3-7②
「じゃあ、昼食のついでに、領主殿へ先触れをだしておこう。都合次第で今日か明日にでも訪ねればいい」
全員がルカの言葉に頷き、町の中心へ歩き出した。エリシュカは、細身の男と会わずに教会を離れることになり、ほっと息を吐いた。
食堂で使いを頼み、領主のミロシュへ先触れを出すと、今回もすぐに返事を寄越した。いつでも訪ねてくるようにと書かれており、エリシュカは前回のミロシュを思い出して口元が綻んだ。
「領主殿がいつでもいいと言うなら、神父のところは明日にしようか。領主殿に診療所の場所と、神父のことを聞いたほうがいいだろう」
「そうだね、リシュカがそれでよければ」
ルカとカーヤの言葉に、エリシュカは「そうしましょう」と頷いた。
昼食を終えるとミロシュの邸を訪ねた。やはり前回と同じように歓迎され、母や祖母の話を聞く。特に新しい内容はないが、前回よりもミロシュを近く感じた。邸の近くにある礼拝堂にも足を運ぶが、何も変化はない。夕食を終えて滞在することも決まり、それぞれの部屋が割り当てられた。
食堂を出て各々部屋へ戻っていく。カーヤと共に歩いていたエリシュカは、重い足取りで床に視線を這わせた。
「リシュカ」
その声にはっとして顔を上げると、カーヤが笑み浮かべて頷いた。
「大丈夫、今夜も一緒に休もう」
「いいの?」
「もちろん」
ぱっと笑みを浮かべて「ありがとう」と言ったエリシュカに、カーヤは目を細めた。
「こうして守れることが、私が騎士でいる意味でもあるからね。私の方こそお礼を言いたいくらいだよ」
「カーヤ……」
軽く頭を撫でられ、エリシュカは胸の奥がくすぐったくなる。やはりカーヤに打ち明けてよかったと、エリシュカは少しだけ背負ったものが軽くなったように思えた。
一晩同じ部屋で過ごした二人は、何事もなく起き出し、他の三人と合流する。ミロシュに診療所の場所を聞いてから、町の外れを目指すことにした。明日は母の命日で、再び墓にくることを約束してから一行は領主の邸を後にした。
「診療所に着く頃は、昼時かな?」
のんびりと馬に揺られ、丘を下りながらマテスが口を開いた。
「マテス、さっき朝飯を食ったばかりなのに、もう次の飯の話か」
「計画的に動かないと食いっぱぐれちゃうだろう?」
「まったく、お前はいつもそれだな」
マテスとオルダのやりとりに、ルカが肩を竦めた。
「いくら町外れの診療所とは言え、そこまで時間はかからないよ。マテスが心配するまでもなく、昼より前には着くさ」
「ならいいけど」
片腕を上に伸ばしてうめき声を出したマテスが、眠そうに大きな欠伸をした。
「マテスはよく眠れなかったの?」
「ん? いいや、そういうわけでもないけどね」
エリシュカの問いかけに、マテスは首を傾げて笑みを浮かべた。昨夜は旅の疲れと隣にカーヤがいる安心感から、エリシュカは深く寝入っていた。夜中にマテスが動いていても、気づかなかっただろう。それとなくマテスの様子を窺うが、エリシュカにわかるような不自然さなどあるはずもない。
パカパカと小気味良い蹄の音が鳴り響き、順調に町の外れに進んでいく。途中ルカが道を確かめながら、日が真上にくる前に診療所へ辿り着いた。
「ここみたいだな」
馬を降りたルカが、手綱をマテスに預けてカーヤの馬の横に立つ。いつものように肩を借り、エリシュカは地面に着地した。全員が馬を降りると、まずはルカが一人で扉を潜った。四人がそのまま待っていると、しばらくしてからルカが渋い顔をして出てきた。
「どうしたんだ?」
オルダの言葉にルカは頭を掻いて「参ったよ」と苦い笑みを浮かべた。
「神父はここにはいないらしい。少し離れた森の中の家で療養してるそうだ」
「どれくらい離れてるの?」
カーヤの問いかけに、渋い顔をしたルカは肩を竦めた。
「どうやら半日ほどかかるみたいだ。今から行ったら昼を食いっぱぐれるどころか、夕食の時間すら怪しいよ」
「そんなばかなっ」
マテスが頭を抱えて、この世の終わりのような表情を浮かべた。全員が呆れを含む視線を向けるが、本人は至って真面目な様子だ。
「それじゃあ、今日はどうするの?」
カーヤの問に、ルカが腕を組んで唸り声を上げた。
