4-4①
「確かに誰かを傷つけるかもしれないことが怖いと思う。自分より強い人には勝てるわけないし、力の弱い相手に向かっていけるかもまだわからない」
「普通はそうだ。だからこそ、戦う覚悟のない者が、中途半端に力をつけようなんてすべきじゃない」
「じゃあ、カーヤみたに騎士を目指すならいいの?」
オルダは一瞬虚を突かれたような顔をして、カーヤのほうを見た。直後に顔を顰めてエリシュカを見下ろす。
「俺は、女が力を持つべきじゃないと思っている。そもそもそれが常識だ。どう頑張っても男に勝てるわけがないのなら、大人しく守られているべきだ」
「カーヤは? 男に勝ちたい、男のようになりたいと思ってる?」
目を瞬いたカーヤは、考え込む様子もなくすぐに答えた。
「思わないね。私がどう頑張っても、オルダにも、ルカにも勝てやしない。純粋に剣の腕だけならマテスには負けないかも知れないけど」
カーヤが振り向いた先には、いつの間にかマテスとルカの姿があった。カーヤと目のあったマテスは、肩を竦めて口をへの字に曲げた。
「剣技だけでって言われたら、確かにいい勝負じゃないかな。僕の武器は弓だから。単純な力比べなら負けないけどね」
カーヤは頷き、オルダとエリシュカを見比べた。
「私は誰かに勝ちたいから、男になりたいから騎士を目指してるわけじゃない。騎士の家系に生まれて、誰かを守ることが自分の役割だと思ってた。そういう生き方をしたいって、ずっと思ってた。ただそれだけだよ」
「それが中途半端なんだっ! カーヤもリシュカもどうかしてる。女が男に勝てるわけがないと分かっているくせに、どうして力を求めるんだっ!」
カーヤが顎に手を添えて首を傾げる。唸り声をあげたあとに、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「私もずっと自分を中途半端だと思ってた。だけどなぜか今はそう思わない。私が女だから、リシュカを側で支えることができる。宿で同じ部屋に泊まれるし、馬にだって一緒に乗れる。何かあったときに一番近くで守れるのは、私みたいな女の騎士だよ。そうは思わない?」
オルダは目を見開き、口を開きかけるが顔を歪めて黙り込む。カーヤから視線を逸らして呻き声をあげた後、険しい顔つきでエリシュカを見下ろした。
「……百歩譲って、カーヤはまだいいだろう。いや、認めたわけではないが一理ある。だが、リシュカは違うだろう」
エリシュカは一瞬目を瞬いて動きを止めた。オルダがカーヤを認めた。頑なに拒絶していたあのオルダが。思わず笑みを浮かべたエリシュカに、オルダが怪訝そうな表情を浮かべた。
「オルダがそうやって女が戦うことを認めたくないのは、傷ついて欲しくないからよね?」
「なっ!」
オルダが怯むように一歩下がり、ルカとマテスが驚いたような表情を浮かべる。カーヤだけが訳知り顔でエリシュカを見つめていた。
「オルダは自分の目の前で、また誰かが傷つくのが怖いのよね。戦う術を持たなければ、危険に巻き込まれることはないと思ってる」
「俺の何がわかるんだっ!」
「オルダは、守れなかった『誰か』が、自分のせいで不幸になった、そう思ってるんでしょう? ううん、本当は――」
前回ルカは、オルダのことをなんと言っていただろうか。エリシュカには理解できないオルダの気持ちを、確かそう、こう言っていた。
「その人が不幸じゃないと、自分を責めることができない。そうじゃないと釣り合いが取れないって、無意識にそう思ってる」
その場の空気が凍りつき、誰もが口を閉ざした。ルカは目を見開き、マテスの鋭い視線がエリシュカを射抜く。カーヤは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに眉を下げて俯いた。
オルダは今までで一番怒ったような表情を浮かべたが、すぐに青ざめ表情を失くした。
「……ごめんなさい、言い過ぎたわ」
