4-3②
「そう言えば、リシュカはカーヤと同じ部屋だから」
食事を終えたマテスが含み笑いを浮かべながら、一度目と同じことを口にする。エリシュカは目を瞬くが、スプーンを置いてカーヤを見上げた。
「ええ、もちろんよ。女同士なのだから、当然よね」
視線をマテスに戻すと、口をぽかんと開けたまま固まっている。ルカとオルダも目を瞬き、顔を見合わせてからエリシュカを再び見つめた。エリシュカは、呆けているカーヤの食器が空になっているのを見て声を掛ける。
「行きましょう、カーヤ」
「えっ? ああ、うん、そうだね」
黙って見送る三人を尻目に、エリシュカはカーヤと共に部屋へ向かった。
腑に落ちないと言った様子で寝支度を整えたカーヤと、向かい合って寝台に座る。首を傾げたカーヤが、不思議そうな調子で尋ねてきた。
「どうして私が女だって分かったの?」
「信じてもらえないかも知れなけど、私、カーヤと会うのは五度目なの」
「そんなはず……」
「今回は初めてよ。だけど、私にとっては五度目なのよ」
じっとエリシュカを見つめていたカーヤは、考え込むようにして下を向いた。今回もきっとカーヤは信じてくれるに違いない。エリシュカは迷いのない声音でカーヤに続きを話した。
「カーヤがなぜ男装をして騎士を目指しているのか知ってるわ。でもそれは、噂を聞いたからじゃない。前に出会ったカーヤに直接聞いたからよ」
「私から、直接?」
頷くエリシュカに視線を合わせたカーヤは、少し間を置いてから頷いた。
「そう。あなたが嘘を吐いているようには見えない。それに、なぜか私もリシュカに話したような気がする」
「私がナイフを使えるのも、カーヤに教えてもらったから。盗賊をおびき寄せることが出来たのは、カーヤのお陰なの」
「ははっ、私が助けてもらった方なのに。そう言えば、ちゃんとお礼を言ってなかったね。私からあの男を遠ざけるために、あんな危ないことをしたんだよね? ありがとう、リシュカ。あなたのお陰で私は怪我ひとつせずに済んだよ」
柔らかに微笑んだカーヤに、エリシュカは頷きながら下を向いた。膝の上で握った拳が震え、喜びと共にあの時の恐怖が蘇る。ぽんと拳に手が乗せられて、そっと両手で掬われた。顔を上げるとカーヤが笑みを浮かべたまま眉を下げ、エリシュカの拳をぎゅっと握る。
「怖い思いをさせてごめん。私は騎士を目指してるのに、これじゃあ失格だ」
「そんなことないっ! カーヤはずっと私を守ってくれた。それは、力でだけじゃない。旅の間いつも側にいてくれて、死に戻りを繰り返すたび、私はずっと心強かった」
「そう……それでも、リシュカは死んでしまったの?」
ひゅっと息を呑んだエリシュカは、唇を噛み締め俯いた。喉の奥が詰まって、息が苦しくなってくる。何度も繰り返す死に、心も身体も擦り切れそうだ。
「私はリシュカのことを信じるよ。なぜだかわからないけど、心の底からそうしようと思う。きっと積み重ねてきた今までの四度で、私がリシュカを信じたからだと思う」
視界がじわりと滲み、涙がポロリとこぼれ落ちた。泣きたくなどないのに、勝手に涙が溢れてくる。声を漏らさぬように口を引き結ぶと、カーヤがエリシュカの手をゆっくり離した。温もりがすっと引いていくことに、少しの寂しさを感じる。カーヤが一度その場を離れ、戻ってくると手巾でそっとエリシュカの目元を拭った。
「ずっと一人で怖かったね。初対面のはずなのにマテスを呼んだのは、そういうことだったんだ」
納得するように頷いたカーヤは、エリシュカを正面から見つめてはっきりとした口調で語りかけた。
「今度こそリシュカを守るよ。一緒に乗り越えよう」
「カーヤ……ありがとう」
泣き笑いで頷いたエリシュカに、カーヤも頷き再び手巾を差し出す。胸のつかえが取れたように感じたエリシュカは、その夜は久しぶりに深い眠りについた。
翌朝からもルカの助けを借りて馬に跨った。並足なら一人で手綱を握って進めるようになったが、走らせることはまだできない。少し急げば町や村に辿り着くときは、カーヤに乗せて貰いながら数日過ごした。
「今日はこの辺りで野営にしよう。明日の夜までにはイェリーネク家の邸に着くだろうから。一度野営を経験して、明日はゆっくり休むことにしよう」
ルカの言葉に全員が頷く。エリシュカは既に野営には慣れているが、馬に乗るのが一苦労だ。始めの頃より身体の痛みもましにはなったが、まだまだまともに走らせることもできない。このままでは、母の命日がくるまでに辿り着けるか怪しい。どうせ領地へ行くなら、何度目であろうと墓参りくらいしておきたい。それでもナイフを教えて貰ったように、きっと乗馬も役に立つはずだ。
