3-5②
使用人を促すと、部屋の扉がゆっくり開いていく。カーヤの手を引き廊下に出ると、そこには三人が立っていた。二人が姿を表した瞬間、しんとその場が静まり返る。
いつもは眉間に皺を寄せているオルダが、エリシュカとカーヤを順に見比べ目を丸くした。頭の後ろで両手を組んでいたマテスは、ゆっくり手を下げて口を開いては閉じてを繰り返す。エリシュカを見つめて息を呑んだルカは、耳を赤くしてカーヤに視線を移した。すると今度は表情を曇らせ、視線を逸らした。
ぴゅーっと口笛の音が響き、マテスが感心したように頷く。
「リシュカもカーヤもよく似合ってるよ。男装以外のカーヤを見るのは初めてだけど、どっちも着こなすなんてずるいぜ」
戯けたようなマテスの言葉に、他の二人がはっとしたように肩を揺らした。
「二人とも、そっちの姿のほうが自然だな」
「おいオルダっ、それは褒め言葉になってないって」
眉を寄せたマテスが、呆れたようにオルダを見上げる。
「そうか? じゃあ、なんて言えばいいんだ」
「はあ、まったくこれだから筋肉バカは。それくら自分で考えろよ、なあルカ」
「あ、ああ」
言葉に詰まったルカが、気まずそうに頭を掻いた。
「二人ともよく似合ってる。母上も喜ぶと思うよ」
「ええ、ルカもそれだけかよ。何だそのポンコツ具合は。母上を喜ばせてどうするんだよ、まったく」
ぶつぶつと文句を言うマテスの肩を、ルカが苦笑いしながら二度軽く叩く。それを合図に使用人に案内され、揃って食堂へ歩き出した。
エリシュカはカーヤを見たルカの表情に、二つの気持ちが交錯する。どこかほっとして、それでいて胃をぎゅっと掴まれるような苦しさと。どちらの気持ちも感じた瞬間に、ずんと胸の奥が重くなった。カーヤのためにと言いながら、その実自分のことばかり考えている。ルカを傷つけたくないと言いながら、その姿に安心するなんて。
「リシュカ?」
はっとして顔を上げると、食堂の入口に立ったカーヤが首を傾げてエリシュカを見下ろしていた。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
取り繕うような笑顔に、カーヤは微かに眉を寄せた。部屋の中からマテスの呼ぶ声が聞こえ、エリシュカはカーヤの腕を取ってそのまま食堂の扉を潜った。
座る位置も食事の内容も今までと何一つ変わらない。変わったのはカーヤの服装だ。当たり障りのない話題で食事が進み、食後のハーブティーが運ばれてきたころ。エリシュカは胸に手を当て息を吐いた。会話の途切れたところで、ゴクリと喉を鳴らす。
「ねえ、一つ聞きたいことがあるの」
真剣な表情を浮かべたエリシュカに、ルカは気まずそうに視線を逸らした。すぐに諦めたような笑みを浮かべると、ひとつ頷き口を開いた。
「なぜ僕らがリシュカのことを知っているか、だろう?」
エリシュカは頷き、他の四人を見比べた。オルダはいつもどおり眉間にシワを寄せ、マテスは肩を竦めてルカに視線を送る。カーヤは眉を下げて、やはりルカを見つめた。
「イェリーネク家は、秘密結社をやってるんだ。と言っても、僕らはまだ主力の依頼をこなしてるわけじゃないけどね」
「……秘密結社?」
初めて会ったとき、イェリーネク家は星詠だと言っていた。それが今度は秘密結社だと言う。ならば星詠というのは嘘だったのだろうか。眉を顰めたエリシュカに、ルカが頭を掻きながら気まずそうに苦笑いした。
「初めて会ったときに言ってなくて悪かった。警戒されたくなかったんだ。それに、イェリーネク家が秘密結社をやってることは、一部の貴族しか知らない。繋がりがあるらしいくらいの噂は皆知ってるけどね。依頼は窓口を通して受けているから、直接表に出てないんだ」
「それって……私が聞いていい話じゃないわよね?」