くしゃりと髪をかき混ぜたオルダが、俯き突然両手でがしがしと頭をかき混ぜた。「くそっ」と一言呟いた後、空に向かって「うわあああああ」と大声を上げた。エリシュカはその様子をぽかんと見つめ、少ししてから他の三人に視線を巡らせた。すると皆同じように呆けたような顔で、オルダのことを眺めている。
「くそうっ、なぜだ。会ったばかりのリシュカに、なんでそんなことがっ」
「……オルダはさっき戦う覚悟のない者が、中途半端に力を付けるなって言ったわよね?」
エリシュカは一度カーヤに視線を向けて、小さく頷く。カーヤが頷き返したのを見てから、ほかの三人に視線を巡らせた。
「私はこれで、五度目の人生なの。もう四度死んでるわ。いつも知らない誰かに殺される。だから、黙って簡単に殺されたりしないために、自分にできることをしたいのよ」
カーヤ以外の三人が、信じられないといった表情でエリシュカを見つめた。その場の空気が重くなり、エリシュカは手にしたナイフに視線を落とした。
「一度目も二度目も、ナイフは使えなかった。三度目は、せっかく教えてもらったのに何もできずに終わった。四度目は、咄嗟にナイフを使ったけど。……幼い子の母親が目の前にいて、傷つけるのが怖くて何もできなくなった。だから、目覚めたらまた誕生日の朝に戻ってて」
言葉を止めたエリシュカは、空いた方の手を喉元に当てた。通り抜ける息が細く冷たく、そのまま止まってしまいそうになる。顔から血の気が引いて、全身に汗がじっとりと滲む。地面がぐらぐらと揺れるような気がして、膝から力が抜けて身体が揺れた。そのまま倒れそうになったとろこで、肩をふわりと温かなものに包まれる。ゆっくり顔を上げると、心配そうな顔をしたカーヤと目が合った。エリシュカが手にしたナイフをそっと引き抜き、そのまま腰の鞘に収める。涙を滲ませたエリシュカに、カーヤは眉を下げたまま笑みを浮かべた。
「カーヤは知ってたのか?」
ルカの問いかけに、カーヤは頷き三人を見回した。
「私はリシュカを信じるよ。最初から私を女だって知ってたし、ナイフを使った動きも私が教えたと言われれば納得できる。それに、初めて会ったマテスを愛称で呼んだしね」
カーヤの言葉に、三人が黙って考え込んだ。唸り声をあげたオルダが、一番に口火を切った。
「くそっ。俺もどうやら嘘だと思えんようだ。今まで絶対に考えを変える気などなかったのに、さっきの言葉がやけに腑に落ちる。認めるのは癪だが、言われたとおりだ。カーヤの言った女の騎士の意義も、初めて聞いたはずなのに不思議とおかしいとは思わなかった」
オルダは腕を組んで、いつもの険しい顔で言葉を続けた。
「リシュカは、俺が守るべきだったのにできなかった相手が誰か、知ってるんだな?」
「……ええ。オルダのお姉様よね」
頷くオルダに、エリシュカは唇を噛み締めた。本当はさっきのオルダの内心は、ルカから聞いた言葉だ。それを使ったことへの罪悪感で、胸の奥がずきりと痛む。
「僕も信じるよ。マテスと呼ばれたときに、なぜかすごくしっくりきた。今まで何度も呼ばれてたみたいな気がしたんだ」
「マテス、その言い方は親密だったって言ってるみたいに聞こえるよ」
カーヤの言葉にマテスが一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、すぐに何度も首を横に振った。
「違う違うっ、そういう意味じゃないってば! いや、待ってくれよ、ルカとオルダも、呼ばれてそんな気がしなかったか?」
ルカとオルダは顔を見合わせ、首を傾げて唸り声をあげた。
「俺はわからん」
「……僕も、そんな風には思わなかったけど。マテスみたいに名乗る前から呼ばれたわけじゃないしね」
肩を竦めたルカを見て、マテスが慌てたように何かを言っている。エリシュカはその様子を眺めながら、複雑な笑みを浮かべた。