今回の旅ではナイフを習う余裕がまだ無かったが、そろそろカーヤに教えて貰おうと考えている。今夜あたり頼んでみようか。死に戻ると筋力が足りずにもどかしいが、動き方は頭に入っている。盗賊とだってどうにかやりあえたのだから、前よりきっと上手くできるはずだ。
そんなことを考えながら、野営の準備に取り掛かる。いつものようにルカとマテスが馬に水をやりに行くが、今回はエリシュカの馬も合わせて五頭に増えた。ついて行こうかと思ったが、それより野菜を切っているほうがまだ役に立つだろう。エリシュカは今回もナイフを使って食事の支度に取り掛かった。
パチパチと爆ぜる焚き火の前で、皆スープの具材をじっと見ている。ルカが一匙口に運ぶと、「上手くできてる」と大げさに褒めた。カーヤとマテスもエリシュカのナイフ捌きを褒め、今回はオルダも唸り声を上げるのみだ。商人から貰ったナイフは、前回も使っていたものだ。最初は少しぎこちなかったが、コツを掴めば前回の続きのように使うことができた。
「ナイフの扱いに随分慣れてるみたいだな。大したもんだよ、本当に」
マテスが感心するように何度も頷いて見せるが、なんとなく探られているような気になって、エリシュカは曖昧な笑みを浮かべた。
食事が終わると、エリシュカはタープに移動しようとしたカーヤを呼び止めた。
「カーヤ、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「ナイフの使い方を教えてほしいの」
カーヤは首を傾げて、エリシュカの腰に下げたナイフに視線を向けた。
「でも、リシュカはもうナイフを使えるんじゃないの?」
「いいえ。まだまだ不十分だわ。この間はどうにか上手くやれたけど、次あんな風にできるとは限らないでしょう? もっと練習したいの」
「そう。わかった、いいよ」
ぱっと笑みを浮かべたエリシュカを促し、カーヤが焚き火から少し離れた場所へ移動する。エリシュカは、前回までにカーヤに教わったことを一通り見せることにした。
「どうかしら?」
「うん、いいね。まだ身体の硬さがあるけど、毎日練習すればもっとずっと上手くなるよ。前もきっと沢山練習したんだね」
はにかみ笑いを浮かべたエリシュカは、手の中のナイフを見つめた。三度目の死に戻りでルカに貰ったナイフは、二度と手にすることはなかった。代わりに手に入れた商人のナイフは、エリシュカには少し大きく馴染みづらい。それでも前より使えるようになっている。今度こそきっと上手く使って――そこまで考えたところで、前回の母子の姿が脳裏を過ぎる。また同じような場面に見舞われたとき、エリシュカは躊躇わずにナイフを振ることができるだろうか。あのときは思わぬ相手に手を緩めてしまった。盗賊相手なら怖くともどうにかなった。けれど、またあの母親や、ましてや子供が目の前に立っていたら。
「リシュカ? どうかした?」
カーヤの言葉にはっとして顔を上げる。いつの間にか目の前に立っていたカーヤが、心配そうな顔をしてエリシュカを見下ろしていた。視線の先を辿ると、ナイフを持った手が小刻みに震えている。空いていた左手を添えてみるが、収まる気配はない。カーヤが何か言おうと口を開きかけたところで、ジャリジャリと重い足音が近づいてきた。
「乗馬の次はナイフか」
振り向いた先にいたのは、不機嫌そうな表情を浮かべたオルダだ。エリシュカはごくりと喉を鳴らし、震える手にぐっと力を込めた。
「盗賊相手にどうにかなったといい気になってたようだが。思い出して震えてるのが本心だろう。怖くなったんならやめておけ。それが正しいんだ」
これは盗賊を思い出したわけではない。けれど、それを言っても誰も覚えてなどいないのだ。盗賊相手でも確かに怖いと思っていた。けれど、明らかに自分の力が及ばない相手であれば、いくらナイフで切りつけても届きはしない。端から戦って勝つつもりのないエリシュカにとっては、それが逆に救いだった。一方で、あの母子のような無力な者に対しては違う。慣れないエリシュカでさえ、その気になればナイフが届いてしまう。それが怖いと思うのに、それを言ってもオルダは何も覚えてはいない。
真っ直ぐオルダを見上げたエリシュカは、一度息を吐いてから口を開いた。
「いい気になんてなってない。それに、ナイフの訓練もやめないわ」
オルダが顔を歪めて、鋭い目つきでエリシュカを見下ろした。エリシュカは負けじとその視線を受け止め、ナイフを強く握り直した。冷たい風が二人の間を通り抜け、焚き火の爆ぜる音を運んでくる。夜の空気より温度の下がったオルダの視線から目を逸らさず、エリシュカは再び口を開いた。




