4-2①
「じゃあ、いつもの宿で依頼内容の確認といこうか」
「そうだね」
「よし、いくぞ」
「あっ、僕は一旦新しい情報がないか確認してくるよ」
ルカの言葉に頷くカーヤとオルダの言葉が終わると、マテスが一人その場を離れようとしていた。エリシュカはごくりと喉を鳴らし、震える指先を誤魔化すように拳を握り締めた。
「あのっ!」
思い切って声を張り上げたエリシュカに、四人が同時に振り向いた。どこかへ行こうとしていたマテスも足を止め、不思議そうに首を傾げる。
「お願い、助けてほしいことがあるのっ」
焦る気持ちを抑えきれず、エリシュカは一歩踏み出した。四人は顔を見合わせた後、訝しげな表情を浮かべた。
「何か困りごとですか?」
探るような視線でエリシュカを見下ろしたルカが、柔らかではあるが距離を置いた声音で尋ねてきた。エリシュカは思い切ってフードに手を掛け、勢いよく後ろに跳ね除けた。ルカが一瞬息を呑むが、エリシュカ構わず口を開いた。
「私、エリシュカ・ヴラノヴァーと言います。お願い、門を出て真っすぐ行った先で、盗賊が出るのっ。早くしないと商人の馬車が襲われて、殺されてしまう! 警備隊の人に言ったけど、信じてもらえなかった。もうあなた達しか頼れる人が思いつかないの。お願いだから助けてっ!」
まくし立てるように言い切ったエリシュカに、四人は目を瞬いた。すぐにルカとカーヤが困ったように眉を下げ、オルダは腕を組んで眉間の皺を深めた。
「初めまして、ヴラノヴァー嬢。僕はルカーシュ・イェリーネクだ。……申し訳ないけど、そんな話を信じろっていう方が無理があるよ」
穏やかではあるが戸惑うような表情に、エリシュカは目の前が暗くなる。彼らもやはり信じてはくれない。前回は湖の光で死に戻りを認めてくれたが、今すぐそれをするなんて到底不可能だ。じわりと涙が滲み、エリシュカは俯き唇を噛み締めた。
「なあ、本当に盗賊が出るのか?」
いつになく真剣な顔をしたマテスが、エリシュカに声を掛けた。ぱっと顔を上げたエリシュカは、マテスに向かって大きく頷く。
「ええ、出るわっ! マテス、あなたは信じてくれるの?」
エリシュカの言葉に全員がはっとしたような顔をする。直後に三人同時に顔の向きを変え、注目を集めたマテスは慌てて首を横に振った。
「名前なんて教えてないよっ! いや、そんなことより……なんだかすごく嫌な予感がする。なあ、僕は警備隊を説得して連れていくから、三人は急いで向かってくれ」
「マテス、何を言い出すんだ」
オルダが呆れたようにため息を吐いた。
「いや、多分行ったほうがいい。ヴラノヴァー嬢が嘘をついてるようにも思えない。大体そんなことする意味だってないだろ?」
マテスの言葉に、ルカとカーヤが表情を改めて頷いた。
「……マテスがそう言うのなら、きっとそうだろう。よし、急いで馬を取りに行こう」
「わかった。あなたはここで待ってて」
カーヤの言葉にエリシュカは大きく首を振った。
「ううん、言い出したのは私だもの。一緒に連れて行って!」
一瞬躊躇ったカーヤは、すぐにエリシュカに頷き走り出した。エリシュカは置いていかれまいと慌ててついていくが、徐々に三人の背中が遠くなっていく。途中気遣うようにカーヤが振り返るが、必死に頷き先に行くよう促した。彼らの馬があの宿に預けられていることは知っている。逸れてしまっても、どこへ行くかは既に分かっているのだから。
ぜえぜえと肩を大きく上下させ、宿に続く道の手前で足を止めた。路地に入ってからの道も覚えているが、そこまで追うよりここで待つほうが早いだろう。そう考えて息を整えていると、馬に乗った三人が路地から出てきた。
「ヴラノヴァー嬢!」
カーヤがエリシュカの前で馬を止め、片手を差し出した。オルダが馬から降りようとするが、エリシュカは素早くカーヤの腕を掴む。カーヤの開けた片方の鐙に足を掛け、思い切って地面を蹴った。鐙を思い切り踏み込んで、不格好だがどうにかカーヤの前によじ登る。腰を支えられたエリシュカは、片足を体の前に持ち上げ、そのまま馬の胴を挟み込んで座った。
ルカとオルダが息を呑み、ぽかんとした顔でエリシュカを見つめた。カーヤは一瞬後に笑い声を漏らし、エリシュカの頭をぽんと軽く叩いた。
「随分勇ましいお嬢様だね。乗せておいてなんだけど、躊躇いもしないとはさすがに思わなかったよ」
「だって、カーヤならきっと支えてくれると思ったから」
「え?」
カーヤが戸惑ったような声を出し、ルカとオルダは眉を顰めてエリシュカを見つめる。彼らは忘れているのだから仕方がないが、エリシュカは胸の奥がずきりと痛み、小さくため息を吐いた。
「そんなことより、早く行きましょうっ。商人が盗賊に襲われてしまったら、取り返しがつかないわっ!」
ルカがはっとしたように顔を上げ、馬の向きを門の方へ向けた。
「よし、行こう。門を出て真っ直ぐの道だな?」
「そうよ、急いでっ!」