カーヤは前回同様信じてくれた。意外なことに、オルダもそれに続いた。マテスには、いつもどこか見透かされているような気がして落ち着かない。今回信じると言ったことも、本心なのか何か別の意図があるのか。そしてルカは――一度目の出会いでは、あれほど近くに感じていたのに。今では一番距離がある。
一度目の髪飾りが二度と見つからないのと同じで、あの時のルカに会うことはもうできない。それでも三人が信じると言ってくれたことは、まだ救いなのかも知れない。けれど、それは全て今までの死に戻りで得た経験からくるものだ。エリシュカはもやもやとしたものがこみ上げて、無意識に俯きかけた。そのとき。
『下を向かないで、リシュカ。初めて会ったリシュカは、私を素敵な騎士だと言ってくれたんでしょう?』
前回のカーヤの言葉が脳裏を掠める。あれは、イェリーネク邸でドレスを着た後のことだった。死に戻りの知識を使ったことへの罪悪感を吐き出したエリシュカに、カーヤが言ってくれたのだ。後ろめたさが全て消えてしまうわけではないが、少なくともカーヤはきっと同じように言ってくれるはずだ。それに、オルダも怒っている様子はない。チラリとルカに視線を向けると、まだ訝しげな表情を浮かべている。ルカに信じてもらうのが一番難しそうで、胸の奥がずしりと重くなった。
「もし本当に死に戻りだというのなら、何か他に証拠はあるのか?」
突然ルカに話しかけられ、エリシュカはびくりと肩を揺らした。
「……ルカのことなら、イェリーネク家が秘密結社をやってることと、星詠だってことなら知ってるわ」
「その程度のことなら、調べればわかることだ」
「ルカ、リシュカみたいな普通の女の子が、そんなに簡単に調べられることじゃないよ」
「そうかな? 婚約者やその伝手を使えば案外わかることじゃないか」
カーヤの言葉にルカが考え込みながら答えた。やはりエリシュカのことは調べられているようだ。前回思ったとおり、アダムのことも初めて会ったときから知っていたのだろう。
「婚約者のアダムとは、そんなに気安く話せるような仲じゃないわ。最初から、今までずっと」
エリシュカの言葉で、その場に気まずい空気が流れた。エリシュカは慌ててポケットの中を探り、指輪を握ってルカの方へ差し出した。
「これ、返しそびれた婚約指輪なの。でも、ただの指輪じゃなかったわ」
首を傾げたルカが、エリシュカの掌をじっと見つめた。
「普通の指輪に見えるけど」
「いいえ。家を出る前にアダムから聞いたのよ。これは、私の位置を特定するためのものみたい。外してるからきっと今はわからないと思うけど」
眉を寄せたルカが、再びエリシュカの掌を覗き込んだ。顎に手を当てて少しの間考え込んでから、重々しい口調で答えた。
「僕が見てもわからないけど、父上なら何かわかるかも知れない。僕の家が秘密結社をやってるのは知ってるって言ったね?」
「ええ」
神妙に頷いたルカが言葉を続けた。
「主に失われた魔法や歴史を探求してて、それに纏わる依頼を受けることもある」
「魔法や歴史……じゃあ、魔女の末裔を保護する依頼を受けたのは、それで?」
目を瞬いたルカが、「ああ」と息を漏らした。
「そうか、依頼で旅を共にしてることを知ってるのか。つまりそれが死に戻りの証拠とも言えるのかな。そう、確かに君を保護する依頼を受けてる」
気まずそうに頭を掻いたルカは、気を取り直すように再び口を開いた。
「その指輪が本当に位置を特定するものなら、特別なアーティファクトかも知れない。まずは父上に相談してみよう。もしそれがアーティファクトだったら」
言葉を切ったルカに、続きを待つようにして喉を鳴らす。
「……いや、まだわからないから止めておくよ。まずはイェリーネクの邸に向かおう」
歯切れの悪いルカの返事に、エリシュカは曖昧に頷いた。一先ず死に戻りは信じてもらえたようだ。しかし、もしこれがアーティファクトだったら……一体何があるのだろうか。指輪を握り締めたエリシュカは、その冷たい金属の硬さに背中がぞくりと寒くなった。




