土地までやってきたのです。知っているのかも知れません。どのように調べたのかまではわかりませんが、悪魔との契約につての本は色々と出回っておりますから。イェリーネク様ならご存知なのでは?」
「……確かに、我が家はその手の研究をしている。だが、魔女の力と契約についての話は聞いたことがないな」
「左様でございますか。それでしたら、盃を奪った男は何も知らないのか……それとも、余程熱心に手掛りを集めたのかも知れませんね」
「まさか貴方がそそのかした訳ではないでしょうね?」
「まさかっ! 私のような神父がなぜそのようなことを。この地でお世話になっておきながら、そのような恩知らずな真似はできますまい」
慈悲を乞うような表情でルカを見つめる神父は、やはりどうも芝居臭い。
「あの……私、なぜかいつも同じ日に命を狙われるのです。何か意味があるのでしょうか?」
「ええ、ございますとも。六の付く日と決まっておりますから」
考え込むようにして全員が口を閉じ、沈黙が流れた。
明後日は六の月の六の日、母の命日だ。あと丸々三日を生き延びなければ、エリシュカはまた死に戻るということか。ペンダントの輝きの残りはあと二箇所。まだ二回あると言うべきか、あと二回しかないと言うべきか。
「なあ、今まで同じように死に戻りをした魔女の末裔はいないのか?」
マテスが口を開くと、神父は首を傾げて顎に手を当てた。
「そうですね、私の記憶ではまだ誰も。偶然でしょうが、エリシュカ様は特に魔女の器としての条件が整っているのですよ」
エリシュカを見つめる神父が、笑みを深めて意味ありげに頷いた。
「条件が整っているとは、どういう意味ですか?」
青ざめた顔のエリシュカに、神父は目を細めて嬉しそうに答えた。
「元々の契約は、六の月の六の日に、六度死ぬものでした。あなたは六の日に生まれた魔女の子です。六の日に生まれ、六の月の六の日に殺される。しかも原初の魔女は六の日に生まれておりますからね。理の違う六度よりも、暦の六が三つ重なるほうがより意味が強くなるのですよ。クククッ」
抑えきれないと言った様子で笑いを漏らした神父を、全員が青ざめた顔で見つめた。六が三つ、その意味は――。
「つまり……悪魔の数字、ですね?」
「左様でございます、エリシュカ様。今まで悪魔との契約が成ってから、六の日に生まれた魔女の末裔は一人もいらっしゃいません。長い年月の中で、エリシュカ様が初めてでございます。……あなた様はもしかしたら、悪魔に目をつけられたのかも知れませんね」
「そんな事があるものかっ!」
「なんてことをっ」
ルカとカーヤが抗議の声を上げ、神父は目を瞬いて「これは失礼いたしました」と申し訳程度の謝罪を口にした。
「まあ、そんなバカみたいな話あるわけないよ。ルカもカーヤもそう怒るなって。神父様のくっそつまらない冗談なんて気にすることないさ」
「まったくだ」
神父は意外そうな顔をして、マテスを眺めた。何度か瞬きをしたあとに、ゆっくり口の端を上げた。
「さあて、どうでしょうね」
「まさか神父様は、悪魔に会う方法を知ってる……なんてことはないよな?」
マテスが口元に笑みを浮かべながら、どこか挑戦的な口調で尋ねた。神父は思わずと言った風に口に拳を当て、ふっと息を漏らした。
「クククッ、クククククッ。いやいやまさか。私がそのようなことを知っているはずはございません」
中々笑いの止まらない神父に、全員が口を閉ざした。その笑い声だけが部屋に響き、空気がますますどんよりとしてくる。呼吸が苦しくなり、額に汗が滲んできた。他の四人も同じように、苦虫を潰したような顔で神父を見つめていた。
「最後にもう一つだけ」
「何なりと」
「ペンダントは、洗礼よりずっと前に受け取りました。なぜその日だったのか、ご存知ですか?」
悪魔はエリシュカの顔を覗き込むようにした後、口の端を大きく上げた。
「ええ、ええ。それが何とは申しませんが、魔女の器になるための証があったのでしょう。きっとお母上様は、それに気づかれたのだと思いますよ。そうでなければ持ち主であっても、外すことなどできませんからね」
青ざめた顔で胸元に手を当て、自分でも外すことのできないペンダントの形を辿る。エリシュカは、これを受け取った日のことを思い出す。十歳の誕生日に、母がエリシュカの首に掛けたのだ。あの時の母は、どこか悲しげにも見えた。それはエリシュカが器の資格を得たことに、言いしれぬやりきれなさを感じたからかも知れない。しかし、それが何を見たからなのか。今となっては分からない。
ふと視線を感じて神父を見ると、不気味な笑みを湛えていた。言いようのない不快感が込み上げ、胸の奥がざわつく。
「……そろそろ御暇いたします。神父様の怪我にも障るでしょうから」
ガタンと音を立てて、ルカが椅子から立ち上がった。目の前に差し出された手に、エリシュカは縋るように指先を重ねる。いつになく力強く握られた手を引かれ、ゆっくり立ち上がった。他の三人も同時に席を立ち、簡単な挨拶を済ませて神父の家を後にした。




