2-6②
「どんなに欲しがっても男みたいな力を手に入れることなんてできない。それより、私がなりたいのは……私なりに誰かを守れる騎士だよ。そういう騎士を目指せばいい、そう気付いたんだ」
「結局男に勝てないのなら、何を守れるって言うんだっ」
「そうだな……例えばオルダは、エリと相乗りして旅したり、同じタープで寝ることができる?」
「なっ! なんてことを言い出すんだっ、できるわけがないだろうっ!」
そのとおりと言いたげに頷いたカーヤが、オルダを真っ直ぐ見上げた。
「ほらね、オルダより私のほうがエリを守れる。もし誰かがそっとタープに近づいても、私ならすぐ側にいる。オルダが走ってくるより早く、私はエリを守れるよ」
「こんな旅をするような淑女など、他にいないっ。エリを守れても、それ以外何の役に立つんだ?」
「あはは。オルダ、身を守りたい女性はエリだけじゃないよ。それこそ淑女の皆さんには、護衛がついてるものでしょう?」
「そうだっ。既に護衛がついているのに、カーヤがそれをやる意味はないだろう」
得意げに笑ったカーヤが、明るい声を出した。
「その護衛たちは、淑女の皆さんが着替えてる最中はどこにいるの? 部屋の中?」
「ば、バカなことを言うなっ」
「私なら部屋の中でも守れるよ。ねえ、悪意ある人間は、護衛が部屋に入れないことに遠慮してくれるの?」
ぐっと呻いたオルダが、眉間の皺を深くしたまま黙り込んだ。しばらく下を向いた後に、唸り声を上げながら口を開いた。
「部屋の中を守るのは侍女の役目だ」
「でも、彼女たちは武器を持ってる?」
「それは……」
「彼女たちにできるのは、自分を盾にして主を守るか、せいぜい助けを呼ぶくらいだよね?」
再び黙り込んだオルダは、口を引き結んだままその場に立ち尽くした。
「だから私は、騎士を目指すことを止めたりしない。私が見つけた騎士の道を諦めたりしないよ」
「だがっ」
「そこまでだ」
苦しそうに声を上げたオルダを、ルカの声が遮った。エリシュカは詰めていた息をほっと吐き出し、いつの間にか握り込んでいた拳を緩めた。
「ルカっ、止めるな」
「僕もオルダも負けだよ」
「これは勝ち負けの問題じゃないだろうっ」
「そうかもね。だけど、カーヤの言い分はもっともだ。少なくとも僕はそう思った」
苦い笑みを浮かべたルカが、カーヤに向き直る。
「僕は、カーヤに酷いことをしたと思う。すまなかった。子供の浅知恵だったけど、それでカーヤを救った気になってた」
「違うよ、ルカ。私は本当に救われたんだから」
「いいや、エリの言葉で初めて気付いた。僕はカーヤを認めてたわけじゃない、ただ誤魔化してただけだった。本当に認めるってことは、そういうことだったんだな」
カーヤの剣の柄頭に視線を落としたルカが、顔を歪めた。
「ルカ……私たちはまだ子供だった。ただそれだけだよ」
穏やかに微笑むカーヤに、ルカは目を細めた。どこか苦しげな笑みを浮かべ、やがて小さく頷いた。
「皆揃って何やってんの? 次の夜番は僕のはずだけど。それとも僕は休んでていいってこと?」
両手を頭の後ろで組んだマテスが、欠伸をしながら三人の方へ歩いていくのが見える。重苦しくなっていた空気が一瞬で壊れ、ルカとカーヤがほっと肩から力を抜いた。
「ねえ、誰も何も言わないってことはいいってこと?」
「いや、マテス。僕の番がくるまでの間は頼んだよ」
「ちぇっ。やっぱり駄目か」
戯けたように言ったマテスの肩を、ルカが二度叩いた。
「……俺はもう休む」
オルダが低い声で呟き、焚き火に背を向けた。遠ざかる後ろ姿が小さく見え、その足取りもいつもよりもどこか頼りない。
「カーヤ、僕らも休もう」
ルカに促されたカーヤが、タープに戻ってくる。エリシュカは慌てて横になり、何事もなかったかのように振る舞った。
「ごめんね、エリ。うるさかったよね」
静まり返ったタープの中に、カーヤの囁く声が落ちる。エリシュカはふっと肩の力を抜き、くるりと寝返りを打った。
「カーヤ、かっこよかったわ」
「ふふっ。やっぱり聞いてたんだ」
「ごめんなさい。盗み聞きなんてはしたないことしちゃった」
「ううん、そんなことないよ。聞こえるように話してたほうが悪いんだから」
一度目と違い、カーヤの声色はどこかスッキリとしている。