「リシュカの洗礼について、何かわかることはないか聞いてまわろう。明日朝早くに出掛けるから、今日はゆっくり休むってことでどうかな?」
全員が頷き、再び馬に跨った。その日泊まる宿を決め、馬を預けて町を徒歩で巡る。
夕方までのんびり町の中を歩き回るが、特に目新しいことは無かった。鉱夫やガラス職人、商人が多く見られるこの町には、都から訪ねてくる貴族も多いようだ。町の人々は、領主以外の貴族に畏れはあるが、警戒心があるというほどでもない。話を聞いて回るのも特に苦労することもなく、治安も比較的よさそうだ。
「いい町だね」
カーヤの言葉に、エリシュカは笑みを浮かべて頷いた。
町の外れに近く、もう少し歩けば教会が見える場所を歩いていた。既に教会は訪れていたため、そこまで足を伸ばすこともなく引き返そうとした、そのとき。教会に続く道の向こうから、細身の男が歩いてきた。エリシュカは背筋が寒くなり、身体をぶるりと震わせた。
「どうしたの?」
気付いたカーヤがエリシュカを心配そうな表情で見下ろした。エリシュカは一瞬躊躇うが、すぐにカーヤに耳打ちした。
「あの人、最初に私のことを……」
カーヤは気づかれぬよう視線を素早く巡らせ、エリシュカの背に手を当てた。
「こっちにはこないから大丈夫。何かあっても私たちがいるよ」
「ええ、ありがとう」
背中から伝わる温かさに、エリシュカは詰めていた息を吐いた。男が向かうのとは逆に進んでいくエリシュカたちは、すれ違うこともなくその場を後にした。
夕食を済ませて宿に着くと、五人は部屋で休むために階段に向かう。
登りきったあと、それぞれの部屋に分かれる手前でルカが立ち止まった。
「じゃあ、また明日」
ルカの言葉にマテスとオルダが笑みを浮かべて、カーヤとエリシュカを見送る。カーヤが軽く手を挙げて応えると、互いに部屋の方へ向きを変えた。一歩足を踏み出したエリシュカは、すぐにその場に立ち止まる。床をじっとみつめながら、どくりと跳ねた心臓の音に喉を鳴らした。
「リシュカ?」
気付いたカーヤがエリシュカの方に身体を向け、それを合図に他の三人も足を止めた。震える指先をぎゅっと握りしめ、顔を上げる。カーヤがはっとしたような顔でエリシュカを見つめ、ちらりと他の三人に視線を向けた。息を吐いてから振り返ると、不思議そうな顔で三人がこちらを見ていた。それを順に眺め、エリシュカはゆっくり口を開いた。
「聞いて欲しいことがあるの」
顔を見合わせる三人に、カーヤが何か言おうとして口を閉じた。
「どうしたんだ?」
ルカの問いかけに、エリシュカは拳を握り直す。一度大きく息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。
「私、皆に会うのは四度目なの」
「え?」
「なんだと?」
驚いたように返したルカとオルダを余所に、マテスは首を傾げて眉を顰めた。
「私、三度死んで、目を覚ますといつも誕生日に戻ってるのよ。だから、皆に会うのはこれで四度目」
「一体なにを」
「そんなバカ話があるか」
ルカとオルダは信じられないといった様子で、訝しげな表情を浮かべた。マテスは珍しく神妙な表情で、じっと考え込むようにして黙っている。
「私がカーヤにドレスを勧めたのも、ナイフを少しは扱えるのも。馬に慣れてるのも、全部前に経験してるからよ」
廊下を重い空気が流れ、沈黙に包まれる。エリシュカは居心地が悪くなり、唇を噛み締めた。
「私はリシュカを信じてるよ。ナイフの扱いもそうだし、誰にも話したことがないことを知ってたから」
沈黙を破ったカーヤの言葉に、ルカとオルダが唸り声を上げた。一人考え込んでいたマテスが、ゆっくり口を開いた。
「……他に何かないのか?」
「他に?」
「僕たち三人もその言葉を信じられるような何かだよ」
エリシュカは少しの間考えるが、何も思い浮かばない。眉を寄せてマテスを見た瞬間、前回のことを思い出す。
「ここへ来る途中にある脇道! その先に、湖があるわっ。一度目はその湖に入ったら、光ったのよ! あれを見れば皆信じてくれるかも」
「ふうん?」
首を傾げたマテスは、ルカとオルダに目を向けた。二人は半信半疑といった様子で頷き、翌朝はまず湖へ向かうことになった。