エリシュカの言葉を合図に、三人の馬が走り出した。カッカッと三頭の蹄の音が町の喧騒と入り乱れ、ルカの「どいてくれ!」という声に人々が何事かといった様子で振り返る。あっという間に門に辿り着くと、ルカが門番に家名を名乗り、すんなりと分厚い門の下を走り抜けた。
今まで早駆けをしたときより、よほど速い足並みで三頭は進んでいく。エリシュカは、腰を支えるカーヤの腕に必死に掴まった。カーヤの乗馬の腕は相当なもので、ルカとオルダに遅れを取ることはない。二人を乗せて駆ける馬も、余程の胆力だ。エリシュカは流れていく景色に恐怖を感じる暇もなく、ただ真っ直ぐ前を見つめた。今度こそ、商人を助けなければ。前回のような後悔を残したくはない。
三頭の馬が街道を走り抜け、初めて通ったときに商人の馬車を見つけた分かれ道をあっという間に通り過ぎる。そこに目当ての馬車はなく、エリシュカの腹の奥に冷たいものがこみ上げた。冷や汗が吹き出し、気を抜けば馬から転げ落ちてしまいそうだ。
先頭を走るルカは、速度を緩めず只管馬を走らせる。土埃を立てながらそのまま進み、もうすぐ盗賊に襲われた辺りに辿り着くはずだと思ったそのとき。男たちの怒号が響き渡り、少し先で襲われている馬車の姿が見えてきた。オルダが舌打ちをすると同時に、三人の馬がさらに速度を上げた。
「カーヤっ、無理はするなよっ!」
「わかってるっ」
ルカの言葉にカーヤが答え、エリシュカの腰に回した腕にさらに力が籠った。ルカとオルダが先に馬車へ辿り着き、オルダは馬を降りながら大きな剣を振り抜いた。ルカは馬上から馬車に近付く盗賊たちを遠ざけるようにいなしている。馬車の後ろで剣を振っていた護衛の男二人は、突然の加勢に驚きつつも勢いを増した。
カーヤはエリシュカを乗せたまま、馬車の前方に馬を回した。そこには短剣を手にした商人が、御者と共に立っていた。その姿を目にしたエリシュカは、ほっと息を吐いた。今度こそ間に合ったのだ。
「あなたたちは、ここから動かないでっ!」
カーヤが素早く馬を降り、エリシュカをその横に降ろした。後ろには商人と御者がおり、エリシュカはカーヤの馬と商人の馬車に隠れて死角に入る。カーヤが細身の剣を抜き、馬車に近付く盗賊に向かっていった。
どくどくと心臓が跳ね、エリシュカは喉を鳴らした。どうにか間に合ったが、間近で戦いを見るのは初めてだ。ここからではルカとオルダの様子がよく見えないが、二人は無事だろうか。背後の商人と御者をちらりと見ると、周囲の様子を固唾を呑んで見守っている。
エリシュカは震える膝に力を込めて、馬の影からそっとカーヤの様子を窺った。二人の男と代わる代わる剣を交えているが、どちらが優勢なのかエリシュカには分からない。押されているようでいて、上手く受け流しているようにも見える。遠くで見ていたときのように、冷静に見ることなどできなかった。彼らと、カーヤと会うのはもう五度目なのだから。
金属のぶつかる音が頭に響き、両手で耳を塞ぎたくなる。それでも視線を逸らさず、カーヤの様子をはらはらとしながら見守っていた。対峙していた二人の男が一人倒れ、一対一になる。ほっと胸を撫で下ろしたところで、カーヤの背後から別の男が近づいていた。カーヤはそれに気付いていない。エリシュカは咄嗟に背後を振り返ると、商人の腰に手を伸ばし、勢いよくナイフを引き抜いた。
「借りるわっ!」
呆気に取られた顔をした商人が、一瞬後にエリシュカを引き留めようと手を伸ばした。
「お嬢ちゃんっ! あんたが行っても足手まといだっ、やめときなっ!」
背中から追いかけてくる声に返事をする暇もなく、エリシュカはカーヤの背後から近付く男に向かって走り出す。数歩手前で足を踏ん張り、止まると同時に腰を落とす。手にしたナイフを思い切り男に向かって横に振り、そのまま切先を顔に向けて突き出した。
「うおっ」
突然あらぬ方向から突き付けられたナイフに、男が慌てて後ずさる。エリシュカはスカートを翻しながら、何度も男に向かってナイフを振る。最初は慌てて避けていた男も、一振りごとに力量を掴んで余裕の笑みを浮かべた。
「ははっ。綺麗な顔して中々やるなぁ。だが、その程度の腕前じゃあ、傷ひとつ付けられやしないぜ」
にやにやとバカにしたような笑みを浮かべた男に、エリシュカは唇を噛み締めた。もう一度思い切りナイフを突き出そうとエリシュカが腕を引くと、男がさらに笑み深める。エリシュカが腕を突き出そうとしたその刹那、男がそれを掴もうと手を伸ばした。直後にエリシュカは踵を返し、間髪入れずに走り出す。
「はっ? お、おいっ、こいつっ! 逃げるんじゃねえっ」
男が慌てて追いかけてくるが、エリシュカは必死にそのまま走った。向かっているのは、ナイフを振りながら確かめた方向だ。ぜえぜえと息を切らし、笑いそうになる膝を叱咤する。スカートを翻し、ズボンの裾がずり落ちてくるが構っている場合ではない。そのまま目的の場所まで辿り着くと、エリシュカは勢いよく倒れ込んだ。