「エリ。私のことを素敵な女性騎士だと……それから、ドレスも諦めなくていいって言ってくれてありがとう」
「カーヤ……」
「いますぐに淑女として振る舞うなんて気にはならないけど。ルカの母上が馬に跨るように、エリがナイフを振るように。私だって男のフリなんかしなくても、私らしい騎士になろうって思えた。これってエリのお陰だよ」
「そんなことないわ。カーヤが決めたことだもの」
エリシュカは胸の奥に複雑な気持ちが湧き上がる。吹っ切れたようなカーヤに喜びも感じるが、どこか置いてけぼりを食ったような気分だ。中途半端と嘆いていたカーヤはエリシュカの隣か、少し先に立っていた。けれど、今のカーヤはどうだろう。
「私一人じゃ気づけなかった。だから、ありがとう。私はエリに出会えてよかった」
唇を引き結んだエリシュカは、じわじわと熱を持つ瞼に口を引き結んだ。一度目のカーヤを知らなければ、踏み込むことなど出来なかった。現にあの時は何も出来なかったのだから。なのに、自分より先に進もうとするカーヤに寂しさも覚える。胸の奥に渦巻く気持ちが交錯し、一体自分が本当はどう思っているのかさえわからなくなる。
「エリ、起こしちゃってごめん。明日から森に入るから、今までより厳しい旅になるよ。おやすみ」
「……おやすみなさい」
震えそうになるのを必死に押し留め、どうにか声を絞り出した。瞼を閉じれば一筋の涙がこぼれ落ち、胸の奥の棘が痛みだす。
夢の中のカーヤが、明るい声を立てて笑う。後ろにいるエリシュカに気付きもせず、ルカに声を掛けて前を向く。カーヤの隣に並んだルカが、マテスの肩を叩く。頭の後ろで腕を組んだマテスが、オルダに何か話しかけた。渋面を浮かべたオルダがマテスの頭を軽く小突き、四人がわっと声を立てて笑った。エリシュカはその後ろ姿に呼びかけるが、何の音にもならない。届くことのない声に、誰も振り向くことはない。
「エリ、おはよう」
カーヤの声に瞼を開くと、周囲は薄明るくなっていた。
「おはよう、カーヤ」
「少し顔色が悪いけど、具合が悪いなら出発を遅らせよう」
「いいえ、大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけ」
「そう……ならいいけど」
迷うように揺れるカーヤの視線に、エリシュカはできる限りの明るい声で答える。
「本当に大丈夫よ、カーヤ。森の中でもナイフの練習に付き合ってちょうだい」
起き上がって枕元のナイフをぽんと叩いたエリシュカに、カーヤが笑顔で頷いた。
カーヤの前で馬に跨り、針葉樹の森を進む。しばらく行くとカーヤが「あっ」と声を上げた。
「エリ、あそこにブルーベリーが生えてるよ」
エリシュカは目を細め、木漏れ日の中に浮かび上がる紫の実を見つめた。
「エリ」
馬の下からルカが手を伸ばす。いつものように地面に立ったエリシュカは、慎重に足を踏み出した。
「滑るから気をつけてね」
エリシュカの後ろから声を掛けたのは、カーヤだ。埋め尽くされた苔に足を取られぬよう、先導するルカの後に続く。
ブルーベリーは一度目と変わらず、白い粉に包まれ光を受けていた。エリシュカはいくつかの実をそっと掌に転がす。
「うまそうだね、僕も貰おう」
マテスがすぐ後ろから手を伸ばした。その隣に並んだオルダが、無言で適当に実をちぎる。ルカとカーヤもいくつかの実を摘み、それぞれが口に運んだ。
「いい水分補給だな」
マテスが更に実を口に放り込み、満面の笑みを浮かべた。
エリシュカも粒の揃わぬ実を口に含み、ゆっくりと噛む。ぷつりと弾けた実から、酸味と甘さが口に広がった。前はこのブルーベリーのように、四人は歪なのだと思っていた。けれど、本当は違うのかも知れない。むしろ歪なのは、死に戻りを繰り返す自分の方ではないか。
彼らを信じていいのかわからない。けれど、本当は信じたい。その癖、肝心なことを聞くこともできない。そうこうしている内に、四人はどんどんエリシュカの心に深く潜り込んでくる。いいや、彼らが踏み込んできたわけではない。本当はエリシュカがそれを望んでいるのだ。
喉を通るベリーの汁が、エリシュカの乾いた身体に少しずつ染み込んでいく。それはまるでカラカラに乾いた心の奥に、染み渡る一雫の水のようだった。




