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4-5③

 まずは飾り紐の店を探して、並んだ露店を進んでいく。マテスは機嫌良さそうに、きょろきょろと周囲を眺めていた。途中ふらふらと食べ物の店に寄っては、何かを買ってエリシュカたちにも勧めてきた。ただの振りかと思っていた食いしん坊は、どうやら素のようだ。苦笑いを浮かべたエリシュカとカーヤは、誘いを断りながら目当ての店に向かった。


「あった! ここよっ」


 エリシュカは、迷わず鮮やかな朱色の飾り紐を手に取った。今度は躊躇うことなく代金を払い、カーヤの剣の柄頭にしっかりと結びつけた。目を瞬いたカーヤがふわりと笑みを浮かべ、大切そうに紐を指で揺らした。


「前もこれを?」

「ええ。やっぱり似合うわ」

「ありがとう、リシュカ」


 答えたカーヤはやはり同じ生成りの紐を買って、エリシュカを振り返る。口元に笑みを浮かべたまま、エリシュカの髪に紐を編み込んだ。


「もしかしたら、これも同じ?」

「ええ」


 明るい笑みを浮かべたエリシュカに、カーヤが目を細めた。


「そうだと思った。迷う余地すらなかったから」


 紐の編み込まれたエリシュカの髪を一撫でして、カーヤは自分の柄頭の飾り紐をそっと揺らした。


「今度こそ、このまま先に進もう。必ずリシュカを守るよ」

「カーヤ」


 じわりと涙が滲み、エリシュカは慌てて指で目元を拭った。少し離れて見守っていたマテスが、鼻の下を掻きながら気まずそうな笑みを浮かべる。


 気分を変えるようにして、エリシュカはカーヤの手を引き露店を後にした。何かを買いに行こうとしていたマテスが慌ててその後を追い、エリシュカは声を立てて笑う。そのまましばらく歩いていると、前から見知った顔が近づいてきた。


 エリシュカの心臓がドクンと音を立て、前回のことを思い出す。マテスを連れてきたのはこのためだ。エリシュカは後ろを振り向き、カーヤの腕を引いてマテスの背後に回った。


「え? なんだよ、リシュカ」


 不思議そうに首を傾げたマテスの背中に手を当て、「いいから黙ってて」と笑みを浮かべる。二人の男がマテスの目の前にきたところで、エリシュカが「えいっ」とマテスの背中を押した。


「うわっ! おいっ、何するんだよっ!」


 押されたマテスはたたらを踏んで、両手をばたばたと彷徨わせる。そのまま前からきた男にぶつかり、転びそうになりながら膝に手をついた。カサリと音を立てて、マテスの持っていたものが地面に落ちる。マテスはそれをじっと見つめてしゃがみ込んだ。前から来た男は大げさに声を上げ、蹲ったマテスを見下ろした。


「チッ、痛いじゃないかっ! どこ見て歩いてんだ」


 マテスの背中を一瞥した男は、一緒にいたエリシュカたちの方へ視線を向けた。カーヤの顔を見た瞬間、「あっ」と声を上げて意地悪な笑みを浮かべる。


「なんだ、どんな女を連れてるのかと思ったら」

「おい、どうしたんだ?」


 一緒にいた男が後ろからこちらを覗き込み、カーヤの顔を見てにやりと口の端を上げた。


「ああ、なるほどな。誰かと思ったら、チェルマーク家の出来損ないの三男坊か」

「あははっ。止めとけよ、三男坊だなんて」


 下卑た笑みを浮かべる男たちに、エリシュカは口を結んでカーヤの腕に両手を添えた。気付いたカーヤがエリシュカを見下ろし、眉を下げて苦い笑みを浮かべた。カーヤが絡まれる前にどうにかしようと思っていたのに失敗だ。こんな顔をさせるつもりではなかったのにと、エリシュカの胸の奥が重くなる。


「はあ、なるほどねぇ。リシュカが僕を連れてきたのってこういうこと? まったく、楽しいお祭りだってのに災難だよなぁ」


 ぶつかった肩を大げさに払いながら、マテスが男たちの後ろから声を掛けた。まるで汚いものでも触ったかのように、ひらひらと手を振っている。マテスを振り返った男たちは、顔を見合わせて首を傾げた。


「おい、誰だこいつ」

「さあ、見たこともないやつだ」


 エリシュカは目を瞬いて、マテスと二人の男を見比べた。確かにマテスは特徴のない顔をしているが、前回は彼らの弱みを握っているようなことを言っていた。てっきり顔を見ただけで焦るような展開になると思っていたのに。これもまた失敗だったのだろうか。じわりと汗が滲み、カーヤの腕を握る手に力がこもる。そこにぽんと温かな掌が重なり慌てて見上げると、カーヤが肩を竦めてマテスに視線を向けた。


