4-5②
「もうちょっとで着くな。リシュカ、次の町で何があるか知ってる?」
振り返ったマテスと目が合い、エリシュカはびくりと肩を揺らした。自然に見えるような笑みを浮かべようとして、きごちなく引きつったものになる。その様子を見ていたカーヤが、頷きながら口を開いた。
「マテス、リシュカは何度もここを通ってるんだから、知ってるに決まってるじゃない。そんな試すような言い方をするから困ってるよ」
「おっと、そうだった。じゃあ、僕が最初に何を食べるかも知ってる?」
「ええ」
エリシュカは頷いた後に、じっとマテスを見つめた。「クラーロ・ヴァリの街と言ったら」と言ってから一呼吸おいて、迷わず続ける。
「温泉せんべいよ」
「温泉せんべいだ!」
マテスの明るい声が重なり、エリシュカは目を瞬いた。マテスは「あははっ、当たった!」と楽しそうに笑っている。オルダとカーヤが呆れたようにマテスに視線を送り、ルカはエリシュカを振り向いて肩を竦めた。
その時、マテスが笑いながら上空に視線を移す。一瞬目を細めたかと思うと、チラリとルカに目配せをした。エリシュカはすかさずマテスの見た方に目を凝らすと、黒い影が飛んでいる。その足元には何かが陽の光を反射して、キラキラと輝きを放っていた。マテスが何か言おうと口を開きかけたところで、エリシュカはそれを遮った。
「マテス、空を飛んでるのは何?」
驚いたような表情を浮かべ、マテスが馬を停めた。それと同時に他の三人も馬の手綱を引き、全員が空を見上げる。カーヤが「ああ」と声をあげ、オルダはひとつ頷いた。ルカが頭を掻きながらマテスに視線を送り、マテスは口をへの字にして首を横に振った。
「もしかして、前にも見た?」
エリシュカはごくりと喉を鳴らした。カーヤを見ると、難しい表情を浮かべている。オルダは相変わらず眉間に皺を寄せていて、何を考えているのかわからない。ルカは何も言わずにマテスの方を見ているが、口を開くことはなかった。
「……大体いつもこの辺りでマテスが早駆けをしようって提案するのよ。それで前回は、腕に何かを巻き付けてた。きっと鳥を呼んで、何かしてるんじゃないかと思って」
「そういうことか」
再び視線を上向けたマテスが、「まずいな」と呟き荷物を漁り始めた。中から厚手の手甲のようなものを出し、手早く腕に装着する。手の甲を上にして肩の高さに固定すると、そこには光る石が埋め込まれていた。
「リシュカ、ちょっと怖いかも知れないけど驚いたり動いたりするなよ。……ルカ」
「ああ」
ルカがエリシュカの馬に付いている曳行用のロープをしっかり握る。エリシュカは鞍の前方にある出っ張りを握り締め、上空の鳥を見上げた。
小さな黒い点が、一瞬陽の光と重なる。エリシュカは目を細め、その行方を追った。その直後、まるで太陽の中から飛び出してきたかのように黒いものが現れ、一気に急降下してくる。それはあっという間に大きくなり、羽を広げて目の前に迫る。ひゅっと息を呑むと同時に、バサバサと羽音が響いた。ふわりと流れてきた空気は、獣の匂いが混じっている。瞬きをするのも忘れて見つめていると、真っ黒な目がエリシュカを捉えたような気がした。
ごくりと喉を鳴らし、その鋭いくちばしと美しい出で立ちに視線が縫い留められる。マテスの腕に着地したその鳥は、隼だった。よく見れば、足元には筒状の何かが付いている。上空で光っていたのは、その筒に付いている石のようだ。それは、マテスの腕に着けられた手甲の石と同じ色をしている。
「よしよし、中身を確認するからちょっと待ってくれよ」
マテスは隼の足に着けられた筒から、丸めた紙を取り出した。すぐに筒を閉じると、隼の止まった腕を肩より少し上に上げた。ぴゅうっと口笛を吹くと、きょろきょろと周囲を見回した隼が一点を見つめる。すっと身体が沈み込んだかと思うとバサリと羽を広げ、マテスの突き出した腕に合わせてあっという間に飛び立った。
「静かにしててくれて助かったよ」
マテスは筒から取り出した紙を胸元に仕舞い、手甲を外しながら軽い口調で話し出した。
「あれは、コウカル家の通信用の隼なんだ」
「足に着けてた石と、マテスの手甲の石は同じもの?」
マテスが一瞬動きを止めて、エリシュカを感心したように眺めた。
「よく見てたな。この石は、三つでひとつのアーティファクトなんだ。僕がひとつ、隼がひとつ、もう一つは秘密だよ」
悪戯を仕掛けるような笑みを浮かべ、マテスが人差し指を唇の前に立てた。
「ここだけの話だけど、僕は情報屋をやってるんだ。さっきの手紙は誰にも見せることはできない。それは他の三人も知ってることだ」
マテスの言葉に他の三人が同時に頷く。
「僕がリシュカの死に戻りで何度か遠ざけたのだとしたら、隼に驚くと思ったからだ。ルカも同じことを考えるだろ?」