カーヤとマテスは肩を竦めて首を傾げた。オルダは相変わらずの表情で腕を組んだまま動かない。ルカは視線を彷徨わせながら、唸り声を上げた。
「本来ならまずいけど……ホールで母上が秘密主義で困るって言ってただろう? あれはリシュカに話して構わないって意味だよ」
「どうして私に?」
「依頼の内容が、君の保護だからだ。秘密にして疑われたままじゃ、守るなんて不可能だからさ。そこまで考えが及ばなかった僕に、母上はちょっとばかり嫌味を言ったってところだよ」
「どうして私を?」
エリシュカは軽く身を乗り出し、間髪入れずに問いかけた。答えを聞くのが少し怖いが、躊躇っていてはまた何も聞けずに終わってしまう。ルカは少しだけ難しい顔をして、言葉を選ぶように口を開いた。
「実は、詳しいことは僕らにもわからない。ただ、魔女の末裔であるヴラノヴァーの娘……つまりリシュカを保護するようにと依頼がきたんだ。期日までに君を指定された場所へ連れて行くように言われてるけど……具体的にいつで、場所がどこかもまだわからない。実際君の保護が本当に必要なのか、僕らにもわからないんだ」
「ヴラノヴァーが魔女の血筋だってことは、皆が知ってることなの?」
四人を順に見比べると、カーヤが曖昧な笑みを浮かべて、それに答えた。
「正直に言うと、それを気にしてる人はいないよ。知識として知ってはいるけど、だから何かと聞かれたら……詳しい内容は知らないけど、王家との約束に縛られた少しだけ不自由な家って印象だね」
カーヤの言葉に、マテスは肩を竦め、ルカは小さく頷いた。オルダは黙って腕を組んだまま、表情を変えることはない。
「イェリーネク家は……他の貴族より王家に近いから、成り立ちや制約について詳しいってところかな。だけど、ただそれだけだ。リシュカはそれを気にしてた?」
「ええ……そうね。私、母を六年前に亡くして以来、まともな教育を受けていないの。義母や……周りの人間が、今どき魔女の血筋を気にする人は居ないって言ってたけど、それが本当なのかは知らないから」
部屋の中に一瞬重い空気が流れた。はっとしたように顔を上げたエリシュカは、四人に視線を巡らせた。
「皆が魔女の血を気味悪がるんじゃないかってちょっと不安だったの。でも、そうじゃないならよかったわ」
「そんなこと思うわけないじゃないっ」
カーヤがガタリと音を立てて、軽く腰を上げた。他の三人は一瞬目を見開いたが、すぐに同意するように頷いた。
「ありがとう、カーヤ。それから、みんなも」
エリシュカは淡い笑みを浮かべるが、すぐに俯いて唇を引き結ぶ。まだ疑問が全て解決したわけでもないし、彼らの言っていることが全て本当なのかもわからない。これ以上聞いても詳しいことを教えてくれるかもわからないのだが。
「ねえ、王都で会ったのは偶然なの? 皆はどうして集まっていたの? 私が王都を離れることを知っていたの?」
矢継ぎ早に質問を連ねたエリシュカに、ルカが目を瞬いた。エリシュカを見つめるマテスの目が、一瞬鋭くなったような気がしてぞくりと背中が寒くなる。
「僕らが依頼を受けたのは、少し前のことなんだ。王都で寄った宿屋は僕らの拠点で、定期的に依頼の確認や、互いの情報を擦り合わせてる。実はあのとき、丁度マテスがリシュカのことで連絡を受けたところだったんだ」
ルカが視線を送ると、マテスは頷き言葉を続けた。
「僕の役割は簡単に言えば伝達役だな。あのときは、リシュカが行方不明になったから探し出すよう連絡を受けたんだ。まさか目の前に現れるとは思わなかったけどね」
肩を竦めたマテスが、口をへの字に曲げた。
「……その情報はどこから?」
「ははっ、悪いけど流石にそこを明かすわけにはいかないよ」
軽い調子で笑みを浮かべたマテスは、ルカに目配せした。