「まあ、そうだろうねぇ。僕ってどこにでもいそうな見た目だし、いつも目立たないようにしてるからさ」


 マテスが薄い笑みを浮かべると、背中にゾクリと寒気が走る。男たちも一瞬怯んだように顎を引き、ゴクリと喉を鳴らした。


「僕のことは覚えなくていいけど、君たちのことは知ってる。この町で何をしてるんだろうな? ああ、答えなくていいぜ、それも知ってるから。随分羽振りがいいみたいじゃないか。ご当主たちは当然ご存知だよね? 君等、随分楽しそうなことやってるみたいだな」


 意味ありげな笑みを湛えたまま、マテスが男たちに一歩近づいた。顔色を青くした二人は、互いに顔を見合わせてからマテスに視線を戻す。


「な、なんのことだ」

「でっ、デタラメを言うな!」


 笑みを深めたマテスが、さらに一歩踏み出した。


「ふうん? そう。デタラメなんだ。じゃあ、君らの家に書状でも認めておくとするかな。シュリク家のヴォルフ殿に、ヴァルトシュテイン家の……そう、ミクラーシュ殿?」

「なっ!」

「おまえっ、なんで俺達の名前をっ」


 マテスを凝視した二人はますます顔色を悪くして、カーヤとエリシュカの方に視線を向けた。カーヤに向かって「わ、悪かった」とおざなりな謝罪をしたかと思うと、マテスの方をチラチラと盗み見る。これで用は済んだとばかりに、そのまま慌てて人混みに消えていった。


 あっという間に見えなくなった男たちを見送っていたエリシュカは、視線を彷徨わせながらマテスの様子を窺った。腕を組んで口をへの字に曲げたマテスが、渋い顔でじろりとエリシュカを睨んだ。


「リシュカ、酷いじゃないかっ」

「ご、ごめんなさい、マテス。あなたならきっと上手くやってくれると思って」

「せっかく羊肉の旨い店で串焼きを買ったのに! まだほとんど食ってないのに、見てくれよっ」


 マテスが絶望したような顔で見つめた先には、砂まみれになった肉が落ちていた。さっきエリシュカが押したときに落としたのだろう。エリシュカは何とも言えない気分になる。眉を下げて「ごめんなさい」と呟くエリシュカに、カーヤがぷっと吹き出した。それを見たマテスが大げさに「酷いっ」と繰り返し、エリシュカは眉を下げて小さくなった。


 代わりの串焼きを渡すと、マテスはすぐに機嫌を直した。落としたものは勿体ないことをしたが、自分のためだったのだからとカーヤがとりなした。そのまましばらく祭りを楽しんだ三人は、明るい気分で宿に戻った。


 オルダが先に着いており、姉に渡すものだと銀細工の髪留めを見せてきた。旅が終わったら、土産を渡すのを口実に訪ねるそうだ。言葉少なにそんな事を話して、気まずそうに宿の部屋へ戻っていった。どうやらそれを言うために待っていたようだ。


 エリシュカとカーヤが部屋に向かうと、また前回と同じようにルカが待っていた。気まずい別れ方をしたばかりで、エリシュカは戸惑いならがまた中庭へと促されるままについていく。今度も何かを受け取ることになるのだろうか。エリシュカの胸には期待と不安が入り混じり、ルカが口を開くのをじっと待った。


「リシュカ、これを受け取ってほしい」


 差し出されたのは、いくつもの星がリング状に連なるブローチだ。エリシュカが受け取るのを躊躇っていると、ルカが頭を掻きながら気まずそうに口を開いた。


「渡すかどうか迷ったんだ。けど、なぜかどうしても渡さなきゃいけないような気がして」


 一旦口を閉じたルカは、少しの間考えてからひとつ頷き言葉を続けた。


「皆と同じで僕にも既視感がある。そのひとつがこれなんだ。婚約指輪がアーティファクトだったことで、リシュカの婚約は無効になった。それなら、旅の記念にこれくらい渡したって構わないだろう?」


 目を瞬いたエリシュカは、ルカとブローチを見比べた。イェリーネク家で、夫人は足掻いてみろと言っていた。なんだかそのときの夫人とルカが似ているように思えて、母子なのだから自然なのだと納得した。なぜかそれがおかしくて、エリシュカはふっと笑みを漏らした。


「ありがとう、ルカ」


 両手を差し出すと、ルカがホッとしたようにブローチを掌にそっと乗せた。頭を掻いて照れたように踵を返し、そのまま宿の中へ戻っていく。耳元が赤くなっているように見えるのは、エリシュカの気の所為だろうか。部屋の前で別れると、エリシュカは再び手の中に視線を落とした。


 ブローチを窓から差し込む月の明かりにかざし、どこかにあるはずのものを探す。裏側の平らな面を視線でなぞり、やはりと目を細めた。そこには『黎明の願』という文字が刻まれていた。エリシュカは両手で大事に持ったブローチを、胸の前でそっと包み込んだ。


 黎明の願いとは一体なんだろう。夜が明けるように、この死に戻りもこれで終わりを迎えられるのだろうか。ルカが一体何の、どんな始まりを願った言葉なのか真意は分からない。それでもきっと、黎明の言葉どおりの朝を迎えられるに違いないと思えた。

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