「そうだな。僕だって初めて見たときは驚いたから」
「私も正直怖かったよ。リシュカは声も出さないなんて大したもんだね」
「恐怖で固まってただけだろ」
オルダの言葉にエリシュカは苦笑いする。正直に言えば、あっという間の出来事で何もできなかったといったところだ。命の危険がない状況に、今のエリシュカはそれほど恐怖を感じることもない。どこか感覚の麻痺してしまったような自分こそ、少し怖く感じる。
「顔色すら変えずに怖がるやつなんていないさ。ちょっとのことでは動じないのも、死に戻りを信じる理由になるよな」
マテスの言葉にオルダが小さな唸り声を上げた。何とも言えない空気が流れたところで、ルカが「よし」と声を掛けた。
「もうすぐ町に着く。マテスの用事も済んだことだし、祭りで息抜きといこうか」
「そうだね」
「ああ」
「そうこなくっちゃ」
笑みを浮かべたカーヤに続き、オルダも気まずげに頭を掻きながら頷いた。いつの間にか手甲をしまったマテスは、上機嫌に答えて楽しげに笑う。
ルカの合図で全員が馬を進め、そのまま真っ直ぐ町へ向かった。その馬上でエリシュカは考える。あの鳥が何だったのかという謎は解けたが、それでマテスを信じていいのか分からない。何かある度空気を変えるお調子者のマテスは、どこか底が知れないと感じた。
様々なことに考えを巡らせているいるうちに、いつの間にか町に辿り着いた。いつも通りルカに助けて貰いながら馬を降り、皆と一緒に宿へ向かう。馬を預けて広場に出れば、やはりいつもと同じ聖人の祭りの真っ最中だ。
「リシュカ、いつも同じでもう飽きるかも知れないけど」
戯けたように笑ったマテスが、いつもと同じ温泉せんべいを差し出した。エリシュカは礼を言いながら受け取って、同じようにサクリと齧りつく。この後マテスはいつもどこかへ消えてしまう。一体何をしていたのだろうか。口の中に広がる蜂蜜と香ばしいくるみの香りは、何度食べても変わらない。そう、今回の祭りでもまた同じように――。そこまで考えたところで、はっとしてカーヤを振り向いた。不思議そうに首を傾げたカーヤは、もうすぐ食べ終わりそうなせんべいを齧っている。
「じゃあ、僕は」
マテスが何か言い掛けたところで、オルダが咳払いをした。
「ごほんっ。あー、俺は、ちょっと色々見てこようと思うがいいか?」
全員が虚を突かれたような顔で、オルダを見つめた。気まずそうに首の後ろに手を当てたオルダが、うめき声を上げた。
「オルダ、もしかしてアドリエナ様に?」
「うっ、いや、まあ……」
ルカの言葉にオルダは、顔だけ横を向いて言い淀む。それ以上は何も答えず、くるりと向きを変えて人混みに消えていった。
「オルダは何をしに行ったの?」
不思議そうに尋ねたエリシュカに、ルカがふっとおかしそうに笑みを浮かべた。
「さあ。きっと姉上様に何か贈るつもりじゃないかな?」
「怪我にいいものかしら?」
エリシュカの問いに、ルカは眉を下げた。
「足を悪くしてからもう何年も経つからどうかな。きっと、幸せを願う何かを見つけると思うよ」
「オルダにそんな気の利いたものが探せるか謎だけどな」
「マテス、そんなこと言うもんじゃないよ」
カーヤの言葉に肩を竦めたマテスが、「さてと」と声を上げた。それ以上言葉を続ける前に、エリシュカは慌てて口を開いた。
「マテスっ! 私たちと一緒にきてほしいのっ」
マテスは口を開いたまま驚いたようにエリシュカを見て、すぐにルカを振り向いた。ルカは眉を寄せて、エリシュカとマテスを見比べている。マテスは焦ったように首を横に振るが、エリシュカは必死に言葉を続けた。
「お願いよ、マテスっ」
「えええ、ちょ、ちょっと待ってよ。僕じゃなくてルカに頼んでくれよ」
「いや、僕は探し物があるから先にいくよ。マテスの用事なら僕が引き受けるから、二人を頼む」
マテスの肩を軽く叩いたルカが、くるりと向きを変えて歩き出す。
「あっ、待って、ルカっ」
エリシュカの声がルカの背中を追いかけるが、そのままするりと人波に溶けていった。後ろ姿に伸ばしかけていた手をぎゅっと握り締め、シクシクと痛む胸に押し当てる。
「リシュカ、一体どうしたんだよ。ルカに誤解されるぜ?」
「……これから、マテスに居てもらったほうがいいことがあるから」
「ふうん? つまり、前に何か起きたってこと?」
「そうよ」
腕を組んだマテスが、考え込むようにして頷いた。
「僕が必要なのは、情報屋だからなのか?」
「ええ、そうよ」
「……そっか。いいよ、じゃあ行こうか」
エリシュカはほっと息を吐き、カーヤをちらりと見上げた。首を傾げたカーヤは、エリシュカが促すのに続いて広場へ歩き出した。