「結社の依頼は秘密厳守なんだ。依頼人について漏らせば信用を失うからね。当事者なのに申し訳ないけど、こればっかりは教えるわけにはいかないんだ」
エリシュカは考え込むようにして頷いた。ならば、こちらはどうだろう。
「イェリーネク家の見張り台は、ちょっと変わった形をしてるのね」
両手を頭の後ろに回して笑みを浮かべていたマテスが、目を皿のようにしてエリシュカを見つめた。ルカは感心したような表情を浮かべ、頷きながら口を開く。
「あの塔を見てそんなことを言ったのは、マテス以来だ。と言っても、マテスはうちが星詠だって知ってたから少し違うかも知れないけど」
エリシュカは冷水を浴びたような気分で、膝の上の拳を握りしめた。微かに震える指に気付かれぬよう、曖昧な笑みを浮かべた。
「なんとなく……気になって。それより、イェリーネク家は星詠なのね。私に話してよかったの?」
「ああ。これは……ほとんどが知ってることだよ。もちろん、星詠の内容を話すことはできないけどね」
エリシュカは頷きながらほっと息を吐き出した。ルカは嘘をつかなかった。二度目に邸へ来たときも、魔女の末裔を保護すると言っていた。ならば、秘密結社の依頼もきっと本当のことなのだろう。誰を信じればいいのかわからなかったが、少なくともカーヤとルカは信じられるような気がする。
それから話はエリシュカの旅の目的へと移り、やはり以前と同じようにマテスが聖水を飲んだ話をした。エリシュカは同じように笑ったが、マテスが以前と違って見えて、胸のざわつきが収まらなかった。
「リシュカ、ちょっといいかな」
食事を終えて部屋に戻る途中、カーヤが部屋の前で足を止めた。エリシュカの部屋は一つ先だ。頷いたエリシュカは、促されてカーヤの部屋に足を踏み入れた。
「どうしたの?」
「うん。もう一度、ちゃんとお礼が言いたくて。ありがとう、リシュカ。ドレスなんてもう二度と着ることもないと思ってた。こんな姿は子供のとき以来だよ」
くるりと回ったカーヤは、大人びたドレスと相反して少女のように笑った。エリシュカは釣られて笑みを浮かべるが、すぐに苦いものに変わる。
「それは、前のカーヤが本当は着てみたいって言ってたから。私はそれを知ってただけなの」
俯きかけたエリシュカの頬を、カーヤが両手で優しく包み込む。
「下を向かないで、リシュカ。初めて会ったリシュカは、私を素敵な騎士だと言ってくれたんでしょう?」
「……ええ」
「前のリシュカも今のリシュかも、同じように感じて私の背中を押してくれた。どちらも嘘偽りない、本当のリシュカでしょう?」
エリシュカは目を見開いたあと、滲む視界に目を瞬いた。ふっと息を漏らしたカーヤが、柔らかな笑みを浮かべてエリシュカの目元をそっと拭う。
「ふふっ。せっかく綺麗にしてもらったのに、涙で崩れちゃうよ」
歪んだ笑顔を浮かべたエリシュカは、必死に瞬きで涙を堪えた。エリシュカの頬から手を引いたカーヤが、ドレスのまま騎士のように胸に手を当て腰を折る。
「でもね、私は騎士の姿も好きなんだ。ずっと中途半端で、どっちつかずだったけど。どちらの私も居ていいんだって、教えてくれたのはリシュカだよ」
堪えきれずに涙が溢れ、手の甲で必死に拭う。胸の奥がじんわりと温かく、もやもやとしていたものが少しだけ晴れていく。自分だけが積み重ねてきた気持ちが、また積もってしまった。苦しいけれど愛おしい。それでも罪悪感が消えたわけではない。今夜のことできっとまたルカを傷つけたのだろうから。
カーヤの部屋をあとにして、自室の窓を一人見上げる。真っ暗な空には満天の星が、地上のエリシュカに向かって瞬いている。今度こそあの星に手が届くのだろうか。エリシュカは胸の奥にくすぶる黒い影から目を逸らすように、分厚いカーテンをそっと閉じた。




